余談
本部に入って数年。
デッドマン改め、ブラックという男に教えられ、私は潜入捜査班代表として名を挙げた。
数々の任務で様々な役を演じた。
町行く人に紛れ込むサラリーマン。
大型ショッピングモールのエレベーターガール。
一流ホテルの支配人。
闇カジノのディーラー。
大企業化粧品会社の社長。
夢であった舞台女優とは程遠いけど、彼の言っていた通り、ここは用意された舞台よりも刺激的で、恐ろしいほど魅力的な仕事ばかりだった。
今まで歩いてきたはずの悲惨な人生も思わず忘れてしまうほど、数多くの人生を歩かせてもらった。
私は本部に救われたのだ。
「ほら、これもいいだろう?」
「あら〜!本当ね!可愛い〜!」
今日も私はいつも通り仕事をしていた。
しかし、突然現れたブラックに捕まり、何故か永遠と携帯に入った写真を見せられている。
「ほら、これなんて最高じゃないか?」
「えぇ!何これ!めちゃくちゃ可愛いじゃない!」
大袈裟に驚いた様子で褒め称えるが、私は遠の昔に飽きてしまっている。
何故ならこの会話は既に2時間以上も続いているからだ。
「あぁ、これは天使と見間違える一枚だ」
「やだ〜!ベストショットじゃない!ちょっとこれ焼き回ししなくていいの!?」
このテンションでの会話は大分疲れるが、私は女優魂で演じ続けている。
始めた手前、やめ時を見失っているというのもあるが、話を切り上げられない大きな理由が他にもあった。
「こっちは娘だけが写っているものだ」
「あらヤダ〜!美人さんね〜!」
「あぁ、妻に似て可愛い子なんだ」
そう言って微笑む彼の顔は、とても幸せそうな父親の表情で、子供の写真をそれはそれは愛おしそうに眺めるのだ。
こんな顔を見せられてしまっては、聞かずにはいられない。
私は話し続けるブラックに仕方なさげにため息をこぼしながらも、少し羨ましい気持ちで見つめていた。
こんなに愛されているなんて...彼の子供達は幸せ者ね。
「家族がいるって幸せ?」
「...あぁ、幸せだよ。とてもね」
「いいわね、私はもう家族は懲り懲りよ」
「あんなことがあっては仕方がないな。だが、家族でなくとも誰か一人でも大切な人を作った方がいいと思うぞ。人生の輝き方が全く違う」
「あなたが言うと説得力凄いわね」
「推しは絶対に作った方がいい。その存在だけで人生頑張れる」
「また始まった...訳が分からない話」
私は呆れた声でそう言い放ったが、彼の真剣そのものの頷きに思わず笑ってしまった。
「...ねぇ、あなたの子供の名前何だった?」
「男の子が政秀、女の子が理恵だ」
「....素敵な名前ね」
「妻と付けたんだ」
「あら〜!ラブラブじゃない!」
そう言って私は彼の肩を軽く叩く。
すると、彼はまるで嬉しそうには思えない、悪役の親玉が浮かべるような不敵な笑みを見せた。
私がそれを少し引き気味に見ていると、ふと彼は自身の夢を語り出す。
「...いつか、子供達に私の仕事姿を見せたい」
「え、それって無理じゃ...」
「分かっている。だが、夢を語ることは罪じゃない」
「あら、いいこと言うわね!」
「妻がアイドル時代に歌っていた歌詞に出てきた」
「あら...そう...」
ブラックは写真に映る家族を撫でるように指でなぞりながら、夢を語り続ける。
「いつか、偽りも隠し事も秘密も全て曝け出して、本当の私を家族に伝えたい...」
彼は静かにそう呟いた。
私はそんな彼を見て、ある男のことを思い出していた。
父も...ニコラウもきっとそう思っていたのだろう。
嘘偽りない自分を理解して欲しいと、そう思ってあんなことをしてしまったのだろうと。
あの時の私に...いや、今の私にだって、彼の考えを理解することは到底できない。
しかし、私を救ってくれたブラックを見ていると、ほんの少しだけ、父に優しい気持ちが芽生えてくる。
「...叶うといいわね」
そう言って彼の背中に優しく手を当てた。
ブラックは少しの間黙っていたが、頷きながら再び話し出す。
「秘密を家族に打ちあける主人公なんて、設定的に熱いじゃないか」
その言葉に私は思わず椅子から転げ落ちた。
ご覧戴き、ありがとうございました。
〜最後のディナーは舞台のあとで〜章
はこれにて完結です。
『Gehenna』はまだまだ続きます。




