表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Gehenna-ゲヘナ-  作者: Filmrêve(フィルムレーヴ)
蛇念
79/104

1話

静かな教室に響く耳障りな教師の声。

誰が決めたかも分からない常識を説くその存在に、疑問の一つも抱かない生徒達は、ただ黒板の文字をノートに写す作業をしていた。


私も彼らと同じくノートを書き進めていたが、ふと窓の隙間から入る寒風に身を震わせ、外へと視線が移る。


薄く雲が広がる冬の空。

凍てつく風が木々についた枯葉を揺らし、それは高々と宙に舞い上がったかと思うと、弄ばれるかのように直ぐに地面へと叩き落とされた。


私はそれを見て何故かとても面白くなって、思わずクスクスと笑ってしまった。

すると、こちらに気がついた教師が声を掛けてきた。


「艶島くん、面白いことでもあったのかな?」

「ふふっ、すみません、何でもないです」

「ここの問題テストにも出るから、ちゃんとノート取ってよ」

「は〜い」


何ともやる気のない返事に教師は呆れ顔を浮かべたが、彼女がそれ以上私に何か言ってくることはなかった。

それもそのはず...彼女にとって私は、『聞き分けの良い』優秀な生徒なのだから。


退屈な授業を終えると直ぐに、私はカバンに荷物をまとめ始めた。

まだ授業は三時間目、帰るには勿論早過ぎる。

そんな私の様子を見て先程の教師が近づいてきた。


「艶島くん、また早退なの?」

「えぇ、すみません、少し体調が悪くて」

「あらあら、それは大変。先生が優しく介抱してあげなくっちゃ...ね?」

「ふふっ、ありがとうございます。でも、それはまた今度にしておきます」

「もう、つれないんだから...。でもいいわ、早退届は私が出しといてあげる」

「ありがとうございます、センセイ」


私はそう言って彼女の手にそっと触れた。

彼女は周りを気にしながらも、その手を厭らしく握り返した。

そして、名残惜しそうに触れながら、彼女はその場を後にする。


私は彼女が去るまでにこやかな笑顔で手を振り続け、その姿が見えなくなると、直ぐに帰り支度を済ませ、同じように教室を後にした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


学校を出てバスに乗り、しばらく歩くと家に着く。

少し距離はあるが、知り合いの少ない方が色々と都合がいい。

私は少し周りを気にしながら、とあるマンションの中へと入って行った。


中に入り、エレベーターに乗ろうとすると、同じくそれを利用しようと待つ中年の女性が目に入る。

私は咄嗟に身を隠そうとしたが、目ざとい彼女に見つかり、声を掛けられた。


「あら、カイくんじゃない?」

「こんにちは」

「見ない内にまた大きくなったわね〜!髪もこんなに伸びて、まだまだ成長期ね!」

「ふふっ、先日もお会いしましたけど、その時も同じこと言ってましたよ」

「あら!そうだったかしら?この頃忘れっぽくて嫌になっちゃうわ〜!息子や旦那にもしょっちゅう言われてて...」


そう言って女は矢継ぎ早に話を続けた。

途中、エレベーターが私達の元へと来たが、彼女の口はそれに乗っても止まることはなかった。


エレベーターで過ごす時間を、こんなにも長いと感じたことは今までなかっただろう。

しかし、私はそんな心根とは反対に、嫌な顔一つ浮かべることなく、彼女の話をにこやかな笑みで聞き続けた。


「そういえば、最近見ないけど、岡村さん元気?」

「...えぇ、元気だと思いますよ」

「あら!またあの人出張なの?まぁまぁ!大丈夫?何か困ったことがあったら何でも言ってね!」

「今のところ大丈夫ですよ、ありがとうございます」

「あら、しっかりしてるわね〜!」


そんな話をしていると、エレベーターがとある階にたどり着く。

女はまだ話し足りないようだったが、開く扉を見て、小さく手を振りながらそさくさと降りて行った。

彼女の姿が見えなくなり、扉が閉まると、私はようやく浮かべた笑みを消して、ため息をつく。

そして、しばらくエレベーターの天井を見上げていると、直ぐに私の降りる階へと着いた。


エレベーターから降りて、少し歩いた奥の部屋、私はその扉の鍵を開けて中へと入る。


「ただいま」


その声に返事をする者はおらず、奥に進むと静かなリビングだけが拡がっていた。

そして、中心に置かれたテーブルの上には、温かい光の当てられたガラスケースが置いてあったのだが、中は空っぽで何も入ってはいなかった。


私がそれに首を傾げて、辺りを見回していると、足元に何かがゆっくりと絡みつく感覚がした。


「あぁ、そこにいたんだね」


私はそう言って“彼”を手に乗せた。

しなやかで美しい身体、黒々として一つ一つが繊細な鱗、数珠のように綺麗な赤い瞳に、見え隠れする細長い舌。

口の中には小さな身体に見合わぬ鋭い牙が輝いていたが、こちらを決して傷つけまいと見えても直ぐに閉じてしまう。


私のたった一つの大切な存在、彼は黒い蛇の姿をした私の友人なのだ。


「やっぱりゲージは慣れないかな?こらこら、そんなに登ってきちゃダメだよ。ふふっ、少し待っててね、ご飯を持ってくるから」


そう言って私は彼の頭を優しく撫でると、ガラスケースの中に入れて、洗面所の方へと足を運んだ。


制服を脱ぎ落とし、洗面所に向かうと、束ねた髪を解きながら洗面器にお湯を入れる。

そうしてお湯が溜まるのを待っていると、ふとお風呂場へと視線が移った。


...そろそろ何とかしないとな。


その瞬間、笑顔だった私は冷たい無表情へと変わる。

髪をかきあげながら浴室の扉を開けて中に入ると、そこには浴槽に横たわる一人の男の死体があった。


ぐったりとして目を閉じたその男は、手足を縛られ、口にガムテープを貼られていて、綺麗なスーツは血にまみれて赤く染まってしまっている。


私は何の考えも持たず、無言のまま、ゆっくりと男の顔を覗き込むと、彼の口へ自分の口を近づけ、ガムテープ越しの男の唇に触れようとした。


...ジャーッ...。


静かな部屋に響いた水の音、その音にハッとした私は男から離れ、出しっ放しで溢れるお湯を止めた。


「...ふぅ...」


そうして一つため息をこぼすと、溜まったお湯を持ってキッチンへと戻る。

そして、冷凍庫から彼の好物を取り出すと、持ってきたお湯でそれを解凍した。


しばらくして、解凍し終えたものを持って彼の元に戻ると、ガラスケースの中で縮こまっていた彼は、私の姿を見て喜ぶように這い出てきた。


「お待たせ。ほら、食事だよ」


そう言って私は彼に好物の冷凍ネズミを差し出した。

彼は大きく口を開けるとそれをゆっくり飲み込んだ。


...ここは広くて快適だけど、長くはいられないな。

お風呂が使えないのは結構痛手だし、いつまでも『出張に行ってる』は不自然だ。

住人もうるさくて嫌気が差すし...潮時か。


そんなことを考えながら、食事を与えていると、彼は突然ピタリと食べるのを止めてしまった。


「...もういいの?最近は少食だね...」


私はそう言って彼の頭を優しく撫でた。


人間は嫌いだ。

邪心で、醜悪で、耳障りで、卑劣で、煩わしくて...。

下心ばかりの犯罪教師も、口うるさい偽善者年増女も、片付けの面倒な粗大ゴミ紛いの死体男も大嫌い。

私が唯一愛する存在、それは彼だけだ。


人間なんかとは違う、美しく神秘的な身体を持っている。

澄んだ瞳に、特別な力を宿している。

彼だけが私の心の支えであり、私の全てだ。

吐き気を催す愚鈍な人間で溢れた汚い世界なんて要らない。

彼のいるこの生活こそが私の世界だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ