余談
丘の上の美しい青空と心地の良い風が吹く中、見知らぬ男の人が座り込んでいた。
彼の手には茶色の手帳らしき本と、赤い飴細工のような石が握られていて、遠くの方を見つめながら、何やらボソボソと一人で話し込んでいた。
私はそれがどうしても気になって、ゆっくり近づき、見つからないように近くの岩の後ろへと隠れた。
そして、彼の呟く言葉に耳を澄ました。
「コンニチハ、ハジメマシテオレノナマエハ...うーん、難しいな...これで合ってるのかな?」
男の人はそう言って困り顔で頭を搔いた。
そして、風が吹いて彼の髪が揺れた時、私はようやく彼の顔を見ることができた。
雨上がりの草木のような美しい緑色の瞳。
整った顔立ちはおとぎ話に出てくる王子様のようで、私の胸がこれほど激しく脈打ったのは初めてのことだった。
「オレハアナタニ...コイヲシマシタ。アナタノソバニイタイデス...アイシテイマス...」
王子様のような人はそうしてずっと、訳の分からない言葉を話し続けていて、彼もよく分かっていないのかその言葉はとてもたどたどしかった。
それでも、私は彼が何を言っているのか、なんとなく分かるような気がした。
虚ろげでどこか苦しそうに遠くを見つめる瞳は、きっと愛する誰かに会いたくてたまらない想いを秘めているのだ。
会いたくても会えない、遠くの誰か...。
王子様の心を奪った...世界一綺麗なお姫様...。
そんな彼に私も心苦しく頬を赤らめていると、彼はふと手にあった赤い石に視線を落とした。
それは見たこともない綺麗な石だったけど、どこか不気味で私はあまり好きじゃなかった。
彼はその石をしばらく光にかざして眺めていたけど、少しするとそれを自分の胸へと近づけた。
すると、その石は赤く煌めきながら彼の胸の中に、ゆっくりと誘われて姿を消してしまった。
「...え...?」
ありえない光景に私が思わず声を漏らすと、王子様のような人がこちらの存在に気がついた。
彼は一瞬驚いた表情を見せたけど、直ぐに優しい笑顔を浮かべた。
そして、唇に指を一本だけかざしながら私に言ったのだ。
「...Shh...」
私はその素敵な表情に思わず顔を真っ赤にして、勢いよく首を何度も縦に振った。
彼はそんな私を見て爽やかな笑顔を浮かべて、話し掛けようとしてくれたけど、私は恥ずかしさでいっぱいになり、思わず走って逃げてしまった。
いや、本当に恥ずかしかっただけだっただろうか?
何か見てはいけないものを見てしまったような、そんな危険な感じがしたような気もする。
あの時、彼が『内緒だよ』とこちらを見た時、ほんの一瞬だけ、私は見たのだ。
彼の美しい緑色の瞳が、恐ろしい赤色に輝いたのを。
彼は一体、何者だったのだろう?
ご覧戴き、ありがとうございました。
〜Con amore nella notte di luna〜章
はこれにて完結です。
『Gehenna』はまだまだ続きます。




