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Gehenna-ゲヘナ-  作者: Filmrêve(フィルムレーヴ)
Con amore nella notte di luna
77/104

12話

ヴァレリオ家の本家に来て数日が経った。

私は山積みとなった職務に追われながらも、なんとか仕事をこなしていた。


それは元顧問の男の手助けがあったり、英国にいた頃にドンから教えてもらった知識があったからできていたことで、やはりまだ自分が本家の顧問になったという実感は一つも湧かなかった。


そうして今日も忙しなく動き回っていると、廊下の先に見慣れた青年の姿があった。

高そうな黒のスーツを身にまとい、胸元に輝くブローチは彼の瞳と同じ美しい新緑の色をしていた。

彼は物憂げな表情で窓の外を見ていて、こちらに気がつく様子は微塵もなかった。


「...マリポーサ」

「フェデリコさん...?」

「...久しぶりだな、見違えたじゃないか」

「お久しぶりです。フェデリコさんこそ素敵ですよ」


そう言って当たり障りのない笑みを浮かべる青年。

私はそんな彼を見て、少しばかり安心した。


「...ふっ...相変わらずだな」

「驚きました、まだここにいらしていたんですね。てっきりイギリスに帰られたのかと思ってましたよ」

「...仕事に追われていてな。まだ事務所にも連絡が取れていないんだ」

「そうでしたか」

「...それと、いくら顧問とはいえ、若頭に気安く会うなとも言われていてな。全く...慣れないものだ。つい先日まで弱小組織の幹部だったってのに、今や本家の正式な顧問なんてな...」

「確かに、少し急でしたね」

「...少しなんかじゃない、ぶっ飛んでやがる。ここの構成員を見たか?優秀だがまるで機械だ。お前の方がマシに思えてくる」

「あはは、そうですね」


青年はそう言って笑った。

しかし、その笑みは以前のような『上手』ものではなく、中身のない空っぽな愛想笑いであった。


「...おい、大丈夫か?」

「はい、ドンはご無事ですよ。まだベッドからは出られない様子ですが」

「...いや、そうではなくてな...ベットから出られない?まだ毒が抜けていないのか?」

「そんなに心配なさらなくても大丈夫ですよ。睡眠時間が少し多いですが、容態は安定してます」

「...会えないのか?」

「すみません、誰も部屋には入れるなと言われていて」

「...いや、いい。あの人は頑固な方だからな。傷ついた姿は他人に見せたがらない...まるで手負いの狼のだと毎度ながら思っていた」


その言葉にマリポーサはようやく、新緑の瞳をしっかりとこちらに向けた。


「フェデリコさんは本当に真面目な方なんですね」

「...今の話からどうしてそんな話題に変わるんだ...」

「ノックの合図は決して間違えないし、分からないことは直ぐに調べてメモを取って、ドンのことを誰よりも考えている」

「...買い被りすぎだ、私は自分の命が惜しいだけさ」

「顧問としての使命だからですか?それとも、ドンを息子さんと重ねているんですか?」


彼の言葉に私は目を見開いて驚いた。


「...一体どこで...」

「ロケットの写真です。気になってドンに尋ねたら教えてもらえました」

「...いつ見た?」

「すみません、盗み見するつもりはなかったんですが、以前フェデリコさんが取り出した時に見えてしまって」

「...」


私は裏社会に足を踏み入れる前、町外れの村で農業を営む、普通の人間だった。

妻と息子の三人暮らし、犬や家畜も数匹いて、ありふれたどこにでもある家庭を持っていた。

しかし、それはある日突然、理不尽に奪われた。


いつも通り畑仕事を終えて帰宅すると、家には胸辺りに穴の空いた死体が二つ転がっていた。

金目のものを盗られたわけでも、体を弄ばれたわけでもなく、ただ殺されていた。

私は悲しみと憎しみに身を焦がし復讐を誓い、必ず犯人を見つけ出して殺してやると奔走した。


そして、気がつくとマフィアの世界に足を踏み入れていた。

我ながら似合わないことをしたと冷静になった。

何人もの人間を殺してようやく気がついたのだ。

こんなことに意味はないと...。


「ドンと息子さんは似ていますか?」


私が昔の感傷に浸っていると、マリポーサは突拍子もない質問を投げかけてきた。


「...ふっ...そうかもな...顔は似ても似つかんが、頑固で少し生意気な性格は似ているかもな」

「そう...ですか...」

「...今のことドンには言うなよ?私の首が飛びかねん」

「え、でも...」

「...おい、冗談じゃないからな。絶対やめろよ?」

「...」

「...おっと、もうこんな時間か。話せてよかった、ドンのこと任せたぞ」


私はそう言って、彼の元を離れた。


確かこの後、会議を執り行う予定だったな。

その次は春に開かれる会合の打ち合わせと、お披露目パーティーの予約をしなくては。

まったく...イギリスにいた頃が恋しいほど忙しいな。


そんな考え事をしながら歩いていると、ふと気がついたことに足が止まった。


...あいつが『でも』なんて言ったこと...今まであっただろうか?

何かを望むこともなければ、拒むこともなかったはずだ。

そう言えば、パーティの日から何か様子がおかしかったような...。


私はそう思いながら青年の方へと振り返る。

すると、彼は黒いジャケットを揺らしながら、廊下の奥へと消え去ろうとしていた。

何だか嫌な予感がして、彼に話し掛けようとした時、それよりも先に背後から誰かが私に向かって話し掛けてきた。


「顧問、ここにいらしたのですね。会議の時間が迫っております。さぁ、参りましょう」

「...あ、あぁ。すまない、今行く」


部下に呼ばれて私は仕方なくその場を後にした。

『気のせいだろう』

そんな曖昧な納得を自分に言い聞かせて、確かな違和感に見て見ぬふりをしてしまったのだ。


そして、事件は起こった。

長い長い会議が三つ目に差し掛かり、厳かな雰囲気に誰もが真剣な眼差しを浮かべる中、私はあまりの長時間の会議に緊張と腰痛が限界を迎えていた。


「では、顧問、こちらにもサインを」

「...あぁ、分かった」


部下の男にそう言われて、沈黙の中、私が一枚の紙にサインをしている時だった。


...ッバァァアン...!


時計の針しか聞こえなかった部屋に、突如響いた銃声の音。

その場にいた全員が目を見合せ、真っ先に思い浮かべたのは、ドンのことだった。

構成員達を引き連れて、広い屋敷を駆け抜ける。

階段上の一番奥の大きな扉を見ると、私はノックも忘れて勢いよく扉を開けた。


「...ドン!ご無事ですか!!」


そう叫んで私の目に写ってきたのは、ベットの上で頭から血を流すドンと、窓から身を乗り出す一人の青年の姿だった。


「...マリ...ポーサ...?」


信じられない光景に私が固まっていると、構成員達が一斉に銃を取り出した。

そして、青年に向けて発砲しようとした時、私はハッとして彼らに向かって叫んだ。


「...おい!やめろ!撃つな!」


その叫び声に青年はこちらに顔を向け、新緑の瞳が真っ直ぐ私の目と合った。

彼は今まで見たこともない、艶やかで不敵な笑みを浮かべると、小さく呟いた。


Muchas(ムーチャス) gracias(グラシアス), Consiglier(コンシリエーレ)e」


彼はそう言い残すと窓辺から飛び立った。

それはまるで月が美しい夜空に、一匹の黒い蝶が舞うかのように見えた。


その後、私達は国中の構成員達を使って包囲網を張り、捜索隊を組んだが、彼の姿はどこにも見つからなかった。

裏にはびこる大組織の目をどうやって欺いたのか、どうやってマフィアの群れから逃げ切ったのか、真相は闇に包まれたままだった。


しかし、風の噂で聞いたことがある。

どこかで見るも美しい青年が、踊り子として国中を旅をしていると...。

彼は一体、何のために旅立ったのか、それは誰にも分からない。

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