10話
静寂に包まれた灰色の街。
夜の恐ろしさを知る者ならば、寝息も潜めて誰もが家の中へと身を隠す。
しかし、今夜だけは特別だ。
人々は色とりどりのドレスやスーツを着て、月にも劣らない盛大な明かり達が夜の闇を消し去る。
豪華絢爛、盛大な社交パーティ。
会場は山奥にある大きな屋敷で、木々に隠れたその場所は、裏社会の人間が集まるにはピッタリだ。
何台もの高級車が入れ替わり立ち代り入っていく中、一台の黒い車が止まった。
中からは黒いスーツ姿のいかにも裏社会の人間らしい男達が数名現れ、辺りを警戒しながら警護に当たる。
そして、男達に囲まれて車から降りてきたのは、その会場では一際目立つ若々しい好青年であった。
「...いいか、よく聞け。今からお前は組織の若頭としてパーティに参加する。軽い挨拶回りをするだけ、終わったら直ぐに帰る。くれぐれも余計な真似はするな」
「はい、分かりました」
「...それとパーティ中は敬語禁止だ」
「はい...あ...分かった」
「...ドンは部下にそんな低姿勢か?敬語は使うか? 今だけは組織のボスとして振る舞え。分からなことがあったらドンの真似をしろ」
それを聞くと青年は納得した表情を浮かべて、着ていたコートを脱いで部下に渡した。
そして、少し目付きを鋭くして堂々と歩き出した。
彼のその足取りはいかにも裏の人間らしい歩き方で、周囲の人間はその圧に思わず道を開けるほどだった。
...まぁ、これならバレないだろう。
即席ボスは不味いと思ったが、なんとか切り抜けられそうだ。
それにしてもドンそっくりの歩き方しやがるな...。
そんなことを考えながら私はゴクリと唾を飲み込み、湧き上がる不安を取り払うかのように歩き出した。
豪華な食事にシャンパンタワー、大きなシャンデリアや装飾品の輝くパーティ会場。
そこには見渡す限り、沢山の大物ゲストがいた。
有名な映画の主演を務めた女優や、多くのカジノの経営をする組織の頭、全国に店が並ぶ高級宝石商の社長、大手医療グループの代表役員など、裏でも表でも名を馳せる有名人が参加していて、このパーティの影響力の大きさが見て分かった。
一切の失礼も許されない緊張感に、思わず手に汗が滲む私だったが、マリポーサはいつも通り、落ち着いた様子で挨拶をして回った。
品のある綺麗な英語に爽やかな笑顔、時に冗談を混じえながら話をする彼は威厳があり、マフィアのボスというものを完璧に演じ切っていた。
私はそんか様子を見て胸を撫で下ろした。
そして、一通り挨拶を終えると、休憩がてら人気の少ないバルコニーへと移動した。
私はようやく緊張から解放され、煙草に火をつけると、近くにいた青年はその煙を吸って、少し煙たがるように咳をした。
「...失礼しました」
「いえ、お気になさらず」
「...おい、敬語...」
「あ、すみません、慣れなくて...」
「...ふっ...気をつけろ」
私は珍しく戸惑う青年を見て、思わず笑みがこぼれた。
煙草の煙を嫌う姿も、慣れないことをするのに困る姿も、いかにも子供らしくて微笑ましくなったのだ。
...パーティのためとはいえ、ドンは彼を若頭に指名した。
いや、初めから彼にする気だったのかもな。
ただの弾除け...影武者から随分昇進したものだ。
...本当に彼が若頭となったなら、彼もドンと一緒にイタリアへ向かうのか?
そうだとしたら...彼と話ができる機会はもう...今しかないのではないか?
そんなことを考えながら、ふとマリポーサの方へと視線を移す。
彼は楽しそうなパーティの様子を虚ろな瞳で眺めていて、私も真似るように会場の方を眺めながら、咳払いをして彼に向かって話し掛けた。
「...あのな、マリポーサ。話があるんだが...いつだったかお前を理不尽に怒鳴ったことがあっただろう?その、あれは、本当に、すまなかった。私は人間らしくない...子供らしくないお前に、勝手に腹を立てて...いや、違う。子供が子供らしく生きられない、そんなクソみたいな世界しか作ることができない自分に腹を立てていたんだ」
私はそう言うと、己の拳を強く握りしめた。
「...お前がどんな人生を歩んできたかは知らないが、きっと壮絶なものだったのだと思う...ドンと同じようにな。お前ならあの方のいい理解者になれるはずだ。だから、ドンのこと...ローレンス様のことを私の代わりに頼んだぞ...」
そう言って視線を移すと、そこに青年の姿はなく、仕事を忘れた構成員達の笑い合う光景だけが残されていた。
一瞬で私の中に不安と焦りが入り交じった。
全身から滝のように汗が湧き出てきて、構成員達を怒鳴り散らすことも忘れ、必死に辺りを見回した。
すると、幸いなことに彼は直ぐに見つかった。
会場の真ん中辺り、人混みに紛れ、何やら舞台上の方を見て硬直している。
何を見ているのかと視線を移すと、そこにはパーティの主催者である男と、その隣に立つ小綺麗な顔をした青年の姿があった。
絵画から出てきたかのように美しい顔をした青年。
光り輝く金髪の髪に宝石のような紫色の瞳、全身を様々な装飾品で飾り付けていて、その美しさを際立たせていた。
...確かここの代表者は変わった趣味の方だったな。
生粋の美しいもの好きとかなんとかとドンが言っていた気がする...。
私はそんなことを考えながら、マリポーサの方へと近づこうとしたが、あるものを見て思わずその歩みを止めてしまった。
「Quéhermosa...!」
喜びで上がりきった口角に、高ぶりで火照る頬。
跳ね上がる心臓を抑えるかのように胸に手を当て、うっとりとした声色で呟くマリポーサ。
彼の透き通った新緑の瞳は、初めて光が差し込んだかのように光り輝いていて、それはただ一人、舞台上の青年だけを捉えていた。
私は見たこともない彼の姿に驚きが隠せず、時が止まったかのように硬直してしまっていた。
すると、そんな私の元に、慌てた様子のマルコが下手くそな平静を装って駆け寄ってきた。
「っフェデリコ、フェデリコ!」
「...な、何だ何だ!ま、マルコ?どうした?」
「やっと見つけた...ここの会場広すぎだろ...」
「...何故ここにいる...まさか、ドンに何か...!?」
「いや、ドンは大丈夫だ。対応が早かったお陰で今は安定してるって医者が...って、それどころじゃねぇよ!大変だ!」
「...お前、ドンよりも大事なこととは一体何事...」
「本家の人間が予定より早くこっちに来たんだよ!」
「...何!?」
「ドンはもう先にイタリアへ帰国したが、まだ事務所に本家の人間が何人か待機してる」
「...何故...もう用は住んだはずだろう...?」
「俺が知るかよ!とにかく早く戻るぞ!」
マルコにそう言われ、私は考えるよりも前に動いた。
そし、部下を集め、固まる青年の手を取って、慌ただしくパーティ会場を後にした。




