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Gehenna-ゲヘナ-  作者: Filmrêve(フィルムレーヴ)
Con amore nella notte di luna
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9話

「...厳重警戒だ、非常線を張れ。見張りも倍に増やして警備を完璧にしろ」


私の指示に慌ただしく動く構成員達。

しかし、その中で一人だけ動くことなく、こちらに何か物言いたげな顔で見つめる男がいた。


「フェデリコ」

「...マルコ、向こうの見張りはどうした?」

「どうしたはこっちのセリフだ!何だよこの厳戒態勢は!最近やっと落ち着いてきたってのに必要ねぇだろ!」

「...いや、しかしだな...」

「おめでたい日なのは分かるが、ちょっと落ち着け。そんなんじゃ本家の人間に笑われるぜ?」


彼の言う通り今日はおめでたい日だった。

誰しもが待ち望んだ、ドンの成人の日。

今日をもって彼は本当に、ヴァレリオ家の頭として君臨する。

そう考えただけで、とてもじゃないが冷静でいられることはできなかった。


「...すまない、今日だけは問題を起こしたくないんだ。折角の晴れ日に奇襲なんて仕掛けられては困る」

「気持ちはわかるけどよ...その調子だと夜のパーティまで持たねぇぜ?」

「...はぁ...」

「何だよ?」

「...やはり今晩のパーティは欠席しよう...」

「お前まだそんなこと言ってんのか?心配しすぎだって!」

「...だが...」

「英国中の大組織の集うデカいパーティだ。あそこ狙う馬鹿はいねぇってドンも言ってただろ?」

「...しかし...」

「ウチも世話になってる組織が開くパーティだぞ?欠席するだけでも失礼だってのに、当日キャンセルなんてもっての外だ。そもそもドンが欠席なんて許す訳ないだろ」


そう言ってやれやれとため息をこぼすマルコ、私は彼の言葉に口を紡ぐしかなかった。

今晩のパーティを終えたら直ぐに、本家から迎えの飛行機が手配される。

ドンはそれに乗ってイタリアに帰国する、長年の緊張からようやく開放されるのだ。

あと少しの辛抱...それが一番耐え難い。


そんなことを考えながら、同じ場所を行ったり来たりしていると、一人の青年が空気も読まずに近寄ってきた。


「あの、大丈夫ですか?」

「...マリポーサ...あぁ、大丈夫だ。何の用だ?」

「軽食を作ったので、お呼びしに来ました」

「...軽食?」

「パーティでは挨拶回りがありますし、帰ったらフライト準備で忙しいでしょうから、お腹が空くと思って用意しました」


こんな状況でもやはり冷静なマリポーサ。

そんな彼を見習えとでも言うかのようにこちらを見つめるマルコに対し、私は気まずい表情を浮かべた。


「...遠慮しておく、今は何も喉を通りそうにない」

「何バカ言ってんだよ、マリポーサの言う通りだ。腹が減ってたら警備も何もできねぇよ」

「...どうしてお前はそっちの味方なんだ」

「早く行こうぜ、奴の作る飯は美味い」

「...現金な奴め」


愚痴をこぼす私をマルコは半ば強引に連れて行き、そんな様子を青年は笑って眺めていた。


彼もドンと同様に成長し、背は高く声は低く、大人の魅力をまとい始めた。

表情も豊かになり、人間味も随分増してきたが、共に苦楽を乗り越えてきたからこそ分かる。

彼が人間らしくなったのは心を開いたからではなく、単に演じるのが上手くなっただけということが。


それでも以前に比べればマシなもので、不気味さも上手に隠して、マフィアの世界にも我々の組織にもすっかり馴染んできた。

影武者の青年はファミリーの一員となったのだ。


部屋に向かうと、机の上には食事が用意されていた。

肉や野菜や果物の乗ったバケットに、具だくさんのトマトスープなど、色鮮やかな料理達が並べられていて、軽食と呼ぶにはあまりに豪華な品揃えであった。


それを見て構成員達は目を輝かせ、腹を空かせた獣のように食事に手をつけ始めた。

私はやれやれと言わんばかりにマルコと目を合わせようとしたが、彼もその獣の一員となっていることに気がついて、思わず片手で頭を抱えて笑ってしまった。


厳つい男達が和気あいあいと食事をする姿。

そんな様子をしばらくマリポーサと共に眺めていると、ふと背後から誰かが私に向かって話し掛けてきた。


「随分と騒がしい食事会だな」

「...っ...ドン!申し訳ありません、直ぐに静かにさせます」


私の声に構成員達はハッとしてこちらを見る。

そこにはパーティ用のスーツ姿を着たドンが、少し暗い表情で扉の前に立っていた。

それを見て青ざめた顔の構成員達は、食事の手を止めて一斉に頭を下げた。

すると、ドンは表情を一転、クスクスと笑いながら置かれた椅子に座った。


「気にするな、今日ぐらい...無礼講だ」

「...恐れ入ります」

「この騒がしさとも今日でお別れだと思うと寂しいものだな」

「...」


その言葉に私は驚きを隠せなかった。

ドンは礼儀作法には特に厳しい方で、特別な日だろうが何だろうが関係なく、常に背筋を正すことを強要する方だった。

それに加えて『寂しい』なんて言葉がドンの口から出るなんて、今まで一度もなかったはずだ。

一体どういう風の吹き回しだ?


あっけらかんとする私とは裏腹に構成員達は、ドンの言葉に遠慮する様子もなく、再び騒がしい食事会を始めた。

私は内心少し冷や冷やしていたが、共に食事を取りながら微笑むドンの様子を見て、ホッと胸を撫で下ろした。


まぁ、ここでの暮らしも今日で終わりなわけだし、ドンなりに気を使ってくださっているのかもな。


私はそんなことを考えながら、その一時の安らぎを噛み締めていた。

しかし、とある青年だけは何故かそんな様子を、首を傾げて眺めていた。


「それにしてもこれ本当に上手いな!ドンもいかがです?このピザみたいなパン」

「それはクロスティー二、イタリアの前菜料理だ。俺の故郷の料理ぐらい知っておいた方が、昇進の可能性があるぞ、マルコ」

「え、あ、いや、そ、そうでしたね!クロスティー二!知ってましたよ、勿論!」

「はっ!調子のいい奴だ...っ...ゲホッゲホッ...」

「ドン、大丈夫ですか?」

「...あぁ...ゴホッゴホッ...大丈...ゴホッ...っ...」


急に咳き込むドンを見て、誰もが食べ物でも詰まったのだろうと思っていたが、ただならぬ様子で傍に駆け寄るマリポーサと、ドンの口から吐き出された血によって、そうではないことが直ぐに分かった。


「...ドン!」

「落ち着いて、お医者様にご連絡を」

「...マルコ、今すぐ闇医者呼んで来い!」


慌てふためく構成員達。

しかし、やはりマリポーサだけは冷静で、一人一人に的確に指示を出していた。

私も何とか冷静になろうとしていたが、ぐったりとしたドンを見て、全身の冷や汗が止まらなかった。


「フェデリコさん、ドンをお部屋に...」

「...何が起きたんだ...」

「分かりませんが、恐らく毒物によるものかと」

「...クソッ...いつ盛られたんだ...」


私と青年が話している間に、担架が到着し、ドンはその上へと乗せられた。


「先程の食事は俺が用意したもので、毒味もしてありました。誰かが毒を混入する隙は無かったはずです」

「...あぁ、他の者も食べていたしな...」

「どうしましょうか?」

「...本家に連絡を入れる...首が飛びそうだがな...。今夜のパーティも断っておかないとな」


そう言ってため息をこぼした私の袖を誰かが強く掴んだ。


「...ドン?」

「パーティには参加しろ...」

「...何を仰ってるんですか...無理ですよ、そんな...」

「イギリスの裏社会でも中々の大きさのパーティだ...。てめぇの組織の顔に泥塗るんじゃねぇよ」

「...ドン...」

「いい女も沢山来るみたいだしな...格好がつかない」

「...」

「...向こうの代表に...ゲホッゲホッ...伝えとけ...」


そう言ってドンは震える指先を一人の青年のほうへと向けた。


「...俺の代わり若頭にが参加する...とな」

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