7話
ヴァレリオ家のドン、ローレンス・ヴァレリオ。
その影武者として迎えられたマリポーサは、知れば知るほど不思議な青年だった。
料理や裁縫をやらせれば右に出る者はおらず、楽器やダンスまでお手の物。
どこで覚えたのか武器の扱いも知っていて、特に彼のナイフ捌きはプロも顔負けで、銃よりも好んで持ち歩くようになった。
組織のどの大人よりも綺麗な英語を話し、ドンのたまに話すイタリア語も、なんとなくだが意味が分かるらしい。
手先が器用でどんな鍵でも開けることができ、頭が良くて教えたことは直ぐに修得した。
一体どこのサーカス団から拾ってきたのかと連れてきた構成員に尋ねてみたが、その辺にある孤児院からドンと同い年ぐらいの青年を選んだだけとのことで、何も得ることはできなかった。
何かを望むことも拒むこともなく、命令通りに動き、求められたように笑う青年。
そこに感情などという私情はなくて、良く言えば世渡り上手な彼は、直ぐに構成員達から好かれる存在となった。
しかし、そんな中、私だけはいまだに彼のことを気味が悪いと思っていて、距離を置いていた。
「...はぁ...」
深く大きなため息をこぼしながら廊下を歩く。
仕事は順調で構成員の成長も著しく、ジャコモ家との揉め事も彼らの組織ごと消え、ドンの機嫌も良く、順風満帆。
だが、それが誰のお陰かと考えると、どうしてもあの青年が私の脳裏を過ってしまい、思わずため息が出てくる。
...慣れないものだな。
皆はどうしてあんな簡単に受け入れられるんだ?
気味が悪いとは思わないのか?
そんなことを考えながら歩いていると、私の正面からマルコが煙草を咥え、部屋から出てきた。
彼も私と同様に浮かない表情で、こちらに気がつくと、何か言いたいことでもあるのか、わざわざ煙草の火を消してまで近づいてきた。
「よぉ、浮かない顔だな、フェデリコ」
「...誰のせいだと思ってる」
「はぁ?俺のせいだって言うのかよ?」
「...何の用だ...?」
「なぁ、俺とお前は似た者同士...そう思わねぇか?」
「...突然何の話を...」
「あのガキが気に食わないんだろ?長年の付き合いだ、その顔を見りゃ分かる」
「...お前もなのか?楽しそうに話してたじゃないか」
「あんなもん上辺だけに決まってるだろ。ドンの目もあるしな」
マルコの言葉を聞いて驚いた。
自分以外にも同じように思う人間がいたとは知らなかった。
どこからどう見ても完璧な好青年。
それが故に違和感を感じられるあの目。
感情でもないかのような、空虚に満ちた瞳は、人間味がなくて薄気味悪かった。
「...お前もなのか?」
「あぁ、よく分かるぜその気持ち」
「...やはりそうだよな...あいつ...」
「本当に気に食わないよな。たった数日でドンのお気に入りみたいな顔して事務所を好き勝手歩き回りやがって!」
「...は?」
「どいつもこいつも...そんなにあのお綺麗な顔が好きなのか?ただの甘ったれのガキじゃねぇか!」
「...」
「あのガキ...俺の昇進の道を邪魔するようなら、頭にどデカい風穴ぶち開けてやる!!」
「...やはりお前とは一生分かり合えないようだな」
「はぁ!?何でだよ!」
そう言ってキレるマルコに、私はやれやれと言わんばかりにため息をこぼしたが、ふと彼の存在に違和感を抱えた。
こいつは確か身勝手な行動を罰せられて、皆が手を焼くドンが飼う子犬の世話係を任命されてたはずだが、どうしてこんなところにいるんだ...?
「...お前、犬の世話はどうした?」
「あ?あぁ。まぁ、上手いことやったさ」
「...どういう意味だ?」
「犬の世話なんて新人の構成員にでもやらせておけばいいってことだよ」
「...押し付けたのか?」
「違ぇよ、任せてやってんだよ」
「...まったくお前と言う奴は...一体誰に押付けた?」
「だから押し付けてねぇって!やりたいか?って聞いたら『はい』って言ったから...」
「...おい待て。まさかとは思うが、お前あのガキに任せたんじゃないだろうな?」
「何だよ、悪いってのか?新人はなペットの世話してりゃ十分なんだよ」
自信たっぷりにそう言うマルコに対し、私は再び大きなため息をつくと、まだ愚痴をこぼそうとする彼を残して、その場を去った。
向かった先は、勿論青年がいるであろう、ドンの飼う子犬一匹のための部屋だった。
...コン...コン...コン...コン...。
部屋の前に着くと、私はいつも通り、決められた回数をノックして入る。
すると、そこには驚くべき光景が広がっていた。
「Siénta、Mano、Cambio、Bajar」
青年の言葉に素直に従う犬。
お座り、お手、おかわり、伏せと落ち着いて行っていく。
ドンの子犬は賢い犬種らしいのだが、まだ小さいせいか、暴れん坊で誰の言うことも聞かず、落ち着きがないことで有名だった。
しかし、目の前の犬はそんなものを微塵も感じさせず、とても優秀な番犬そのものであった。
「Bien, buen chico. 」
青年はそう言って子犬の頭を撫でる。
子犬は嬉しそうにしっぽを振り、彼が与えたおやつを口いっぱいに頬張っていた。
「...ピッキングの次はドッグトレーナーか?器用な奴だな」
「えっと、ありがとうございます」
「...」
青年の言葉に私は思わず黙り込む。
彼は私の方を少し首を傾げて見たあと、直ぐに何事もなかったかのように再び子犬と戯れだした。
荒くれ者で有名な犬だから心配してきたが、その必要はなかったみたいだな。
...こいつ本当に何者なんだ?
孤児にしては育ちがいいし、たった数日でマフィアの組織に馴染みやがった。
さっき話していたのもイタリア語じゃないよな?
聞き慣れない言語の気もしたが...。
そんなことを考えていると、おかしな音がすることに気がついた。
...ヒュンッ...カシャンッ!
その音がして直ぐに子犬が走り出す。
そして、しっぽを降って何かを咥えると、再び青年の方へと戻って行った。
私はそれが何かを理解して、背筋が凍りついた。
「...おい、お前それ何を投げてる?」
「ナイフですけど?」
「...それは犬のおもちゃにしていいもんじゃねぇ!」
「あ、そうなんですか。すみません」
青年はたったそれだけを言い放ち、犬の持ってきたナイフを腰元にしまった。
私がその姿に絶句していると、青年は再びこちらを見て首を傾げた。
私はそれを見て思わず彼の肩に掴みかかり、溜め込んできた本音を打ち明けてしまった。
「...っ...お前は本当に...何なんだよ!」
「えっと、どういう意味ですか?」
「...気味が悪いんだよ!」
賢くて器用で人に好かれる愛嬌もある、完璧さが故に目立つ人間味のなさ。
そして何よりもこの目が嫌いだ。
まるで感情をどこかに忘れてきたかのような無気力で...虚ろで...美しい...。
「...ドンといいお前といい、ここにはガキらしいガキはいねぇのか!」
自分でも何を言っているのかよく分からなかった。
しかし、そんな私を見ても尚、青年は顔色一つ変えることなく、正解を選びとるかのように冷静に答えた。
「すみません、子供らしくなくて」
私はそれを聞いて、ハッとした。
そして、舌打ち一つを残して、逃げるように部屋を出ていってしまった。




