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Gehenna-ゲヘナ-  作者: Filmrêve(フィルムレーヴ)
Con amore nella notte di luna
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6話

ジャコモ家との抗争があった廊下は、小規模とはいえ、銃を用いた戦闘により床や天井に穴が空いてしまった。

死体もいくつか転がっていて見るにたえない。

幸いうちの構成員は誰一人として死ぬことはなかったが、負傷した者は多くいた。


処理しなくてはいけないことが山ほどある中、気づけば私は一人の青年に問い掛けていた。

彼は私の問い掛けに首を傾げ、意図を理解しえない様子を見せた。

それを見て私は順に一から聞き出すことにした。


「...話はできるか?英語は分かるのか?」

「はい、分かります」


声を聞いて少し驚いた。

落ち着いた声色は歳の割に甘く、とても綺麗な発音の英語を話し、育ちの良さが聞いて分かった。


「...縄はどうした?」

「解いて部屋に置いておきました」

「...部屋からどうやって出た?」

「鍵を内側から開けて出ました」

「...どうやって...」

「得意なんです」

「...何が?」

「縄抜けとか、鍵を開けることとか」


聞けば聞くほど分からなくなる私を見て、青年は再び首を傾げた。


「...お前がいた部屋は蜂の巣にされていたはずだが?」

「天井に張り付いてたので」


あの状況でそんな機転が効くか?

そんな疑問が頭に浮かんだが、質問する気は湧かなかった。

ただ分かるのは目の前に立つガキが、そこらにいるガキとは違うということだけ。


私は頭を抱えながらも、最も重要なことを彼に問い掛ける。


「...何故部屋から出た?」


逃げる気があれば玄関に向かうはずだが、まさか迷ったわけでもあるまい。

万が一に備えて何か武器でも探していたのだろうか...。


そんな深い理由を想像する私とは裏腹に、青年は間の抜けた表情で答えた。


「お手洗いをお借りしたくて」

「...は?」

「すみません、直ぐに戻るつもりだったんですけど」


思いもよらない返答に私はポカンと口を開けてしまった。

すると、そんな私達を見て、どこからか爽快な笑い声が聞こえてきた。


「ははははっ!最高じゃねぇか!!」


驚いて声のする方へと振り向くと、先程の大柄な男の背から、上等なスーツを着た青年が姿を現した。


「...ドン...!」

「随分派手な“おもてなし”じゃねぇか、フェデリコ」


そう言ってドンは銃を器用に指先で回しながらこちらに近づいてくる。

どうやら先程の男達は彼が撃ち殺したようだ。

彼の風格あるその歩みは、ブロンドの髪をした青年の前で止まった。


「いい度胸してるな、Bravo(ブラーヴォ)mamaluke(ママルーク)のガキなんてお断りだと思ってたが、お前は違うみたいだな...気に入った!」


ドンは上機嫌でそう言うと、青年の方に持っていた銃の持ち手を差し出した。


「俺は馬鹿が嫌いだ。弱い奴も泣き虫も役立たずも同じようにな。一声でも泣き声を上げてみろ、直ぐにでもお前を殺す。この銃を取らず家に帰ると喚いても殺す。生かしてやった恩を仇で返すような真似をしても殺す。お前のその命も身体も全て俺に差し出すと誓え、影武者として歓迎されたかったらな」


それは脅しなどという可愛いものではなかった。

ドンは言った通り、少しでも青年が狼狽えば、直ぐにでも銃をクルリと持ち直し、彼の顔面目掛けて弾を撃ち込む気であっただろう。

しかし、そんな気を露ほども知らなかったのか、青年は相変わらず間の抜けた表情と淀みのない瞳で、ドンのことを真っ直ぐと見つめると、渡された銃を手に取った。


「分かりました」

「随分淡白な返事だな」

「濃厚な返事をした方がよろしかったですか?」

「ははっ!最高だな!」


高らかと笑うドンに首を傾げる青年。

そんな二人を見て私は、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。


あのドンが見知らぬガキを置くことを許すなんて、一体誰が想像できたことだろうか。

ガキどころか構成員一人増やすことだって毛嫌いするような方のはずだ。

あんな上機嫌で認めることなんて、今までただの一度もなかった。


驚きを隠せずにいる私に、突然ドンが鋭い視線へと戻り命令をした。


「フェデリコ、本家に連絡を入れておけ。3日以内にジャコモ家を潰すようにと」

「...っ...ドンそれは...」

「正面から堂々と戦争吹っ掛けられたんだ。潰される覚悟がありませんでしたなんて言い訳、通用するわけねぇだろうが」

「...しかし...」

「舐められっぱなしで良いってのか?テメェの組織のドンを狙われたんだぞ?」

「...いえ、申し訳ありません」

「目には目をなんて生温い。ありとあらゆる手を使って苦しめろ。この世こそが本物の地獄だと思い知らせてやれ」

「...かしこまりました」


私がそう返事をすると、ドンは納得したかのように私から視線を外し、廊下の奥へと歩き出した。

しかし、ふと何か思い出したのか、クルリと振り返って再び青年の方を見る。


「そう言えばお前の名前を聞いてなかったな」

「ヘンリーです」

「ヘンリー?何だその在り来りな名前」

「施設の方がつけてくださったので」

「そんな名前今すぐ捨てろ。これからは俺が与える名前を名乗れ」

「分かりました」

「よし、じゃあ...お前は今日からマリポーサだ」

「はい、分かりました」

「ははっ!飲み込みが早いな」

「えっと、ありがとうございます」


青年が不思議そうにそう言うと、ドンは再び高らかに笑った。

どうやらこの青年のことを相当気に入ったようだ。


しかし、そんなドンとは裏腹に、私はその青年を不気味に思えてたまらなかった。

銃を向けられても、襲われても、殺すと言われても、顔色一つ変えることない。

特に透き通った瞳は美しくも虚無に満ちていて、何も映さず、何も見てはいないようだった。


...気味の悪いガキだ。


私のマリポーサという青年への第一印象はその言葉に尽きた。

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