5話
ジャコモ家とはうちの組織と取引関係にある組織であった。
仕事仲間として長年、友好な間柄を保っていたのだが、代替わりして息子が組織を引き継いでからは、我々との間で険悪な雰囲気が漂っていた。
彼らが水面下で私達の経営に邪魔立てしようとしたこともあり、目の敵にしているのは明らかだった。
しかし、双方無駄な争いは望んではいない。
私達はヴァレリオ家の配下組織で決して大きくはなかったし、人員も少ない。
抗争をする意味も利益もないのだ。
ジャコモ家も間接的とはいえ、ヴァレリオ家に手を出すような野暮な真似を容易にするようなことはない。
ほぼ冷戦状態であった彼らが尋ねてきたのは、間違いなく裏社会に流れた情報のせいだろう。
私は構成員から話を聞くと、対応するため直ぐに玄関前に向かおうと思ったが、背後にいる青年の存在を思い出して立ち止まる。
...クソッ...よりによって最悪のタイミングに...。
とりあえずこいつのことは後回しだ。
一刻も早く私が対応しなくては...!
そうして私は素早く頭の中ですべきことの優先順位を立てると、少し乱暴に青年の腕を掴み、近くにあった物置部屋に彼の身体を押し入れた。
そして、念の為にと鍵を掛けると、部下を引き連れて足早に玄関先へと向かった。
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玄関先に近づくと、早る気持ちを抑え、余裕のある足取りを見せながらスーツのボタンを締め直した。
そして、角を曲がって玄関先に着くと、複数のスーツを着た厳つい男達とそれに囲まれたジャコモ家のボスが立っていた。
彼は私の姿を見ると、鋭い視線を一転し、見え透いた安い笑みを浮かべる。
「やぁ、急な訪問で申し訳ないね」
「...お久しぶりです、ジャコモ様」
「元気そうでなによりだ。この業界、いつ誰が死んでもおかしくないからな」
「...お陰様で、まだ生きておりますよ」
「ははっ!そうみたいだ!...上がってもいいかな?」
「...どうぞ」
他からすれば当たり障りのない普通の会話。
しかし、ファミリー同士の関係を知る者からすれば、至る所に爆撃の仕込まれた恐ろしい会話だった。
私はドンのいる部屋を避け、遠回りをして応接室に向かう。
万が一にもドンの存在を見られる可能性を考慮しなくてはいけないからだ。
そうして歩いていると、穏便な会話をしていた男が突然、核心を突いた内容を問い掛けてきた。
「そう言えば...本家から何か連絡はあったかな?」
「...と言いますと?」
「いや、裏で何やら悪い噂が立っていると聞いてね」
「...悪い噂?」
「僕も詳しい話は知らないがね。何か困りごとがあれば我々も総出で手助けしよう」
「...感謝致します、お言葉に甘えて、有事の際は頼りにさせていただきます」
「今はそうではないと?」
「...はい」
「そうか」
探り探りの会話の後、しばらく沈黙が訪れる。
核心に迫る緊張感に、双方が思わず視線を鋭くして相手を見つめる。
そして、あと少しで応接室に着くという時、突然、廊下に並んでいた部屋の一つの扉が開いた。
道を塞ぐようにして開かれた扉。
その影から姿を現したのは、空気も読めない馬鹿な構成員の一人...ではなく、若々しい一人の青年だった。
こちらを見てキョトンとする彼に、私は一瞬思考が止まった。
しかし、隣に並ぶ男はそれを見て、すかさず大声で叫んだ。
「あいつがドンだ!殺せ!!」
そうして彼が銃を取り出すと、引き連れていた男達も同じように銃を取り出し、一斉に発砲した。
青年は男の叫び声を聞くと同時に、扉の中に身を隠したため、放たれた銃弾の数々が彼に当たることはなかった。
しかし、そんなことで男達が諦める訳もなく、直ぐに青年のいる部屋に駆け寄ろうとするが、事務所で銃を取り出されては私達も黙っていられない。
「...お客様が旅行をご所望だ、丁重に送り出せ!」
私がそう叫ぶと、事務所中の構成員が集まってきて、銃を乱発する男達を押さえにかかる。
一番避けたかった事態。
ジャコモ家とヴァレリオ家の抗争が始まり、廊下は一瞬にして大乱闘となった。
厳つい男達に何とか応戦する私達であったが、数で勝ってるとはいえ、有り合わせの構成員と、戦闘のために用意された構成員とではやはり戦力に大きな差があり、押えていた数名を取り逃してしまった。
包囲網を突破した男達は廊下の奥へと進み、青年の隠れる部屋の前に集まると、扉に向かって一斉に銃を乱射した。
...バンッバンッバンッバンッバンッ....!!
激しい発砲音にその場にいた全員が止まる。
皆が同じように向けた視線の先には、穴だらけとなった無惨な扉の姿だけがあった。
「...はっ...やった...殺ったぞ!ヴァレリオ家のドンを仕留めてやった!」
喜びに満ち溢れた様子で、ジャコモ家のドンがそう叫んだ...その瞬間、突然扉が勢いよく開いた。
あまりの勢いに集っていた男達が後ろへ倒れ込むと、目にも止まらぬ早さで何かが部屋から飛び出した。
それは蜂の巣にされた部屋にいたはずの...ブロンドの髪をした青年であった。
彼は床に落ちた銃の数々を素早く手に取ると、慣れた手つきで弾を全て床に転がした。
男達は一瞬、何が起きたのか理解できずに呆気に取られてしまっていたが、直ぐにハッとして銃の代わりに拳で彼に応戦する。
しかし、厳つい男達が数人がかりで襲い掛かっても、何故か拳は一向に当たらない。
私はその光景を見て言葉を失った。
青年は踊るようにヒラリヒラリと拳をかわし、時に男達の股をくぐり抜け、背を蹴り上げて宙高く飛んだりした。
その姿はまるで舞い遊ぶ蝶のようで、予測のつかない彼の羽ばたきに、男達は翻弄されるばかりだった。
そんな様子を見かねて背後にいた男が、苛立ちの表情を浮かべて叫んだ。
「おい!テメェら何遊んでんだ!ガキの一人も始末できねぇのかよ!この役立たずのクズ共が...」
...パシュッ...パシュッ...パシュッ...パシュッ...パシュッ...!
そんな男の叫び声を遮るかのように鋭い音が響く。
サイレンサー特有の静かな銃声は、少ない弾数で的確に厳つい男達の頭を撃ち抜き、彼らの体は力なく地面に向かって転がった。
「...ひっ...!」
男が咄嗟に顔を上げると、思わず情けない声を漏らした。
すると、そこには一人の大柄な男が立っていた。
天井に届く程の背とスーツが避けそうなほどの巨体、しかめっ面を浮べる顔には、無数の傷跡が勲章のように飾られていた。
そんな男を見て、背にいた男はしっぽを巻くように、残りの部下を引き連れて逃げ帰ってしまった。
「追いますか?」
「...いや、いい」
逃げ去るジャコモ家を見て、構成員の一人が問い掛ける。
しかし、私の頭はもはやそれどころではなく、追い掛ける気など疾うに失せていた。
私はゆっくりと歩き出し、転がった死体達の真ん中に立っていた青年の元へと近づいた。
「...お前...一体何者だ?」




