7話
あれから数日が過ぎた。
寒さを凌げる家のおかげで簡単に死ぬことは無かったが、死体がゴロゴロと転がる家の中で助けを呼ぶ手段も無く、私は絶望の淵に立たされていた。
食料もほとんどなく、外は凍える雪景色。
家に電気は通っておらず、私は数本残った薪を暖炉に焚べてなんとか生き延びていた。
しかし、そんな僅かな希望も消えかかっており、私は生きることを諦めようとしていた。
食料も水も無く、火が無ければ凍えるほど寒いというのに、焚べる薪ももう直ぐ無くなる。
私はあの男の思惑通り、この家で死ぬんだ...。
そう思い、燃え盛る炎を眺めながら、着実に迫る自分の死を待っていた。
すると、突然扉を叩く音が聞こえた。
私は長年の癖で後ろを振り返るが、そこに扉はなく、音は横にある外への扉から聞こえてくる。
恐る恐る扉の方へ近づくと、あの男とは違い、誰かが荒っぽく扉を叩いている。
助けが来たのかもしれないと一瞬、鍵に手をかけたが、直ぐにそれをやめて扉を見つめた。
警察だったらどうしよう。
私...人殺しで捕まるかも...。
いや、そんなこと言っていられないでしょう?
でも...怖くて開けられない。
扉を開けたらまたあの絶望の雪景色と、それと同じ色をした男が立っているかもと、恐怖が妄想へと変わり、鍵を開けるのを躊躇っていた。
しかし、そんな躊躇いも無意味に、何故か突然、鍵がガチャりと回り扉が開いた。
驚いたのも束の間、そこには雪景色の中に佇む、髪も服も眼鏡も何もかも真っ黒な男の子が立っていた。
私が驚いて固まっていると、彼は不躾に家の中に入ってきて扉を閉めた。
「君はソフィアか?」
身体に付いた雪を払いながら無愛想に男が私に尋ねてくる。
アジア系の人に見えたが、彼はとても綺麗な発音の英語を話し出した。
私は恐る恐る首を横に振り、後退りをした。
「ん?アルバ...じゃないよな?」
再び尋ねる男の子。
そして、首を振る私。
「じゃあ、ニコラウ?」
その名前を聞いて、私は涙ぐみながら首を激しく横に振った。
彼は突然泣き出した私に動揺することもなく、ポケットからハンカチを差し出してきた。
「君は一体誰なんだ?同い年ぐらいに見えるが、いくつだ?話はできるか?」
「...レイ...レイタオンよ。歳は19...だと思う」
「驚いた、男か。だと思うって...いや、君は誰の何なんだ?ここはニコラウの家だと思うんだが」
そう聞かれて私は再び涙が溢れる。
渡されたハンカチに顔を埋めながら、必死に涙を堪えようとするが止まらない。
しかし、彼はそんな私の様子を見て、問い掛けることを止め、私の頭に手を置き、ポンポンと撫でてから奥の部屋へと進んで行った。
その手からは、
『無理に話さなくていい』
と言われたような気がした。
同い年ぐらいの男の子。
あれは一体誰なのだろう。
どうやって鍵を開けたの?
どうしてこの家のことを知ってるの?
どうして殺された二人のことを知ってるの?
色々な疑問で頭がいっぱいだったが、直ぐにハッとして、先程の男の子があの部屋のある方へ向かったことに気がついた。
しかし、気がついた時にはもう既に遅く、ひとしきり見終えたであろう彼が私の元へと戻ってきた。
「...君はニコラウの子供か」
「...えぇ」
「彼を殺したのは君か?」
「...」
黙り込み震え出す私を見て、男の子は自分の羽織っていたコートを私に掛けた。
「安心しろ、俺は警察じゃない。君を咎めたり捕まえたりなどしないさ」
「...」
「シャワールームの鏡を割って武器にしたか...中々機転の効く発想だ。危機的状況でも冷静さを欠かず、彼の懐に入り込んだのか...流石、大物舞台女優の息子だな」
「...え?」
困惑する私を彼は鋭い視線で見下ろし、不敵な笑みを浮かべて言った。
「合格だ」
「...どういう意味?」
「どうして俺がこんな山奥に来たか分かるか?」
「...知らないわよ。というか、ここってそんな山奥なの?」
「あぁ、近くの町から車で数時間ってところだ」
驚いた...確かに周りに何も無いと思ったけど...歩いて助けを求めに行かなくて正解だったわね。
「...どうしてこんな山奥なんかに来たの?」
「俺は探していたんだ。君のような人材を」
「...どういうこと?」
「誰にもその存在を知られてなくて、戸籍にも登録されていない、どこにも居場所のない者をな」
「...何故...というか、あなた誰なの...?」
そう問い掛けると、男は眼鏡を指でかけ直し、私の方へ手を差し出した。
「俺の名はデッドマン。人間課潜入捜査班代表...本部、オルドの人間だ」
「...は?」
「オルドとは世界の秩序を守る機関。裏組織として認識されるが、まぁ、詳しい話は後だ。要は君をウチの組織に勧誘したい」
「...意味がわからないわ」
「君には潜入捜査班の代表になってもらいたい」
「...代表はあなたなんでしょう?」
「そうなんだが...俺は代表から降りたいんだ」
「...どうして?」
「理由は二つだ。一つ、名前を変えたいから。潜入捜査班だってのに目立ち過ぎている。二つ、推し活に全力を投資したいから」
二つ目の理由を聞いて私は固まった。
「...は?」
「いや、最近推しのアイドルユニットができててな。代表だとライブの予定とか入れにくいんだよ」
「疑問点はそこじゃないわ」
「とにかくだ、君には俺と成り代わって欲しい」
「無理よ...というか周りにバレるでしょ」
「心配ない、上の連中には上手く伝えるつもりだ。他の奴等は俺の姿など見たこともないから大丈夫」
「あなたが大丈夫でも、私は大丈夫じゃないわ!」
訳の分からないことばかり言う男の子に戸惑って、私は思わず大きな声を上げた。
しかし、彼は顔色一つ変えることなく私を見つめてから、暖炉の方へと歩き出した。
「俺について来たら君は新しい人生を手にする。何とも刺激的で恐ろしいほど魅惑的な人生をな。だが、このままここにいれば君は確実に死ぬ」
「....そんなこと...分かってるわよ...」
「君は生きたいのだろう?絶望の状況下、君は自ら命を絶つことを選ばず、この暖炉に火をつけた。この炎こそが君の生への渇望の証だ」
「...っ...!」
「君は強い人だ。きっと本部でもやっていける。そうでなくても俺が全て教える。君を引き入れる責任は負うつもりだ」
彼はそう言って再び手を私に向かって差し出す。
私は涙をこぼしながら今度は迷うことなく、その手を取った。
まだ彼の言っていることは何一つ分からない。
それでも、私の生きる道は、彼の元にしかないと確信があった...彼について行くと決心したのだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そして、私は今この場所に立っている。
オルド...本部の人間課潜入捜査班代表フラワーとして。
誰一人私のことを知らない、私と隣に立つ黒い男の秘密も。
上等よ、演じきってみせるわ。
誰よりも幸せに満ちた女の姿を。




