4話
部屋の中に流れる異様な空気。
組織のトップが使うその部屋に集ったのは、ヴァレリオ家の若いドン、その顧問である私。
そして、見知らぬ一人の青年であった。
フワフワとしたブラウンの髪に、歳の割には男前で美しく甘い顔立ち、新緑のように透き通った緑の瞳を持った一人の青年。
彼はまだ自分の状況を理解できていないのか、放心した様子で真っ直ぐとドンを見つめている。
私はそんな彼を見て、直ぐにマルコとの話を思い出した。
あいつ...私に相談する前から手配してやがった...。
私が承諾する前提だったのか?
あいつの中では決定事項だったのか?
とはいえ急すぎる...やはりアホなのか。
どうする...この状況...どうする!?
必死に思考を巡らせる私だったが、その耐え難い沈黙を先に打ち破ったのは、痺れを切らした様子のドンだった。
「おい、このガキを連れてきたのはお前か?」
冷ややかなその声からは慈悲など感じられず、『直ぐにでも殺してやろう』という意思だけが伝わってきた。
それは目の前の青年だけでなく、彼を連れてきたであろう者に対しても同様に。
私は心の中で遺書を綴る思いで、ゴクリと唾を飲み込んでから口を開いた。
「...私の責任です」
「答えになってねぇだろうが。連れてきたのは誰かと聞いている」
「...それは...」
口ごもる私とそれを睨みつけるドン。
そこへ何の事情も知らない一人の男が、空気も読まずノックをして入ってきた。
「失礼します。ドン、お話が...」
そう言って入ってきたのは、このおかしな状況を生み出した元凶でもあるマルコであった。
私が一瞬驚いて彼の方を見ると、ドンはその視線を見て直ぐに状況を理解したようで、胸元から銃を取り出した。
「なるほど、お前がこのガキを連れてきたんだな?」
「え...あ...っと...」
「理由を聞こうじゃねぇか。どうしてこのガキを連れてきた?」
ドンに問い詰められたマルコは、どう返せばよいのか分からず困惑した様子で、上手く話せないでいた。
しかし、そんな彼を急かすかのように、ドンは向けた銃の安全装置を外す。
それを見てマルコは慌てて話し出した。
「っ...か、影武者を!ドンの影武者を用意しようと!そう思って部下に引き取らせました!」
「影武者?こいつがか?」
「はい!」
「ぶっ...はははははっ!」
命からがら威勢のいい返事をするマルコを見て、ドンは思い切り吹き出した。
そして、ひとしきり笑い終えると、流れるように銃の引き金を引いた。
...ドンッ!パリンッ!
銃弾はマルコの頬をかすめて、その背後にあった花瓶へと当たった。
「...っ...!」
「お前は家人の許可なしに子供こさえるのか?ドンに許可なく構成員を増やすのか?」
「...あ...いや...」
「何故お前が今撃たれずに済んだのか分かるか?」
「...えっと...」
しどろもどろと話すマルコの言葉を遮り、ドンはため息混じりに話を続けた。
「フェデリコがお前をかばった。責任の所在は自分にあると言ったんだ。この意味が分かるか?」
「...あ、いや、その...」
「幹部を管理すべき顧問として考えた結果、お前の肩を持ったんだ。部下を守ることが己のすべきことだと判断したんだ。後先考えずに軽率な行動をとるお前とは違ってな。お前が昇進できない理由はそこなんだよ!」
「...っ...」
「お前の首の皮が一枚繋がっていられるのは、紛れもないこいつのお陰だ。そういう時は何て言えばいいんだ?」
「...感謝します...」
「聞こえねぇよ、もっと大きな声で話せよ!」
「...か、感謝します、顧問」
マルコはドンに促され、苦渋を舐めるかのような表情を浮かべながら、私に向かって感謝を述べた。
恐らくドンはマルコという人物の性格も、何を欲しているのかも、何を一番嫌うのかも、全てを見通し、このような茶番をしているのだろう。
お優しいのか、意地が悪いのか。
そんなことを思いながら、ホッと胸を撫で下ろそうとした私は、突然向けられたドンの鋭い視線に背筋を伸ばした。
「顧問として素晴らしい判断だった...が、二度と俺に隠しごとをするな、いいな?」
「...かしこまりました」
私の返事を聞いて、ようやく納得した表情を浮かべるドン。
しかし、まだ大きな問題を一つ残していることを思い出したようで、再び顔を曇らせた。
「ったく、どいつもこいつも馬鹿ばかり...で、このガキはどうするつもりだ?まさか、このままノコノコお家に返すって言うんじゃねぇだろうな?」
「...始末します」
「おいここで殺るんじゃねぇよ。この前、絨毯をダメにしたばかりだろうが」
それはドンが構成員を撃ったせいです。
...という言葉を私は当たり前のように飲み込み、チラリと縛り上げられた青年の方へと視線を向けた。
彼は一連の流れを見ても尚、顔色一つ変えることなく、ただ呆けるかのようにドンを見つめていた。
...こいつもしかして、英語が分からないのか?
顔立ちからしてイギリス人ではなさそうだ。
まさか耳が聞こえないなんてことはないだろうが、自分の状況分かっているのか?
まったく...一体どこから拾ってきたのやら...。
そんなことを考えながら、私は万が一に言葉が伝わっていないことを考慮して、青年に向かって顎先でついて来いと指示をした。
彼はそれを見ると、縛られた体をふらつかせながら立ち上がり、大人しく私の後についてきた。
これから殺そうという相手が、ここまで大人しかったことがなかったので、私は少々戸惑ったが、顔には出さないようにと、血で汚れてもいい部屋まで彼と共に歩いた。
沈黙の中、廊下を歩いていると、私達の元へ慌てた様子の構成員が数名現れた。
彼らは口々に話をするが、勿論その全てを聞き取ることなどできず、ましてやスラム生まれの早口英語など、聞き取れたとしても意味が分からない。
私は少し大きな声を上げて、その中の一人から話を聞き出す。
「...全員黙れ!何言ってるのかさっぱりだ!まず...お前!お前から話せ!」
「ジ、ジャコモ家が!話があると...げ、玄関前に!」
「...何だと?」




