3話
裏切り者が情報を漏らした事件から数日、悪い予感は的中した。
街にはびこる準構成員からの報告で、裏社会にうちの組織の情報が流れてしまっていることが判明した。
他組織は大組織ヴァレリオ家を破滅させる絶好の機会だと言って、構成員を集め準備をしているようで、同国の組織は直ぐにでも何か仕掛けてくることであろう。
やはり、本家と連絡を取った方が...いや、ドンからの命令があるしな...。
黙って連絡なんてしたら、確実に私の首が飛ぶ。
情報が流れてしまっているのなら、じきに本家にも情報が辿り着くことだろう。
それを待った方が良さそうだな。
頭を抱えながらそんなことを考えていると、一人の男が私の元にやって来た。
「よぉ、フェデリコ。老けた顔が前より老いぼれて見えるぜ?」
「...何の用だ、マルコ」
「おっとこれはすまないな。元同僚とはいえ、一端の幹部が顧問に気軽に話しかけちゃ不味かったか?」
彼の名はファミリーネーム、マルコ。
部下の中で一番優秀で頭のキレる奴だが、同時に好戦的でよく問題を起こす厄介な奴でもある。
以前は私と共に幹部として組織を回していたのだが、ドンが来て、急ごしらえの顧問に自分ではなく俺が選ばれたことがどうも気に食わないらしい。
「...用がないのならさっさと仕事に戻れ...」
「用ならある。お前が今考えていたであろうことについてだ」
「...何?」
「お前も分かっているんだろう?うちの雑な兵力じゃ他の組織には勝てない。このままじゃドンを守るどころか、うちの組織が潰されちまう」
「...何が言いたい?」
「俺達で策を練ろうと言っているんだ。どうせドンから『動くな』とでも命令が出されているんだろう?」
「...自分が何を言っているのか分かっているのか?ドンの命令もなく勝手に動くなんてこと...」
「血の掟にはドンの為に動くことを禁ずる、なんてどこにも書いてないはずだぜ?」
「...」
マルコのその言葉に私は少し黙り込んだ。
そんな私の様子を見て彼は仕方なさそうににため息をこぼすと、馴れ馴れしく肩を組みながら言葉を続けた。
「フェデリコ。お前はいつだって、冷静で賢くて正しい判断のできる従順な奴だ。でもよ?時にはドンのことを思って、自分で考えて動くことも大事だ。言いなりのペットは良い顧問とは到底呼べないぜ?」
「...そこまで言うなら聞かせてもらおう。お前のその策とやらを」
マルコのその物言いに少しカチンと来た私は、その喧嘩を買うかのように話を聞く。
すると、彼は得意気な表情を浮かべて、意気揚々と話し出した。
「よし、いいか?構成員から聞いた話では、流れちまったうちの情報は二つだ。ヴァレリオ家のドンがまだ未成年だということ、それがうちの組織にいるということ」
「...それはもう聞いたな」
「あぁ、決して流れちゃいけない情報だ。だが、逆に言えば情報はそれしか流れていない」
「...どういうことだ?」
「他の組織はドンの顔も正確な年齢も知らない。奴らがドンを見分ける方法は『イタリア人の子供』ということしかないんだよ」
「...つまり、何が言いたい?」
「ドンの替え玉...影武者を作るのさ」
「...は?」
あまりに突飛なその考えに私は思わず驚いて聞き返す。
しかし、マルコはそんな私を置き去りに、熱くなった己の考えを話し続けた。
「イタリア人のガキなんてそこら辺にいくらでもいる。孤児でも何でも拾ってきておけば、たとえ襲われたとしてもドンが狙われる確率はグッと下がるだろう?上手く調教すれば本家なんかとは比べ物にならない、完璧な表面上のドンに仕立てあげられる」
「...」
「偽物の子供を殺せば、他組織は大組織ヴァレリオ家のトップを仕留めたって思い込むだろうが、数年経ってドンが成人したら、本物のドンがヴァレリオ家トップに返り咲く...名案だろ?」
「...マルコ、それは本気で言ってんのか?」
「ははっ、驚くのも無理ないな!名案すぎて疑ってるみたいだがな、俺が考えた策だ。横取りされちゃ困るぜ?若頭に選ばれるのも時間の問題だな」
鼻高々と言い放つマルコに、私は言葉を失い、顔を隠す他なかった。
現在のヴァレリオ家には若頭の役職が空席のままだ。
若頭は組織のトップが選ぶのだが、うちのドンはまだ未成年ということもあり、任命することができていない。
その役職をマルコが狙っているということは同僚時代から知っていたことだし、そのために彼が様々なことを考えては上に提案していたことも知っていたが、まさかここまでとは知らなかった。
「...お前は本物の馬鹿のようだな」
「は?おい、今なんて...」
「...ガキを組織に置くなんてドンが許すとでも思うのか?ファミリーでもない、裏社会のルールも知らないような孤児なんて...。他組織の奴が殺しにくるより前にドンがそのガキを殺すに決まってるだろう」
「だから調教でも何でもすれば...」
「...やめろ、調教なんてまっぴらだ!これ以上うちの組織にガキ連れてくんじゃねぇ!」
マルコの減らず口に私は声を荒らげた。
すると、そんな私の元に一人の構成員が、慌てた様子で息を切らして走って来た。
「顧問!...あっ...すみません、お取込み中に...」
「...いや、いい。何の用だ?」
「ドンがお呼びです...その...急ぎで...」
「...分かった」
私は構成員の話を聞いて、まだ多く残った煙草の火を惜しむことなく消した。
「...この話は終わりだ、仕事に戻れマルコ」
「いや、ちょ、待てよ、フェデリコ!」
足早に立ち去る私に、マルコはまだ何か話し足りない様子であったが、ドンを待たせる訳にはいかない私は、そんな彼を置いてドンの元へと向かった。
...コン...コン...コン...コン...。
部屋に響き渡るノック音。
少しばかり焦っていた私だったが、その音の間も回数も決められたように落ち着いて叩いた。
「入れ」
「...失礼します、遅くなって申し訳ありませ...」
ドンに許可されて、私は部屋へと入る。
そして、真っ先に目に映ってきたものに思わず言葉を失った。
そこには部屋の真ん中、ドンの正面に座らされて、両腕を拘束されるように身体を縄で縛られた一人の青年の姿があった。




