2話
ヴァレリオ家はイタリアで古くから続いている大きなマフィアの組織だ。
財力も権力も、他の反社会的組織とは比べ物にならないほど強大で、その勢力は国内だけに留まらず、国外にも幅広く配下となる組織を置き、裏社会を牛耳っている。
そんなヴァレリオ家は現在、とある大きな秘密を抱えている。
それは遡ること数年前、私達はヴァレリオ家の配下として、英国に拠点を置く小さな組織であった。
本家とは違って優秀な人材も数少なく、頭の悪い不出来な奴が多かったが、それでも小規模なうちの組織では十分だった。
しかし、それは突如として訪れた。
本家ヴァレリオ家当主の突然の訃報。
病か、事故か、殺人か、自殺か...何一つ詳細は明らかにされず、ただその事実だけを伝えられた。
そして、その知らせと共に一人の少年がうちの組織にやってきた。
暗めの金髪に端正な顔立ちをした、まだ髭も生えない幼気な少年。
成人とかけ離れた年齢の彼は、既にこの世の全てを知ったかのような暗く淀みきった目をしていた。
初めは子供が何の用かと鼻で笑ってしまったが、彼がヴァレリオ家の跡取りと聞いて驚いた。
成人するまでその存在を現さないはずだった、ヴァレリオ家当主の隠された子供。
当主の亡くなった今、実質彼こそがファミリーの頭である。
そんな彼がこんな末端の極小組織にどうして来たのかというと、ヴァレリオ家存続のため、彼の命は組織全体に響く重要なものであり、その存在も多く知られてはまずいらしい。
そのため、別組織から多く狙われる本家に置くよりも、うちのような末端組織に隠しておいた方が安全だという上からの指示であった。
始めは子守りをする簡単な仕事と思っていたが、彼は見た目よりも賢く、早熟で、残忍だった。
直ぐに組織のドンとして君臨し、緩み切ったうちの組織を変えてしまった。
ミスをした者や頭の悪い奴から消されていき、皆必死にマナーを学び、勉強をして、本家にも引けを取らない構成員となる努力をした。
全てはドンに認められるため...殺されないため...。
...コン...コン...コン...コン...。
部屋に響き渡るノック音。
音の間もその回数も決められているのは、部屋に入る時のマナーであり、構成員の証明ともなる。
「...失礼します、ドン。午後の予定ですが...」
私がそう言って部屋に入ると、そこにはほとんど半裸とも言える、布面積の少ない服装をした胸と尻の大きい女性達が、青年を囲んでいる異様な光景が広がっていた。
「あぁ、君の肌はなんて柔らかいんだ...!その肌に包まれて死ねるのなら、俺は地獄に落ちたって後悔はない」
「ふふ、おマセな坊ちゃんね」
「君もとっても素敵な子猫ちゃんだ。俺を子供だというのなら、君が俺を大人にしてくれるかい?」
「まぁ、なんて素敵な夜のお誘いかしら」
ドンは流暢で大人びた英語を使い、女性達を口説き落としていた。
見た目とはまるでチグハグな彼に昔は驚いていたが、今ではすっかり慣れた光景だった。
「...ドン、以前にも申し上げましたが、女と言えどあまり部外者をここに入れては...」
「部外者なんかじゃない、彼女達は俺の愛しのcarinaなのさ」
私はその言葉を聞いて、静かに胸ポケットから手帳を取り出す。
そこには沢山のイタリア語がメモしてあった。
カリーナ...かわい子ちゃんってことか...。
ドンは頭がいい。
特に語学に関しては、彼の右に出る者はおらず、彼が時たま話すイタリア語に皆いまだに首を傾げているのだが、分からないと言った瞬間、頭に風穴を空けられる。
そのため、こうしてこっそり確認しているのだ。
「...お話の続きをしてもよろしいでしょうか?」
「おいおい、この状況を見てする話なのか?今からアバンチュールをと思っていたところなのに...野暮だと思わないのか、フェデリコ?」
ドンがうちに来て変わったことがもう一つある。
それは俺達にファミリーネームが与えられてことだ。
勿論私は“フェデリコ”などという名前ではないし、これもまたイタリア語で初めの頃は慣れずに戸惑ったものだ。
「...失礼いたしました。しかし、重要な話ですので、手短にお伝えしてもよろしいでしょうか?」
「何だ?」
「...先日の裏切り者の件ですが、情報が漏れたかもしれません。本家と連絡を取って対処した方がよろしいかと」
「チッ...あのクソネズミが...まぁ、いい。俺もそろそろ雲隠れに飽き飽きしていたところだ。本家への連絡も不要だ。俺を狙いに来る奴がいたら捕まえろ。情報屋を炙り出せるかもしれないしな」
ドンはそう言って不敵な笑みを浮かべた。
ネズミとはマフィアの世界で裏切り者を意味する。
先日、うちの組織にいた奴が周りに隠れて、とあるアジア人と密会をしていた。
どんな理由であれファミリーに隠しごとをした。
それは大罪であり決して許されることはない。
だから奴は海の底で永遠の眠りにつくこととなった。
そして、その情報屋によって、重要な情報が裏社会に流れたかもしれないのだ。
ヴァレリオ家当主が英国にいるということ、まだ年端もいかない未成年のガキであるということが...。
現在本家にはいかにも首領らしい、表面上のドンが君臨しているのだが、今回の件でそれが偽物だということがバレてしまったのかもしれない。
そうなると、狙いの目はうちに向けられる...危険だということは考えずとも分かるだろう。
本来ならば直ぐにでも本家と連絡をとって対処すべき問題だ。
しかし、私にはそれを意見することは許されていない。
ドンに返せる言葉もたった一つしか残されていない。
「...かしこまりました」
私はそう言うと、深々と頭を下げ、直ぐに部屋を後にした。
部屋を出て直ぐに、私は胸元から煙草とマッチを取り出して、火をつけて煙を深く吸い込むと、内に溜め込んだ言葉を解き放つかのようにその煙を吐き出した。
「ふぅ...厄介なことになりそうだ...」
ドンがうちに来て数年、彼の成人まで残り僅かとなった。
緊張と恐怖に溢れた生活とも、もうすぐおさらばだ。
急ごしらえの仮とはいえ、私が組織の顧問の役職に就いていられるのもあともう少し。
金や立場が多少惜しい気もするが、再び極小組織の幹部として気ままにふんぞり返るのも、まぁ、悪くはないか。
そんな思いにふけながら、窓の外に広がる空に向かって煙を吐く。
美しい青色が煤けた灰色に汚されるさまを見て、私は皮肉を込めた笑みを浮かべた。




