1話
月夜も眠る暗がりの裏路地。
灰色の街には灯り一つ見当たることはなく、都会の喧騒もどこかへ消えてしまったようだった。
そんな静寂に包まれた夜の街を、一人の男が駆け抜ける。
ボロボロのスーツを着て片腕を負傷した男は、闇夜に姿をくらまそうと必死に走るが、その後をスーツ姿をした数人の男達が、ピタリと離れずに追いかけて来きていた。
息を切らして死に物狂いで走る男。
しかし、その努力も虚しく、彼は路地奥の行き止まりに足を止められてしまった。
絶望の表情を浮かべる男を、背後に迫るスーツ姿の男達が奈落の底へと誘う。
「...ま、待ってくれ!誤解だ!俺は裏切ってなんかいない!」
男はそう言って必死に叫ぶが、そんな声にスーツ姿の男達は耳を貸すこともなく、胸元から次々に拳銃を取り出した。
「...ひっ!」
「質問にだけ答えろ、空港で会っていた男は誰だ?まさか他の組織の奴じゃないだろうな?」
「...た、ただの友人だ!表の人間だよ!」
男の言葉に質問をした男が迷わず引き金を引いた。
放たれた銃弾は男の足を貫き、男は思わず悲痛な声を上げた。
「質問にだけ答えろと言った筈だ。『はい』か『いいえ』、それ以外喋るな」
「...は、はい...」
「お前にアジア人の友達がいたとは驚きだ。英語もロクに話せないゴロツキが、日本語だけは流暢に話せるとでも言うのか?」
「...そ、それは...!」
何かを弁明しようとした男、その男の肩を質問をした男が容赦なく撃つ。
「...あがッ!」
「一体何度言わせるつもりだ?」
「...うぅ...」
「全く...お前がもう少し利口なら、あと5分は長く生き延びることができたというのにな」
「...ちょ、ちょっと待ってくれ!話...俺の話を聞いてくれ!信じてくれ!」
「お前はファミリーを裏切った。殺すには十分過ぎる理由だと思うが?」
「...だ、だから!違うんだ!」
「裏切り者の言うことを聞くわけがないだろう。それとも何だ?お前が見てきたファミリーは、一度の裏切りぐらいなら許してくれるような、そんなお優しい組織だったのか?」
「...俺は奴に嵌められたんだ!!」
その言葉を聞いて質問をした男が黙り込む。
そして、ゆっくりと男の元に近づくと、深く被った帽子を銃口で少し上げ、口元を綻ばせた表情を見せた。
男はそれを見て、同じように笑顔を浮かべたが、その瞬間、口の中へと銃を突きつけられ、男の顔に再び絶望の表情が戻った。
「お前が誰に嵌められようと騙されようと...俺達には関係無いんだよ。準構成員にもなれないようなお前が抗争の火種になるなんてことあってはならない」
「...ひやは...ひひはふはひ...!!」
「あの世でドンに詫びるんだな」
...カチャッ... ッバァン!
無情に響き渡る銃声は、ついに男の頭をぶち抜いた。
男は目をグルリと回し、人形のように倒れ込む。
それを確認すると、スーツ姿の男達は直ぐに死体を回収して、綺麗に証拠を消していき、皆煙のように姿を消した。
この国に蔓延るのものは様々だ。
汚れた金、凶暴な武器、違法な薬物、親無し孤児に借金まみれの売女、権力、欲望、富、暴力、裏切り...ありとあらゆるこの世の汚いもの。
表の連中は知ることもない。
日々当たり前のように歩いているその道が、死体の山によって成り立ってるという事実を。
奴らはお花畑のような平和な夢を見続けている。
その夢を壊さぬよう、裏社会にルールを設けた組織が存在する。
警察や国までもが手を出すことをはばかられる、裏社会の脅威とも呼ばれる組織。
それこそが私達、ヴァレリオ家のマフィアだ。
...コン...コン...コン...コン...。
部屋に響き渡るノック音。
音の間は回数も細かく、その合図を間違えることは決して許されない。
「...入れ」
「失礼します」
「...何の用だ」
「裏切り者を捕まえてきました」
男はそう言って袋に入った死体を見せる。
「...おい生ゴミをここに持ち出すな」
「すみません...こいつどうしますか?山ですか、海ですか、それとも燃やしますか?」
男の質問に答えようとした時、部屋の真ん中にある背を向けた椅子から若々しい青年の声が聞こえてきた。
「その裏切り者、最後に何て言った?」
「え...っと...『嫌だ、死にたくない』だったかと」
「何故殺した?」
「え、いや...ご命令でしたので...」
男の言葉に椅子がクルリと男の方へと回った。
そして、そこに座った美しい見目をした青年は、持っていた銃で話していた男の腹を撃ち抜いた。
「...あ...え...?」
「テメェはアホか?ファミリーを裏切った裏切り者を、何簡単に殺してんだって聞いてんだよ」
腹部を押え、声にならない声で苦しむ男。
青年はそんな男に近づき、容赦なくその背中を蹴った。
「俺を裏切ったらどうなるか、知らしめろよ。拷問して、陵辱して、痛めつけて、苦しませて、死んだ方がマシだって思うほどの地獄を味合わせてから殺せよ。生易しい詰め方してるから、『死にたくない』なんて言葉が出てくるんだろ?」
「...う...ぅ...」
「お前みたいなcoccoloneがいるから、うちが舐められんだよ...裏切り者が湧くんだよ...なぁ、おい、分かってんのか?」
「...す、すみません...」
「てめぇの薄っぺらい謝罪なんざ求めてねぇ。分かってんのかと聞いてるんだ」
「...う...えっと...コ...コッコ...?」
男が狼狽えたその瞬間、青年は迷うことなく何度も引き金を引いた。
しかし、弾は男の命を奪うようなことはなく、全て急所を外し、男を更に苦しめた。
「こいつをそこの死体と一緒にセメント靴履かせて海に沈めろ」
「...かしこまりました」
私はそう返事をすると、部屋にいた部下に視線で合図をして、死体と男を部屋の外へと出した。
青年はそれを見届けると、やれやれと言わんばかりにため息をこぼしながら、再び椅子に座って背を向けた。
まだ成年にも満たない、言動とは不釣り合いな若々しさをまとう彼こそが、この組織のドン。
ヴァレリオ家の頭、ローレンス・ヴァレリオである。




