11話
死刑宣告を受けて、私は途方もない時間を冷たい勾留所で過ごした。
誰かと話すことも、最低限動くこともなく、私はただ静かに部屋の中で座っていた。
怒りで我を忘れたあの裁判の日に、私はあることを思い出した。
それは最後に弟と山の小道にあるベンチで交わした言葉と手渡された水筒のことだった。
今更思い出したところでもう遅い。
もう私の言葉を聞いてくれる人間など、もう誰一人として存在しない...。
そして、どうやら今日が私の執行日らしい。
いつもなら誰も来ないはずの時間に、複数の警察官が私の部屋に現れた。
彼らに連れられて、勾留所に比べれば小綺麗な部屋に入った。
そこでは優しそうなおじさんが私に色々な話を投げかけてきたり、机に置かれたお菓子を勧めたりしてきたが、私は一言も発することなく、勾留所にいた時と同様、ただ静かに座っていた。
その部屋でしばらく過ごした後、今度は大きなガラス張りと部屋の真ん中に四角い踏み台のある部屋へと入った。
私は部屋を見て直ぐに、ここが自分の最後の場所だと悟った。
大勢の人に囲まれて、私は厳格そうな男から罪状や死刑執行の命令を聞かされた。
そして、男が私に問い掛けてきた。
「最後に言い残したいことはあるか?」
私はその言葉を聞いて、長らく閉じていた口をようやく開いた。
「...私は普通の暮らしを望んでいました。平凡な暮らしを愛しておりました。 それを奪った者に残したい言葉があります。そして、その者と同様に、私の言葉に一切聞く耳を持たなかった人達、私のことをよく知らずに散々な言葉を吐いた人達、今から私を殺す人達、それを見る人達にも、残しておきたい言葉があります...」
そう言って、私はゆっくりと部屋の中にいる人間全員を鋭い視線で睨みつけた。
「...お前達...全員の顔覚えたからな...。たとえ私が死のうとも...お前達を絶対に許さない...。どこにいようがお前達を見つけて、必ず同じ目に遭わせてやる...。地獄の底からお前達に復讐してやる...」
私の言葉にその場にいた全員が恐怖で思わず顔を歪めた。
そして、この悪魔を早く殺せとでも言わんばかりに、直ぐに処刑台に立たされた。
私は死ぬその寸前まで、恨みを胸に抱き続けた。
...必ず...絶対に...奴らを殺してやる...。
私と同じ...いや...私が受けた何十倍もの苦痛を奴らに味あわせてやる...。
許さない...許さない...あいつだけは許さない...。
あいつだけは絶対にこの手で殺す...!!
目隠しをされて真っ暗な視界の中、私は一人の青年の姿をその脳裏に焼きつけた。
サラサラとした少し長い黒髪に、整った顔立ちとどこか艶やかな雰囲気をまとう、切れ長の目をした青年の姿を...。
たった一つのボタンで私の人生は幕を引く。
足元の四角い踏み板が開き、首に掛けられたロープが自重によって、私の首を容赦なく締め上げた。
...ガタンッ...!
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真っ暗な穴の中を落ちる感覚がした。
どこまでも黒く暗く底のない深い穴。
目を閉じているのか開いているのか、どちらが上でどちらが下なのか、落ちているのか浮いているのかさえも、よく分からなくなってきたその時、真っ暗な中に段々と色が現れた。
それは真っ赤な色をした空だった。
ハッとして私が起き上がると、そこは赤い空をした森のような場所で、木々の腐った跡がある大きな円の真ん中に、私の身体は置かれていた。
「...」
何をしていたのかよく覚えていない。
自分が誰なのかすらも分からない。
私にはただ一つだけのものを除いて、何も残ってはいなかった。
しばらく黙ったまま座っていると、ふと背後から数人の笑い声が聞こえてきた。
その声は段々とこちらに近づいてきて、木々の間からゆっくりと姿を現した。
それは世にも恐ろしい化け物の形をした何かで、その姿にふさわしい不気味な声で、聞き慣れない言語を話し出した。
「お!ここにもいたぜ?」
「はははっ!今日は大量だな!」
「おい、さっさと殺るぞ」
聞き慣れないはずの言語は何故かスルスルと頭の中で理解できて、私は直ぐに彼らが自分に害をなす存在だということが分かった。
「こいつが自分の存在を理解する前に殺っちまおう」
「そうだな、面倒事は御免だ」
「おいおい!つまんねぇ奴らだな!?悪魔に成り立てのほとんど人間と変わらねぇ奴を殺しても何にも面白くないねぇじゃないか!」
「うるせぇ!お前は引っ込んでろ!」
化け物の中には私より遥かに大きな身体をした者や、全身に赤黒い液体を被った者などもいて、歪な怪物たちは牙や爪を剥き出しにして、私の元へと近づいてくる。
ニヤニヤと薄気味悪い笑顔を浮かべるそれらを見て、私の中にたった一つだけ残ったものが暴れ出す。
...何もかも分からないことだらけだ...が、この湧き上がるものの正体だけは分かる...強く...激しい...“怒り”だ。
「...っ...ぅ...うぅ...」
苦しそうな呻き声を上げながら、私の身体は段々と目の前の怪物達と同じように歪に姿を変えて、禍々しく恐ろしい鬼のような化け物の形となった。
そして、襲いかかる怪物達を一瞬にして叩き潰してしまった。
...憎い...憎い...憎い...憎い...!!
一体何が...?...あのニヤケ面が...!
どうして...?...“あいつ”と同じだから...!!
“あいつ”って...?...殺す殺す殺す殺す殺す!!!
湧き上がる怒りは治まることを知らず、私はその感情に任せて森一帯を荒らし回った。
木々を薙ぎ倒し、岩を砕き、地を裂き、森にいた他の怪物までも殺した。
そうして何日も暴れ続けた。
初めは抱くことができた疑問も、今では考えることすらできずにいる。
私を見て数人の怪物達がこう言った。
『鬼が出た』と。
どこかで聞いたことがあるような気がしたが、やはり思い出せない。
しかし、私はその言葉を聞いて思った。
私を“鬼”と呼ぶのなら、望み通りの姿となってやろう...と。




