10話
逮捕されて数週間が経った。
夏の暑さは消えかかり、長かったはずの夏休みはあっという間に過ぎて、私は殺人容疑の被疑者から被告人へと変わった。
そして、弁護士や検察官、裁判での話を聞いて、ようやく事件の概要を理解し始めた。
事件が起きたのは夏休み直前の日のお昼過ぎ頃、大通りから弟と一緒に歩いて帰ってきた堂角 柊は、家の前で弟と別れて、神代さん宅へと訪問。
キッチンにあった包丁で一家を殺害し、幼なじみである神代 小路の死体を犯した。
その後、自宅へと戻り神代家の包丁で両親を殺害。
帰宅した弟も殺そうとしたが、駆け付けた近隣住民によって取り押さえられた...大体こんな感じであった。
しかし、私には不可解な点がいくつかあった。
それは向かいの家の防犯カメラに写った私の姿。
大通りから弟と一緒に帰ったとされているが、私は全く身に覚えがない。
あの日は細道にあるベンチで寝過ごして、夕方頃に一人で裏口から帰ったはずだ。
それなのに、防犯カメラにはハッキリと私の姿が写っている。
...あれは一体、誰なんだ?
状況を理解できぬまま私は裁判に出た。
そこでは身に覚えのない様々な証拠が突き出された。
防犯カメラの映像、近隣住民の目撃情報、そして、当事者からの証言。
殺された神代一家の幼い妹、彼女は背中を刺され瀕死の状態であったが、運ばれた病院でなんとか一命を取り留めたようで、回復して証言台へと立ったのだ。
家族を殺されてさぞ悲しいであろう、訳も分からずに不安でいっぱいであろう、そんな彼女が何故、裁判に向かったのかというと、事件を目撃した重要参考人として証言をするためだった。
裁判所で彼女の姿を見た時、私は絶望の中に一筋の光を見たような嬉しさと安堵に包まれた。
しかし、そんな私の気持ちとは反対に彼女は私のことを恐怖と軽蔑の眼差しで見つめた。
以前のような笑顔を浮かべることも、嬉しそうにこちらに手を振ることもなく、ただ指を差して彼女はこう言った。
『あの人が家族を殺した。死んだお姉ちゃんを虐めていた』
その言葉に私は再び絶望の底へと落とされた。
そんな私に追い打ちをかけるかのように世間の声は冷たく私に刃を向けた。
『あの顔はいつか人を殺すと思っていた』
『親を殺すなんて血も涙もない』
『慈悲も容赦もない外道の行いだ』
本来ならば私を擁護すべき存在である弁護士までもが私のことを見放していた。
『証拠が確定した、有罪は免れない。あまりに犯行が非道過ぎる。情状酌量も望み薄だと思ってくれ』
困惑した状況の中、確かだったのは、私の味方は誰一人としていないということだけだった。
そして、何度目かの裁判に最重要参考人として呼ばれたのは、私が一番話をしたかった弟のカイであった。
彼は下を向いて部屋へと入ってくると、泣き腫らした目と悲しげな表情で証言台に立った。
彼は検察官に質問されると、事件のことをゆっくりと話し出した。
「あの日は学校から兄さんと一緒に帰って、僕は向かいの川崎さんの家でテレビを一緒に見る約束をしていたので、兄と別れました。えっと、川崎さんの家は格闘技の大ファンで、僕も好きだったから一緒に見ようと...あぁ、すみません、話が逸れました。それで、しばらく一緒にテレビを見て、夕方になったので一度家に戻ろうと思って...帰ったら...その...叔父さんと叔母さんが...」
話をしていたカイだったが、段々と声が震えてきて、遂に堪えきれず、顔を隠して口を閉ざしてしまった。
まるで子犬が鼻を鳴らすかのように悲しみに打ちひしがれるカイ。
そんな彼を見て誰もが同情の念を抱いた。
検察官のおじさんはカイの背中に手を当て、慰めるように数度優しく叩くと、裁判官に向かって訴えかけた。
「これはあまりに残酷な犯行です。いくら未成年とは言え、彼は高校卒業を控えている。罪を裁かれるべき年齢であり、物事の善悪は遠の昔に理解しているはずだ。よって、この事件については...」
長々と話す男の話に私は初めから聞く耳などなく、顔を隠してうつむく弟を必死に見つめていた。
カイ...あの時、部屋にいたのは...いや、もうそんなことはどうでもいい。
両親を失って悲しいのは私だけじゃないんだ。
ましてや、彼は実の兄に殺されかけた。
こんなことになって一番辛いのはカイだ。
...でも...カイ...どうしてあなたは...私があの日、あなたと一緒には帰っていないと...私は無実だと証言してくれないのですか...?
そんなことを考えながら彼を見つめていると、彼は隠していた顔を少しだけこちらに見せた。
それは恐らく彼がわざと見せた表情なのだろう。
彼はこちらに視線を向けて、少しだけ手で隠した口元をニッコリと綻ばせた。
悪戯な青年が見せるあどけない笑顔は、きっとこんな状況でなければ、可愛らしく見えたのだろう。
しかし、私はその笑顔を見て、とある確信を抱き、再び我を忘れるほどの怒りに打ち震えていた。
...あの顔...あの時見たのは幻覚などではなかった。
彼が...あいつが...小路を...両親を殺したんだ...。
あいつが...!...私を陥れたんだ...!!
気づけば私は裁判中だということも忘れてしまい、カイに向かって怒鳴り叫んでいた。
「このっ!腐れ外道の悪魔が!!お前だけは絶対に許さない!!」
私はそう言って、彼に近づこうとしたが、近くにいた警察官に取り押さえられた。
しかし、私はそれらを振り払う勢いで更に大きな声で叫び続けた。
「お前のそのニヤケ面を今すぐ引き裂いてやる!!」
「被告人、静粛に!」
「おいこっちを見ろ!お前に言ってるんだよ!!」
「静粛に!」
裁判官は何度も私に忠告するが、勿論そんな声など聞こえているわけもなく、気づくと私は決して口走ってはいけない言葉を彼に投げつけていた。
「殺してやる...お前も両親と同じように...何度も刺して刺して刺して!殺してやる!!」
裁判所に響き渡ったその怒声は、裁判官や弁護士、検察官や傍聴人、その場にいた全員を恐怖に震えさせた。
家族を失った幼気な青年を睨みつけ、雷が轟くような低く恐ろしい声で怒鳴り、顔を怒りと憎しみで歪めた私のその姿は、いつか友人が悪ふざけで名付けた通り、正しく“鬼”のような姿だったであろう。
暴れ叫んだ私は、勿論直ぐに警察官によって取り押さえられて、強制退廷となった。
その様子をかつて兄と慕った青年は、わざとらしく驚いた表情で見つめていた。
そして、そのあまりの残虐かつ非道な犯行と裁判所での発言によって、私は有罪判決を受けた。
弁護士の努力も虚しく裁判官が言い渡したのは、私の予想を遥かに超えた重い判決だった。
「被告人に死刑を宣告する」




