9話
高校最後の夏休み。
その初めに起こった出来事は、花火大会でも夏祭りでもなく、殺人容疑の逮捕であった。
警察官に連行されて留置所に入れられた私は、何が起きたか理解できずにただ呆然としていた。
いや、厳密に言えば、何が起きて自分がどういう状況なのかというのは理解していた。
しかし、私は両親がもう生きてはいないということを、どうしても受け入れたくなかった。
そして、何よりも、あの時見た光景が未だ信じられなかった。
...カイ...どうして...。
ほとんど眠ることのできない夜を過ごし、早朝、私は再び警察官らに取り囲まれ、取調室へと誘導されて行った。
開かれた扉の先には無機質な部屋が広がっていた。
事務的な机と向かいあわせの二組の椅子、机の上に置かれた昔ながらのデスクライトに、存在感の強い大きな鏡。
ドラマでしか見たことがなかった光景が目の前にあったが、当然ながら気分は上がらない。
初めに私は一緒に来た警察官から取り調べを受けた。
端的な質問に答えるだけという、いかにも取り調べらしい取り調べ。
彼は私の言葉を否定することは決してしなかったが、掘り下げることも耳を傾けることも特になく、手短に記録するという感じだった。
この時は冷たい対応だと不満を抱いたが、今思えば、まだマシな方だったのかもしれない。
翌日、休む間もなく取り調べを受ける。
今度は警察官に代わって検察官が私の取り調べを行うようで、いかにも熟練そうなおじさんが部屋に入ってきた。
初めて会ったというのに、私はそのおじさんのことがどうも苦手だった。
まるで犯罪者でも見るかのような彼の視線に不快感しか覚えなかったからだ。
「で?どうして殺したんだ?」
椅子に座って早々、男は私にそう問い掛けてきた。
私はその質問にため息混じりに答えた。
「...昨日の取り調べでも言いましたが、私は誰も殺してなんていません」
「何だその話し方?まるで女の子みてぇじゃないか」
そう言って男は小馬鹿にするように笑った。
しかし、私が顔色一つ変えることなく、冷徹な眼差しで見つめていると、彼は咳払いをして再び話し出す。
「誰も殺してない...じゃあ、誰が殺したってんだ?」
「...それも昨日言いました...あの時、リビングで弟の姿を見たんです。血塗れで片手に包丁を持った弟の姿を」
「ほぉ...?」
「...その後、一瞬目を離したら彼は消えていて、玄関から白い制服を着た彼が現れたんです」
「お前の弟は二人いたってことか?ははっ!そりゃおかしな話だな!」
「...私も訳が分かりません」
私がそう言うと、男はやれやれと仕方なさそうに頭を搔いた。
「どうして訳が分からないか教えてやるよ。お前の話が全部デタラメだからだ」
「...は?」
「そもそも、自分の親が死んだってのに、どうしてそんなに冷静でいられる?誰も殺してないって言うのなら、取り調べを受けているこの状況にどうして狼狽えずにいられる?」
男は責め立てるかのようにそう言った。
その目はこちらを犯罪者と断定する目で、初めに抱いた嫌悪感はどうやら間違っていなかったようだった。
話をまるで聞いてくれない男に少しイラついてきた私は、ため息混じりに鋭い視線を彼に向けた。
「...両親が亡くなったことは勿論悲しいですよ。こんな状況でなければ、ゆっくり落ち込むこともできるですけどね?」
「あ?」
「...狼狽えなんかしませんよ。私は何もしていないですし、有能な検察官さんが直ぐに事件を解決してくれると信じてますから」
「はっ!随分言ってくれるな?」
「...言いますよ。まさかそこまで無能なんですか?」
その言葉に男の背後に居た警察官が一瞬、何か物申そうとしたようだったが、私の目付きの鋭さに思わずたじろいだ。
私は目付きが悪い。
普通に見ているだけで、睨んでいるかのように思われてしまう。
そんな私が他人を睨むとどうなるのか、きっと大抵の人間があの警察官のような反応になるのだろう。
しかし、目の前に座る男は顔色一つ変えることなく、反対に私を睨み返すかのように鋭い視線を送った。
流石は熟練の検察官と言ったところか、どうやら見掛け倒しではないようだ。
彼は再び仕方なさそうに頭を掻いて、手元にある資料から数枚の写真を取り出した。
そして、それを私の前に差し出しながら口を開いた。
「それじゃ、有能な俺達はこの決定的な証拠で、お前が犯人だと法廷で話せばいいってわけだな」
「...何を言って...」
再び反抗しようとした私だったが、その写真を見て言葉を失った。
そこには防犯カメラ映像の一部だと思われる写真があり、私が一人で正面の玄関から家に帰る姿が写っていて、その日付は両親が死んだ日と同じであった。
...おかしい...私はこの日、玄関からは帰っていない...。
...裏口から家に帰ったはず...時間も...もっと遅く....。
混乱して理解ができない私を置きざりに、男は続けて写真を見せながら話し出した。
「他にもあるぞ、お前が隣の家に入っていく様子だ」
「...え...?」
「お前が自宅に帰る前に神代家に押し入って、一家を殺人した証拠もあるってことだよ」
...は...?
「...ちょ、ちょっと待ってください!」
「お、やっと自分の状況が分かったか」
「...一家って神代さんも...小路も殺されたんですか...?」
「そうだ、彼女には死姦された形跡もあった。親父さんもお袋さんも幼い弟も...全員死んだ。お前が殺したんだよ」
私は誰も殺してない!
その言葉を私は言うことができなかった。
ただ、呆然と机の上の写真を眺めることしかできずにいた。
両親だけでなく、隣に住む幼なじみとその家族まで亡くなったという事実をこの時初めて知ったからだ。
神代さんは私の幼なじみで、私と正反対に活発で明るい女性だった。
彼女の家族も彼女と同様に元気な人達で、隣に住んでいるというだけなのに、随分優しくしてもらった。
人相が悪く他人からよく怖がられる私だったが、彼女と彼女の幼い弟と妹だけはいつも私に笑顔で手を振ってくれていた。
私はそんな彼女達を見て兄弟に憧れていたのだ。
いつも仲睦まじくて、時にする喧嘩だって互いを思いやって起きてしまったことで、見ているだけでも幸せな気持ちになった。
まるで絵に書いたような、暖かくて優しい家族だった。
それなのに...。
言葉を失った私を見て、ようやく見たいものが見れたのか、男は満足気な表情を浮かべた。
「さて、これからが楽しみだな?お前を絶対に有罪にしてやるから覚悟しとけよ」
そう言って、男は扉の奥へと消えていった。




