表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Gehenna-ゲヘナ-  作者: Filmrêve(フィルムレーヴ)
最後のディナーは舞台のあとで
6/104

6話

午前6時の薄暗い部屋の中。

明かりといえば小さな電球ぐらいで、窓一つもないこの部屋では外の光も感じない。

しかし、その小さな電球も突如として消え、部屋にスンと電気が途絶える音がした。


少し暗さの増した部屋で、明かりは扉の隙間から零れる小さな光だけとなった。

そして、その扉の奥から重い靴を履いた、鈍い足音が段々と近づいて来る。

足音は丁度扉の前で止まると、何やら鎖のような音を騒がしく鳴らしている。


...ガチャ。


初めて聞く、開かずの扉の開く音。

長らく閉じていたせいか錆びついていて、耳障りな音を鳴らしながらゆっくりと開いていく。


開いた扉の先の景色、そこには男が一人立っていた。

細く繊細な線でありながらしっかりとした体付き、目を凝らすと薄く赤染みの着いたよれた白い服、病気のようにやつれた顔に伸びっぱなしで酷く毛色の悪い、白髪頭の男が。


男は手に大きな包丁のようなものと鎖を持っていて、薄暗い部屋の中を虚ろ眼で睨みつけていた。

そんな彼の視線の先には、女のような格好をした一人の少年が立っていた。

その少年は怖がる様子も抗う様子もなく、ただ静かに無表情で男を見ている。


「...レイ」


パパ...いや、男は確かめるように私の名前を呼ぶ。

私はその声を聞いて心の中で深呼吸をすると、ニッコリと笑って返事をした。


「なぁに?パパ」

「...どうして笑っているんだ」

「嬉しいからよ、パパにやっと会えて」


男は少し不思議そうに首を傾げてこちらを見ていた。

私はそんな男に向かってすかさず話を続ける。


「パパって想像通りね、優しそうで男らしいわ」

「...男らしい?」

「私ね、ずっとパパのこと考えてたの。さっきは混乱してたけど、パパは愛していたのよねママのこと」

「...っ...!」

「酷いこと言ってごめんなさい。パパは愛する人を失って深く傷ついたはずなのに、私を育ててくれた...愛してくれた...なのに...」


そう言って私は男を見つめながら静かに涙をこぼした。

その涙からは哀れみ、慈しみ、申し訳なさや感謝などが感じられたことであろう。

男は鋭かった視線を和らげ、いつも通りの優しく落ち着いた口調で話し始めた。


「...あぁ...レイ...分かってくれるんだね」

「えぇ、もちろんよ。パパ」

「...僕のことを愛している?」

「世界中の誰よりも愛してるわ」


私の言葉に男は静かに涙を流した。

そして、ニッコリと笑いながら私の方を愛おしげに見つめた。


「...僕がお前を食べると言っても?」


その言葉に私は一瞬、呼吸が乱れてしまいそうになった。

しかし、彼がそれを確かめていることに気がついて、何とか平然を保った。


「大好きなパパに食べられるのなら、私幸せよ」

「....レイ」


男は私の名前を嬉しそうに呼び、部屋の中に入って来た。

そして、持っていた鎖を床に落とし、こちらに手を伸ばしてくる男。

それと同じように私も男に向かって片手を伸ばす。

彼は私の手を取ると、自分の胸に抱き寄せてギュッと優しく抱き締めた。

そして、持っていた包丁を片手で大きく振りかざすと、それを私に向けて振り下ろそうとした...その時だった。


「...っぐ...!」


突然、男の苦しむ声が部屋に響く。

彼は包丁を振りかぶったまま、ゆっくりと私から離れるように後退りをした。

すると、その胸には真っ赤な刺傷ができており、白い服が段々と血で赤く染め上げられていった。


男は勢いよくこちらを見ると、私の手を見て酷く驚いていた。

そこにはガラス片のような鋭い刃物が握られており、持ち手もなく剥き出しになった刃は私の手も深く切りつけていた。


しかし、私はそんな痛みなど感じている余裕もなく、すかさず男に向かって再び刃物を突き付けた。


「っぐあ!!」


男はあまりの激痛に持っていた包丁を落とす。

私はチャンスだと言わんばかりにそれを蹴り飛ばして、部屋の奥に転がした。

そして、再び男の腹を刃物で刺す。


「っあ゛あ゛!!」


男が悲痛な叫び声を上げる。

しかし、そんな苦しむ声など気にも留めず、私は何度も....何度も何度も何度も何度も何度も男の腹を刺し続けた。


「...レ...ィ....」


男の声が段々と薄れていく。

それでも私は続けて何度も刺した。


「....」


気づけば男は虫の息となっていたが、私はそれすらも恐ろしくてたまらなかった。

ハッと何かに気がついて、私は男の元を離れ、部屋の奥へと駆け出す。


そして、先程蹴飛ばして部屋に転がった大きな包丁を手に取ると、男の首に向かって思い切り振り降ろした。


ーーゴチャッ!


鈍い音と共に液体が飛び出るような音がして、男の小さな呼吸音が聞こえなくなった。


「...はぁ...はぁ...はぁ...はぁ...!」


荒い呼吸を整える間もなく、私は大急ぎで部屋から駆け出した。


部屋の外にはまだ沢山の部屋があったが、そんなものには目もくれず、私は玄関らしき扉を見つけると、勢いよく飛び出した。


「...え....?」


家から出て見えたのは、白だった。

一面の雪景色。

恐らく初めて見るであろう本物の空も灰色の雲で覆われ、さらに雪を降り積もらせていた。


周りには家など一軒も立っておらず、遠くに目を凝らしても何も無い。

あるのは白、白、白、白、あの男と同じ白...。


私はその場で崩れ落ちた。


いや、落ち着いて、まだ大丈夫よ。

ここがどこだか知らないけど、電話や車があるはず。

気は進まないけど...家の中を探してみましょう。


そう決心して立ち上がると、私は再び家の中へと戻った。


リビング、寝室、シャワールーム、書斎に、私の部屋...。


まずは一通り見て回ってみようと思ったが、先に自分の部屋だけは扉を閉めておいた。

少しだけ悩んだ末にある一つの部屋が頭の中に浮かんだ。

それは男がいつも去っていった右の通路にある部屋。

キッチンだ。


中に入ると、そこは薄暗くてとても静かだった。

どの部屋も電気はついていなくて、カーテンも全て閉まっていたものだから、薄暗くてなんだかとても不気味だった。


キッチンに入ると直ぐに冷蔵庫が目に入った。

昨日の夜から何も食べていなくて、冷静になると少しお腹が空いてきた。

しかし、冷蔵庫を開けると中に食べ物など一つもなく、代わりに人の頭が丸々凍って入っていた。


「っひ!!」


私は直ぐに冷蔵庫を閉めて離れた。

そして、少し離れた先にあった机にぶつかり、何かが音を立てて落ちた。

それは男の日記のようなものだった。

私はそれを拾い上げて中身を見た。


中の内容はおぞましいもので、思わず見ることをやめてしまいそうになるものばかりであった。

人の調理の仕方や食レポのようなもの。

そこに書かれた全てにあの男の狂気が滲み出てていた。

気分が悪くなって閉じようと思ったその時、ある日の内容に手が止まる。


『アルバが死んだ。部屋の窓ガラスを割って首を切っていた。何故だ?どうしてだ?君は絶対に自殺だけはしないと思っていたのに。ソフィアを食べたことを後悔したのか?どうしてそんなことで死んでしまうんだ』


私はどんどんページをめくる。


『レイは私のことを愛してくれる。食べるのはやめて育ててみようか、私と同じように』

『レイが美味しそうでたまらない。このままでは食べてしまいそうだったから、部屋に閉じ込めた。これで安心』


気味の悪い料理ノートがどんどん、私との日々で埋まっていく。

何故だか読む手が止まらなくなってしまい、どんどん読み進めていくと、最近のページまでたどり着いた。


『レイにアルバのことがバレた。きっと好奇心旺盛な彼は直ぐに真実に辿り着く。何と言ったらいいのだろう』

『レイに私の好きな肉を食べさせてみた。ダメだった。彼もやはり私と同じにはなれない。私は誰とも分かり合えないんだ。私はこのまま一生孤独なのだ。やはり彼も食べよう。そして私も死のう。ブレーカーも電話も壊して、車も捨ててこよう。そうすれば後戻りもできない。決心がつく。さぁ、彼をどう調理しようか』


私はそれを読み終えると再び走り出した。

そして、壊れたブレーカーとゴミ箱に入った携帯電話の残骸を見つけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ