6話
あれから数日、私は彼を目で追うことが多くなった。
食事のときや、テレビを見ているとき、登校するときや、家族団らんのとき。
聞きたい言葉が喉に詰まり、視線だけが熱く彼へと向けられる。
カイは隠しごとをしている。
家族の誰にも言えない隠しごとを。
そして、私はその隠しごとの正体を、恐らく知ってしまったのだ。
あの時、暗くてあまりよく見えなかったが、確かにダンボールの間から黒い影が動いた。
それの何が問題かと言うと、うちの母が動物アレルギーを持っていて、生き物全般が苦手なのだ。
そのため、我が家ではペットが飼えない。
勿論、カイもそのことは知っているはずだった。
どこかで拾ってきてしまったのか、怪我でもしていて保護しているのか、理由は何であれ親に隠して飼い続けることはできない。
言いづらいことではあるだろうが、問題が起きる前に話してくれることを願っている。
そんなことを考えながら時間ばかりが過ぎ、私の不審な視線にカイも違和感を抱き始めたようで、何だかぎこちない空気に苛まれることが多くなった。
その由々しき事態に、学校で私は再び頭を抱えた。
「お前さ、疲れないの?」
しかめっ面の私に友人の一人が声を掛けてきた。
私はそれに首を傾げた。
「...それってどういう意味ですか?」
「悩み過ぎだって言ってんだよ!どうせまた弟くんのことだろ?」
「...どうせって...私は真剣に考えているのに、そんな言い方ないじゃないですか」
「お前の最近の悩みってそれくらいじゃん。今度は何だよ?」
「...弟が隠しごとをしているみたいで...」
「隠しごと?そんなもん誰だってするだろ」
「...あまり良くない隠しごとなんですよ。今は何も問題がなくても、そういうことはいつか必ずバレるものです」
「そうなの?」
とぼけた顔で聞き返す友人に、私はため息をこぼす余裕もなく、溜め込んできた悩みを吐き出した。
「...私が兄として叱るべきなのでしょうか...」
「いや、それは違うだろ」
「...え?」
「悪いことして叱るとかは親の仕事だろ?兄貴は耳を傾けて、認めてやる。そんで一緒に叱られるのが仕事なんだよ」
私は友人の言葉に不本意ながら感心させられ、得意気に胸を張る友人に小さく拍手した。
「...本当に素晴らしいこと仰いますね」
「おう!全部好きな漫画の受け売りだけどな!」
「...その一言が残念です」
「何でだよ!」
背中を押された私は学校終わりのチャイムに促され、急ぎ足て学校の門へと向かった。
良いアドバイスをもらえた。
...とはいえ、やはり悩みは拭いきれない。
私が耳を傾けたところで、彼は本当に話をしてくれるだろうか?
部屋を覗いたことを怒ってしまうのではないだろうか?
考える度に私の顔は段々と曇っていき、再びしかめっ面へと戻ってしまった。
正しく“鬼”のような表情の私を誰もが避けて通る中、一人の少年が恐れ知らずに声を掛けてきた。
「兄さん」
私が顔を上げると、そこには勿論、唯一私のことを兄と呼ぶ弟の姿があった。
「...カイ」
「一緒に帰ろう?」
「...え、あ、はい」
そう言われて私は戸惑いながらも返事をした。
カイはいつも通りを装っていたようだったが、そんな彼の努力も虚しく、私達の帰路には気まずい沈黙ばかりが続いた。
私は前方にいるカイの後に続いて、下を向いて歩くことしかできなかった。
すると、彼は大通りへの道から外れ、家の方角から離れていった。
不審に思いながら大人しくついて行くと、辿り着いたのはあのベンチがある山の細道だった。
首を傾げていると、カイが一人分の間を開けてベンチに座ったので、私はそこを埋めるように隣に座った。
「ここ意外と涼しいね」
「...そうですね、一応山の中ですから」
「そっか、それなら夏でも心地いいね」
ぎこちない会話はやはり長くは続かず、二人の間に再び沈黙ばかりがはびこる。
私はそれを打ち破るかのようににカイに向かって問い掛けた。
「...あの、どうしてここに?」
「兄さんが以前、ここに連れて来てくれた時、一緒に沢山話をした時、とても楽しかったんだ」
「...え?」
「とても、とても楽しかった。本当は不安なこともいっぱいあったけど、きっと大丈夫だと思うことができたんだ」
「...カイ」
「あの時みたいに、また仲良く話がしたい。兄さんとこんな気まずい関係のままなんて嫌だよ」
彼はそう言って子犬のように気落ちた。
いつも大人びていて忘れそうになるが、彼はまだ私よりも歳が下の青年だ。
訳も分からず兄との関係が悪くなるなんてことは不安でたまらなかっただろう。
あぁ、私もまだ兄に成りきれていないな。
「...すみません、私のせいで不安にさせてしまったようですね」
「いや、兄さんが悪いなんて思ってないよ。ただ...何かあるなら話してほしい」
カイの真っ直ぐとした瞳に私は遂に決心した。
ゴクリと唾を飲み込んで、ゆっくりと話し出す。
「...分かりました。では、一つ聞いてもいいですか?」
「うん」
「...カイ、あなた何か生き物を飼っていませんか?」
「え?」
私の言葉にカイは一瞬、驚いた顔を浮かべると、考えるような素振りで口元を隠しながら、焦ったかのような、困ったような表情となった。
そんな表情を見て私は確信した。
そして、友人のアドバイスを思い出し、咄嗟に彼に言葉を掛けた。
「...私はあなたを叱りつけるつもりはありません。今すぐ捨ててこいとかそんなことも言いません。でも、あなたも家の事情は分かっているはずです。隠し通さずにキチンと話をしましょう。私も一緒に母を説得してみますから...」
「あぁ、いや、ちょっと待って、違うんだ」
必死に話す私の言葉をカイが遮る。
その様子からは本当に困っているというのが見て分かった。
「...え?」
「うーん、何と言ったらいいんだろう?まず第一に生き物は飼っていない」
「...いや、私は確かに見たんですよ。あなたの部屋に猫のしっぽみたいな黒い影が...」
その言葉にカイは再び驚きの表情となる。
そして、顔を隠しながらため息をこぼした。
「はぁ...部屋の中を覗いたんだね?」
「...いえ、覗いたのではなくて扉の隙間から見えたんですよ。とはいえ、見たのには変わりありませんね…すみませんでした」
「いや、僕も頑なに拒み過ぎてしまった。気になりもするよね」
「...あの、違うとはどういう意味ですか?」
「...こ...」
「...え?」
小さく呟くカイの言葉を聞き取れなかった私は耳を傾けて聞き返す。
すると、彼は少し赤らむ顔を上げて、先程よりも大きな声で言い放った。
「猫だよ、猫のぬいぐるみ!」
「...ぬいぐるみ?」
「そう、しっぽが動く仕様になってる、子供用のおもちゃだよ」
「...何故そんなものを?」
「母の形見と言えばいいのかな?亡くなった母が唯一僕に買ってくれたものなんだ」
「...あぁ、なるほど」
「中学生にもなってぬいぐるみを持っているなんて... 兄さんにだけは知られたくなかったな」
そう言って恥ずかしがるカイの様子に私は何だか安心して、彼の背に手を当てた。
「...何も恥じることなんてないですよ、大切なお母様からの贈り物なんですから」
「確かにそうだね、ありがとう」
「...帰ったら私にも見せてくださいよ」
「えぇ〜、それは流石に恥ずかしいかな」
いつの間にか私達の間には気まずさやぎこちなさはなくなっていて、以前のような笑顔が溢れていた。




