5話
授業を終えて考えごとをしながら校門へ向かうと、数人の女子生徒が集まっていた。
何やら黄色い声を上げる女性達。
気になってその先を見てみると、そこには本を片手に門の前に立つ、カイの姿があった。
彼は私の姿に気がつくと、無表情を一転してあどけない笑顔を浮かべた。
そして、本をカバンへとしまうと、私の元へと駆け寄ってきた。
「兄さん、一緒に帰ろう?」
「...はい」
大人びた青年がまるで子犬のような態度をしてきたので、私は少しだけ気分をよくして並んで歩いた。
すると、先程の女性達のヒソヒソとした声が聞こえ始めた。
「え、マジ?あんなカッコイイ弟いたの?」
「何あのギャップ、めっちゃ可愛い〜!」
「“鬼”堂角もあんな顔するんだ」
その会話はどうやらカイの耳にも届いていたようで、帰り道に彼は私に向かって問い掛けてきた。
「兄さんは“鬼”って呼ばれているの?」
「...やはり聞こえていたんですね。ただの友人の悪ふざけですよ」
「へぇ、ふふっ」
「...笑わないでください、私だって好きで呼ばれてるわけじゃないんですよ」
「あぁ、ごめんなさい。馬鹿にしてるわけじゃないんだ。兄さんのことをまた一つ知ることができて嬉しくなってしまって」
その言葉に私は思わず歩みを止めた。
それはある事実に気がついて驚いたからだった。
あぁ、彼も私と同じなんだ。
出会って数週間、いまだに家族になろうと模索して、相手を知ろうと...知りたいと思っているんだ。
少し歩いて、立ち止まった私に気がつき同じように歩みを止め、首を傾げるカイ。
私はそんな彼にある提案をした。
「...今日は寄り道をして帰りましょう」
そう言って私は彼を引き連れて、いつもの帰り道ではない、遠回りの山へと続く道に向かった。
山の細道を突き進む私を見て、少しばかり不安げというか、警戒するような表情を浮かべていたカイであったが、途中に佇む木製ベンチの姿を確認すると、緊張の糸が解けるように微笑んだ。
「素敵な場所だね」
「...はい、私のお気に入りの場所です」
私はベンチに近づいて座ると、その隣を手で叩き、彼にも同じように座るようにと勧めた。
彼はクスリと笑ってから隣に座った。
「これは捨てられたベンチかな?」
「...あぁ、そうかもしれませんね。思いつきもしませんでした」
「それで...どうしてここに連れてきたの?」
「...私のお気に入りの場所なんです。あなたにも教えてあげたくて連れてきました」
「なるほど」
「...それと、話がしたくて」
「話というと?」
「...たわいもない話です。兄弟同士でしか話せないことだってあるでしょう?」
私の言葉にカイは目を見開いて驚き、直ぐに嬉しそうな表情を浮かべた。
「兄さんも同じ考えだったなんて驚いたよ」
「...そうだったんですか?」
「普段の様子や家族団らんの時に分かることもあるけど..僕も憧れてたんだ」
「...憧れ?」
「兄と男の話をすることに」
彼はそう言って口元を綻ばせた。
その表情はどこか艶やかな雰囲気をまとっていて、男の私でもゴクリと唾を飲むほどだった。
「...では...好きな女性とかいますか?」
「ふふっ、一番初めに聞くことがそれ?」
「...先程女性達が騒いでいたくらいですし、モテるんじゃないかなと気になりまして」
「う〜ん、どうだろう...。モテるとかモテないとかあまり分からないけど、恋い慕う女性は今のところいないかな」
「...おや、そうなんですか」
「兄さんは好きな女性とかいるの?」
「...いえ、特には」
「へ〜!意外だな」
「...そうですか?」
「うん、今朝会った神代さんとか好きなのかなって」
カイのその言葉に私は驚きの表情を浮かべて、首が取れる勢いで横に振って否定した。
「...絶対に有り得ません!」
「ふはっ!そんなに否定する?」
「...しますよ、彼女だけは論外です」
「どうしてさ?胸も大きくてスタイルいいじゃないか」
「...見た目だけじゃ補い切れないんですよ、あの大雑把で騒がしい性格は」
「そっか、僕は全然ありだけどな」
「...やめときなさい、本当にうるさいですよ」
「ふふっ、元気な女性って素敵じゃない」
「...カイがモテる理由が今分かりました」
そんな調子で私達は長い時間語り合った。
年頃の男子が話すようなことや、共通の趣味である本についてなど他人からすれば些細な話題であったが、それはとても“兄弟”らしくて楽しかった。
途中、私は彼に事故のこと...亡くなった前の家族ことについて尋ねようかとも考えたが、嬉しそうに笑う彼の様子を見てやめてしまった。
わざわざ思い出させるようなことでもない、これから余るほど時間もある。
ゆっくり自分たちのペースで歩み寄ろう。
気がつけば時刻は夕暮れとなっていて、母が心配するだろうと思って、私達は少し足早に家へと向かった。
裏口から帰ると少し息の上がった私達を見て、母は微笑ましそうな表情を浮かべた。
「もうすぐご飯だから服着替えといで」
「「はーい」」
そう言って私達は2階にある、それぞれの部屋へと向かった。
そして、部屋に入る前に私は、同じように部屋に入るカイの背中を見つめた。
彼はそんな私の視線に気づくことなく、薄暗い部屋の奥へと入っていった。
カイの部屋は元々、物置き部屋だった。
ダンボールや使っていない用具などが詰め込まれていた部屋であったが、彼が住むこととなって母が片付けたそうだ。
私は今、中の様子がどうなっているのか知らない。
というのも彼が部屋に人を入れるのを極端に嫌がるからだった。
まぁ、年齢やプライバシーなどがあるだろうが、それにしても頑なに誰も入れようとはしない。
片付けたとは言っても、物を捨てられない母の性格なら、きっと部屋は手狭であろう。
そう思って片付けを手伝うと言ったことがあるのだが、
『元々ものはあまり持っていないから大丈夫』
そう言われて、断られてしまった。
しかし、そこまで断られると返って興味が湧いてくる。
部屋の中を見られたくない理由は何か、一体何があるのか...。
閉じていく扉の隙間からカイの部屋の中が少しだけ見えた。
思った通りダンボールなどがチラつく部屋に、私はやれやれとため息をこぼした。
そして、扉が閉じる寸前、物が散らばる薄暗い部屋の中を何かがうごめくのが見えた。




