4話
カイという青年と暮ら始めて数週間、私は彼についていくか知ることができた。
外で遊ぶよりも本を読むことが好きな物静かな子であること。
周りをよく見ていて気が利く子であること。
服の趣味が少々独特であること。
格闘技番組は必ず最後まで見ること。
海が好きなこと、暑がりなこと、カラスが苦手なこと、唇を触る癖があること、漬物が好きというシブい所があること。
一つ知る度に距離が縮まるようで、なんだか嬉しかった。
そして、何より嬉しかったのは、彼が私のことを“兄さん”と呼んでくれることだった。
最初は無理にそんな風に呼ばなくてもいいと言ったのだが、彼は頑なに私のことを“兄さん”と呼び続けた。
『兄ができることが夢だった。嫌でなければ“兄さん”と呼ばせて欲しい』
そう言われて、私は“兄さん”と呼ばれることとなったのだ。
嬉しいような、くすぐったいような...弟ができるというのはこういうものなのかと初めは少し戸惑ったが、今ではすっかり慣れたものだ。
「...行ってきます」
「あぁ、ちょっと待って」
そう言って少し慌ててカイが2階から降りてくる。
服装はきっちりしているが、髪の乱れた彼は急いで靴を履くと私の隣に並んだ。
「行ってらっしゃい、気をつけてね」
「「はーい」」
母に見送られて私達は家を出る。
二人でこうして毎朝一緒に登校することが私達の日課となった。
私の高校は彼の中学校と川一つ挟んだだけでとても近い。
そのため、帰りも時間が合えば一緒に帰ったりする。
「...髪乱れてますよ」
「ん?あぁ、ありがとう」
カイはそう言って手ぐしで髪を簡単に直した。
サラサラとした彼の髪はそれだけで直ぐに整い、毎度ながら驚かされる。
「...相変わらず便利な髪ですね」
「ふふっ、そうかも」
「...切らないんですか?」
「うーん、切るとお金がかかるから」
「...そんなこと気にしなくていいんですよ」
「倹約家なものでね、気にするさ」
「...まぁ、そういう理由なら...」
そんな他愛もない会話をしていると、後ろから少し懐かしい声が聞こえてきた。
「あれ?柊じゃん!」
振り返るとそこには一人の女性が立っていた。
短い髪に笑顔が良く似合う活発な印象の女性の神代さん、都会に住む大学生だ。
「...お久しぶりです、神代さん。帰っていらしたんですね」
「ちょっと早めの夏休み!羨ましいでしょ?」
「...いえ、私ももうすぐですから」
「あはは!変わらないなー!」
そう言って彼女は私の肩を強めに叩く。
そして、少し遅めに隣に並ぶカイの存在に気がついた。
「あれ、見ない顔だね?君は誰かな?」
「初めまして、カイと言います。堂角さんの家にお世話になることとなりました」
彼女の問い掛けに彼は丁寧に答える。
そして、何かを求めるかのようにこちらに視線を向けた。
私はそれに気がつくと、少し照れくさくなりながらも、胸を張って彼女に紹介をした。
「...私の弟です」
その言葉にカイは満足気に微笑んだ。
「ほぉ〜、何やら私がいない間に楽しそうなことになってるじゃないか!」
「...虐めないでくださいよ?」
「そうだな〜、こんな可愛い子は虐めたくなるな...って!私がいつ誰を虐めたって言うのさ!?」
「...朝から元気ですね」
私と彼女の会話にカイはクスクスと笑っていた。
「仲良いんだね」
「...そんなことありませんよ、大学生にもなって落ち着きがないというか」
「彼女は歳上?」
「...えぇ。でも、早生まれなので大して変わりません」
「どういう関係なの?」
「...お隣さんです。彼女が帰省すると少しうるさいですよ」
そう言うと、突然神代さんは私の頭にゲンコツを食らわせた。
「誰が、落ち着きのないお転婆大学生だ!」
「...そこまで言ってませんけど」
「ったく、愛想がないのも相変わらずか」
彼女のやれやれと言わんばかりの態度に少しばかり苛立ちを覚えた私であったが、そんな私には目もくれず、彼女はカイの方へと笑顔を向けた。
「柊の言った通りさ、しばらく隣で騒がしくしてるから、夏休みになったら皆で遊ぼう!君のこと...柊の弟のことももっと知りたいしさ」
「はい、僕も神代さんのこと知りたいです」
「あはは!可愛いなカイくんは!私の弟と妹も見習って欲しいもんだよ」
「弟さんと妹さんがいらっしゃるんですか?」
「そうだよ、カイ君よりずっと小さいけどね!今度紹介するよ!」
「楽しみにしてます」
そう言って彼女との会話を終えると、私達はそれぞれ学校へと向かった。
学校に着くと私は神妙な面持ちで席につき、その様子を見かねた数名の友人が、少し怯えながら私の元へと近づいてきた。
「おい、どうした?いつもの数倍怖い顔になってるぞ?」
「...怖い...」
「え、何?」
「...順調過ぎて逆に怖い」
「「は?」」
私の言葉に数名の友人が口を揃えて聞き返した。
おかしなことを言っているということは自分でもよく分かっていた。
しかし、そう思い悩んでしまうほどにカイという少年は優しい良い子で、欠点の一つも見当たらない。
粗探しをしたいという訳ではないが、なんだか完璧すぎて人間味が感じられない...要は少し不気味なのだ。
「...いや、別に嫌とか思いませんけど、親戚の子が家族になるとか、何かしら問題が出てくるものでしょう?ほらドラマとかでよくあることでしょう?」
「何言ってんだこいつ?」
「知らん、テンパってんじゃね?」
「ってか、ドラマはドラマだろ」
私の悩みに対して友人達は口々に否定の言葉を並べた。
「...壮絶な生い立ちを背負っているはずなのに、どうしてあんな良い子なのでしょう...」
「お前さ、まだ家族になって数週間かそこらだろ?そんなに焦んなって」
「...焦ってるわけでは...」
「それにさ、気丈に振舞ってるだけかもよ?内容的に今は話しづらかったりもするだろうし、ゆっくり距離縮めていけばいいじゃん」
友人の言葉に再びハッとされた私は、思わずその友人に疑いの視線を向けた。
「...もしかして留年とかしてます?」
「は?」
「...いや、実は私より歳上なんじゃないかと思って」
「それって褒めてるの?貶してるの?」
「...半々ですかね」
「半々かよ!」




