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Gehenna-ゲヘナ-  作者: Filmrêve(フィルムレーヴ)
鬼が住むか、蛇が住むか
55/104

3話

翌日、私はいつも通り登校した。

そして、いつも通り授業を受け、いつも通り友人と過し、いつも通り昼食を食べ...。


「なぁ、お前今日変じゃね?」

「...え?」


お弁当を食べる私に友人が突然そう言った。


「いや、明らかに変だぜ?」

「...どう変なんですか?」

「登校してから俺の席に座り出したり、授業中も別の教科の教科書出したり、話してる時も全然会話が成り立たってなかったし、さっきから卵焼き全然掴めてねぇじゃん」


そう言われて自分の手元を見るてみると、形が崩れ切った卵焼きが箸から落ちてしまっていた。


「...あぁ...」

「何かあった?心配事とかさ」

「...いえ、少し緊張しているだけです」

「緊張って?」

「...今日から親戚のお子さんと住むことになったんですよ。お子さんと言っても、年は近いらしいですけど」

「へぇ〜!それはまた突然だな!」

「...実質、弟ができるみたいなものですから...なんかこう...緊張してしまって...」

「天下の“鬼”堂角も緊張するんだな!」


彼はそう言うと、私が怒り出すとでも思ったのだろうか、廊下へ逃げる素振りを見せたが、当の私はそんなものに怒る余裕すらなかった。


「...はぁ...」

「おやおや、珍しい〜」

「...」

「まぁ、そんな緊張しなくてもいいと思うぜ?兄貴になるっていうなら、なおさらドンと構えて、頼り甲斐があるな〜って安心させてやれよ」

「...安心?」

「そりゃそうだろ!向こうは知らない家に突然住むことになるんだから、お前よりよっぽど不安に思ってるはずだぜ?」


その言葉に私はハッとした。

確かに自分のことばかり考えてしまっていたが、今日来る彼の立場になってみれば、緊張どころか、不安でたまらないはずだ。

私が緊張なんかしていてはなおのことだろう。


「...ありがとうございます、少し落ち着きました」

「へへっ!いいってことよ!」


私が素直にお礼を言うと、友人は少し照れくさそうに鼻を擦りながらそう言った。


授業が終わると、私はいつもより足早になって学校を出た。

そして、寄り道もせず真っ直ぐと家に向かおうと思ったが、とある店の前で足を止めた。

そこは近所にある和菓子屋さんで、いつもならお小遣いをもらった時ぐらいにしか立ち寄ることのないお店だった。


「...」


しばらく無言で立ち止まった後、私は意を決してその中に入っていった。


「いらっしゃいま...ひっ...」


元気よく挨拶をする店員さんが、こちらを見て思わず恐怖の声を漏らす。

しかし、私はそんなこと気にもせず、ケースに入った和菓子を指差して注文をした。


「こちらの4個入りを一つ下さい」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


和菓子の袋を片手に急いで家に帰る。

そして、玄関の扉を開けると、我が家には珍しく賑やかな声が聞こえてきた。


「あ、帰ってきたみたい。ちょっと待っててね」


そう言って母が部屋の奥から顔を覗かせる。

何やら少し楽しそうな表情を浮かべた母は、こちらを見ながら『早く早く』と手招きをした。

私はそれに従い、居間の方へと足を運ぶ。


部屋に入ってみると、そこには一人の青年がいた。

少し長いサラサラとした黒い髪に、整った顔立ちをした、どこか艶やかな印象を受ける青年。


想像していた人物とは異なっていて少し驚いたが、友人の助言を思い出し、できるだけ落ち着いて、心の中で深呼吸をしてから口を開いた。


「...初めまして、堂角 柊と申します。これからよろしくお願いします」


無表情であった彼だったが、私の言葉に口元を綻ばせた。


「なんだか事務員さんみたい」

「...いえ、一般の男子高校生です」

「そうみたいですね」


彼はそう言って口元を隠しながら、上品に笑った。

そして、その笑顔のままこちらに手を差し出した。


「初めまして、カイと言います。こちらこそ、よろしくお願いします」

「...はい」


私は差し出された手を取り握手をする。

細くてしなやかに見えた手は、思っていたよりも強くてたくましかった。


それから皆で夕飯を囲んだ。

そこにはいつも通りの食卓の風景はなく、笑顔で食事を勧める母と、気分よくお酒を混じえて話をする父がいた。

カイという青年は私よりも年下、今はまだ中学生だという。

物静かで少し早熟な彼は、どうやら大人を楽しませることが得意なようだった。


いつも通りの食卓も静かで悪くははいが、このように明るい食卓も賑やかで嫌いではない。

私は夕飯を食べながらら、彼の話に耳を傾けて、時たまその内容に笑顔を浮かべた。


色々と不安だったが、礼儀正しい子でよかった。

母が嬉しそうなのも父の機嫌がいい理由も分かる。

愛想も顔立ちも良くて、見るからに品行方正だ。

しかし、何なのだろう...どことなく違和感というか...。


「...あ」


食事を終えた私が突然呟く。

そんな様子に椅子に座っていた全員がこちらに注目した。


「何?」

「...忘れてた」

「だから何を?」


問い掛ける母を置き去りに私は冷蔵庫へと駆け寄る。

そして、中を開けると袋に入ったままの和菓子が少し乱雑に置かれていた。


私はそれを取り出して、お皿に分けると、初めにカイという青年に向かって差し出した。


「これは?」

「...お近付きの印にと思って買ってきたんです」

「どうして...苺大福を?」


彼の質問は最もであった。

こういった場面...特に今日のような日には、ケーキなどを用意するのが普通だ。

当たり障りないゼリーやプリンもいいだろう。


しかし、私は苺大福を選んだ。

甘過ぎるものには好き嫌いがあると思ったから。

自分の人相で可愛らしいお菓子屋さんに入るのは無謀だと思ったから。

そして...


「...私の好物です」

「え?」

「...知らない人がいる家に住むだなんて、不安だし緊張すると思ったので、私のことを知ってもらおうと用意しました」

「あぁ、なるほど」

「...それと、少し憧れていたんです」

「憧れ?」

「...好きなものを弟と分け合うことに」


私がそう言うと、どうやら予想外の言葉だったようで、彼は一瞬キョトンとした顔を浮かべたが、直ぐに笑顔となって、苺大福を受け取ってお礼を言った。


「では、ありがたくいただきます...いや、ありがたくいただくよ、兄さん」


そう言って彼は苺大福を頬張った。

わざとらしいほど美味しそうに食べる彼を見て、私も母も父も満足気な表情を浮かべた。

そして、この日は皆で苺大福を食べた。

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