2話
学校の授業が終わると、私は直ぐに荷物をまとめて帰宅を始める。
広々とした運動上の片隅を門へと向かって歩いていると、部活動に勤しむ友人の一人が声を掛けてきた。
「堂角〜!もう帰るの?」
「...はい、帰宅部ですので」
「そんなにガタイいいんだから何か部活入ればよかったのに」
「...苦手なんですよ...部活特有のあの団結感が」
「何だよその理由!」
彼はそう言って私の肩を軽く叩いて笑った。
そして、後輩に呼ばれた彼は急ぎ足で戻って行った。
高校三年生。
今更部活に入ろうと思っても、直ぐに引退となってしまう年齢。
進路についても考えなくてはならず、少しばかり先が不安だ。
私の家に向かう道は大きな道で人通りも多く、高校生の帰り道としては比較的安全かつ便利だ。
しかし、私は学校を出て直ぐに道をはずれ、その道ではない別の道へと向かった。
それは人通りなど一切ない、山の方へと繋がる細く暗い道。
どちらかと言えば遠回りになってしまうのだが、たまに私はこの道を使う。
隠れた場所にあるこの道の途中には、何故か一つだけ公園に置かれているような、木製のベンチが置いてあり、そこに座って過ごす時間が好きなのだ。
人目につかない道へと入り込み、そのベンチを見つけると、私はその特等席に座って本を読み出した。
木々に囲まれたこの場所は誰からも見られることもなく、風が心地よく吹き通り、日陰にもなっているため、夏でも十分快適に過ごせる。
勉強も学校生活も嫌いというわけじゃない。
むしろ学生の本分として努力していきたい所だ。
しかし、私だって一人で過ごしたい時もあれば、読みたい本の一つや二つもある。
もうすぐ夏休み。
受験期の夏は戦いとも言われているし、それなりの大学に行くのなら頑張らなくては...。
そんなことを考えながら、私は一人本を読み進める。
誰にも邪魔されずに過ごせるこの場所では、思わず時間を忘れてしまうことが多々ある。
今日も長い時間本を読んでしまったようで、気づけば辺りには夕陽が差し込んでいて、ひぐらしの声が帰路を急かすように聞こえ始めた。
「...あ...しまった...もうこんな時間だ」
そう呟き、急いで帰り出した。
この細道から帰ると丁度、家の裏側に帰ることができる。
まるで悪さをしてこっそり帰る不良のようだが、私は決してそのようなことはない。
「...ただいま」
そう言って家の裏口の扉を開けると、部屋からは美味しそうな夕飯の匂いと共に、ありふれた家庭でよく見るエプロン姿の母が私を出迎えた。
「おかえり、遅かったね」
「...少し寄り道をしてきたから」
「そう。もうご飯だから、早く着替えといで」
「...はい」
私はそう返事をすると、二階にある自分の部屋へと上がっていった。
そして、荷物を置き服を着替えて、食事の用意された居間の方へと向かった。
居間には食事を用意する母と、黙って椅子に座る父の姿があった。
私は置かれたコップにお茶を注いで、丁度配膳を終えた母と共に椅子に座った。
そして、全員で手を合わせた。
「「...いただきます」」
たった三人の家族とは言え、年頃の男の子がいるにも関わらず、そろって仲良く食事の挨拶なんて、少し珍しいものだと思う。
しかし、私の日常にとっては普通である。
「ねぇ、あんた受験生だけど勉強いいの?」
食べ始めると、ふと母が私に尋ねてきた。
私が寄り道をして勉強を疎かにしてないかという、心配からの質問なのだろうか。
「...それなりにしてる」
「何かいるようだったら早めに言ってよ」
「...今のところは大丈夫かな」
「あんたは父さんに似て無口なとこあるから、ギリギリで言ってこないでよ?」
「...はい」
釘を刺す母に素直に返事をする私、そんな会話に一切参加しない父、いつも通りの食卓風景だ。
そして、食事を再開する私に再び母が話し出した。
「そういえば、今度あんたに弟ができるから」
「...は?」
突拍子もない母の発言に私は思わず声を漏らし、持っていた箸を落とした。
「ちょっと、落ちたよ」
「...え、は?」
困惑する私とは反対に落ち着いた様子の母は、説明よりも先に床の箸を拾い始める。
私はそんな母の姿を懸命に目で追い、ゴクリと唾を飲み込みながら恐る恐る問い掛けた。
「...で、できたの...?」
「違うわ」
「...ふっ...」
真剣な眼差しで問い掛ける私に、漫才芸人並みのキレのあるツッコミをする母、その様子にたまらず無口な父も吹き出した。
そんな一連の流れに母は呆れた様子でため息をこぼすと、不足した言葉を補い出した。
「遠縁の親戚なんだけど、事故で家族全員亡くなっちゃってね」
「...それは...ご愁傷さまです...」
「それでね、その家に預けられてた子がいるんだけど、幸いその子だけは助かって」
「...良かったですね...」
「親戚同士の話し合いの時にタライ回しみたいになってて、何か可哀想に思えてきて...」
「...それで...?」
「それで家においでって言ったの」
そう言って母は食卓に並んだ漬物を食べた。
そのようにまるで軽く言い放つ母に私は酷く驚いた。
「...いや、結構大きな選択だと思うのだけど...」
「一人育てるのも二人育てるのもそう変わらん」
「...強者の発言じゃん...」
「歳が近いから仲良くしてあげて」
「...まぁ...仲良くはするけど...」
私は納得のいかないような返事をしたが、実は内心、少しだけ楽しみであった。
小さな家庭の一人っ子であったため、遊び相手に困ることや退屈な時間を持て余すことなど、日常茶飯事だった。
そのため、兄弟というものへの憧れを抱くのは、当然のことだった。
まさかこの歳になってできるとは想像もしていなかったので、少しというか大分驚きはしたが、何はともあれ家族が増えるのは喜ばしいことだ。
「...それで...いつ来るの?」
「明日」
「...は?」
「明日ぐらいには荷物まとめてこっちに来ると思うよ」
「...もっと早く言ってよ」
「早く帰って来ないあんたが悪い」
「...いや、もっと前々から...というか、母さんの方がギリギリじゃん...」
「...ふっ...」
私の呆れ声に父が再び吹き出す。
というかこの重要な会話に一度も参加してきてないが、父はそれでいいんだろうか?




