余談
周りが昇格したり、異動になったりと、どんどん変わっていく中で、俺はいまだに事務に居座り続けていた。
『どうしてお前は変わらないんだ?』
『いつになったら早く仕事をこなせるようになる?』
『役に立つことはできないのか?』
沢山の人に言われた蔑みの数々。
俺はその度に笑うことしかできなかった。
事務局長が変わってからは、更に仕事内容もその量も厳しいものとなり、周りとの仕事のできの違いに、俺はどんどん孤立していった。
そして、今日も一人自分で作った弁当を食べていた。
毒入りの食べ物ばかりを食べていた頃の名残で、他人から出される食事が食べられなくなっていた俺は、毎日早起きをして弁当を作っていた。
すると、突然男性だけどヒールの似合う、新しい事務局長が俺に向かって話し掛けてきた。
「ドク、今空いてるかしら?」
「...っはひ!はひほほふれす!」
俺は口に食べ物が入ったままで、まともに話すこともできず、おかしな言葉で返事をした。
しかし、彼はそんなこと一切気にすることなく、もごもごと口を動かす俺を無視して話を続けた。
「あなたに頼みたい仕事があるの」
「...っ...た、頼みたい仕事?」
「ええ、新人の教育なんだけど、今日からこの子に仕事を教えてあげてほしいの」
「へ?」
そう言って事務局長は一人の男の子を前に出した。
シルクのように柔らかく美しい金色の髪、不格好なスーツには似合わない華奢な身体、宝石と見間違えるほどの輝きを放つ世にも不思議な紫色の瞳。
その瞳はまるで警戒した猫のようにこちらを睨みつけていた。
「...えっと...新人教育...ですか...」
「そう。この子に一から千まで教えてあげて、最高の事務に仕上げるのよ」
「...えー...ハードル高いですね...」
「当たり前でしょう?」
「あ、はい」
「じゃあ、よろしく頼むわね」
そう言って彼は高らかとヒールを鳴らしながら、男の子を残して去っていった。
残された俺達は少し黙り込んでしまい、何とも言えない気まずさに押し潰されそうになった。
「...すーっ...」
「...」
「あー、えーと、と、とりあえず、よ、よろしくね。俺はドクって言うんだけど...君は...」
俺の問い掛けに男の子は首を傾げる仕草を見せた。
それを見て直ぐに俺は男の子の事情を察した。
「あ!こ、言葉分からない?えーと...Do you speak English?」
「...yeah...」
「Oh,ok ok!Umm...I'm Doku.May I ask your name?」
「...Lucy...」
ルーシー...綺麗な名前だな。
見た目も俺とは全然...いや、俺と比べるなんて申し訳ないというか失礼だ!
俺が一人、そんな脳内会話を繰り広げていると、ルーシーと名乗る男の子はその様子を冷ややかな目で見つめていた。
俺はその視線に気づきハッとして、直ぐに下手くそな笑顔を作って見せた。
すると、それを見てルーシーが口を開いた。
「What's so funny?Can you stop smiling like that, it's driving me annoying?」
さて、英語が分からない方に向けて、今の言葉を分かりやすく説明致しますと、俺の笑顔に対するとてつもなく酷い悪口です。
「...え...?」
「Can you please stop this, it's making me want to vomit?」
このルーシーという子は猫のように可愛らしく、その顔からは想像もつかないような汚い言葉を話す、とんでもなくガラの悪い男の子であった。
俺は思わず笑顔が引きつり、彼との仕事に不安が募った。
どうやら自身を“能無し”などと嘆く暇は、少なくともこの子が正しく綺麗な言葉を話せるようになるまでないようだ。
ご覧戴き、ありがとうございました。
〜雨垂レ師ヲウガツ〜章
はこれにて完結です。
『Gehenna』はまだまだ続きます。




