12話
先生とタッグを組んでいたユウナギという女性の死。
それはあまりに突然で不明瞭なものだった。
調べてみるとどうやら任務による死亡ではないようで、本当に突如として彼女は亡くなった。
全く何の予兆もなく...。
俺は勢いよく椅子から立ち上がると、大急ぎで事務室から出ていった。
そして、先程話しかけてきた男の元へと向かった。
「...あ!あの!」
「っ!え、な、何?」
男はまだ事務室の近くにいた。
音一つ立てることなく、突然話し掛けてきた俺に向かって驚いて振り返り、少し腹立たしそうに返事をした。
「さ、さっき“ドク”って人を探してるって...」
「え、まぁ、そうだけど?」
「あ、あなたはその...じ、実戦の...“ドク”って人を知っているんですか?」
「知ってるも何も...一応先輩だし」
「せ、先輩?」
「あぁ。あの人は俺のこと後輩なんて思ってなかっただろうけど」
「あ、あの、詳しく教えてくれませんか?」
その言葉に男は一瞬嫌悪の表情を浮かべたが、俺の必死な姿に圧倒されたのか、声を潜めて仕方なさそうに話し出した。
「あの人さ俺と同じ部署にいたんだけど、とんでもなく腕が立って、尊敬してたんだよ。だから、“ドク”さんが戻ったって聞いて、見に行ったんだよ...まぁ、人違いだったみたいだけど」
「...そ、その人...もう...亡くなってましたよ...」
「あぁ...やっぱり?そうだよな〜、あんなことあっちゃな...」
「あんなこと?」
「“ドク”さんの相棒のユウナギって人知ってる?」
「あ、はい、実戦にいた女性ですよね?」
「そう。あの二人...実は付き合っててさ」
「へ?」
「ウチの部署じゃ専ら有名だったんだよ。それである日、ユウナギさんにメールが届いて...」
「...メール?」
「まぁ、簡単に言うと、上からの解雇通知だよ。それに心を病んで自殺したって聞いたけど...“ドク”さんがキレて上に反抗して、消されそうになったから本部を出たんだ」
「...」
「そうして“ドク”さんは裏切り者認定。ブラックリストに載ったってわけさ」
「...ブラックリスト...」
「もう一回会ってみたかったんだけど...仕方ないよな。本部を裏切ったんだから当然だ」
「...」
俺は言葉を失っていた。
先生の言っていた言葉の全てがスルスルと頭に入ってきて、理解していく。
『まだ諦めていない』
『死んでいない』
『地獄に叩き落とす』
『殺しに行く』
走馬灯のように蘇る先生の言葉。
それらに絶句する俺を見て、男は怪訝そうな表情を浮かべて、逃げるように去って行った。
俺は...一体何を見てきたんだ?
いつも優しくて穏やかで...そんなことしか知らないじゃないか。
あの笑顔の裏に何を隠していた?
恋人を失って何故笑顔を浮かべることができた?
...いや、違う。
先生は笑っていたんじゃない...堪えていたんだ。
湧き上がる憎しみを笑顔で隠していたんだ。
復讐のためとはいえ子供達を殺したことや、俺にしたことが許される訳ではない。
そう思っていたが、本当は違うんじゃないか?
本部はいつだって人員不足。
そのため聞くところによると、選ばれる人間の中には、殺人犯や精神異常者、親に捨てられた孤児などもいるそうだ。
先生は捨てられた俺達を本部に拾われる前に隠したのではないか?
理不尽な本部に殺されるぐらいならと...そう思ったのではないか?
どうして気がつかなかったんだ?
あの人の秘めた苦しみに、憎しみに。
どうして気がつけなかったんだ?
誰よりも見てきたはずなのに...誰よりも近くにいたはずなのに...。
「...ははっ...やっぱり俺は...“能無し”だ...」
俺は自分のしたことの愚かさと、全てが遅すぎたという事実への虚無感に苛まれ、涙を流しながら笑っていた。
治ったはずの心臓...胸の辺りが締め付けるように痛み出し、呼吸も浅くなって、北風のような音が鳴る。
ここにはもう、『大丈夫だよ』なんて言ってくれる人はいない。
手を差し伸べ抱き上げて、微笑みかけてくれる人はもう...。
俺はギュッと胸の辺りを、震える左手で握り締め、ゆっくりと深呼吸をして息を整える。
もう引き返すことはできない。
後戻りすることなんてできない。
戻れない現実からは目を背けて、前を向かなくてはならないんだ。
そう思いを固めて俺は歩き出した。
“能無し”でも生きていかなくては...弱虫の俺には自死を選ぶことだってできない。
先生、俺はまだ生きているよ。
“能無し”らしく、邪魔にならないように足音も身も潜めて生きてるよ。
先生が託した復讐をやり遂げる自信なんてないけど、先生が最後に何て言おうとしたかは今なら少し分かる気がする。
だから、“能無し”なりに...俺なりに頑張るよ。
そのために先ずはこの事務という
高く険しい山を生き残っていかなくては...。
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俺の名前はドク。
とはいえ、実戦で活躍した“ドク”ではなく、
事務で役立たずとして身を潜めるドクだ。
一体いつ俺のパソコンに解雇通知が来るのか。
きっとそれはそう遠くない未来のことだろう。




