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Gehenna-ゲヘナ-  作者: Filmrêve(フィルムレーヴ)
最後のディナーは舞台のあとで
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5話

静かな部屋で時計の音だけが鳴り響く。

部屋の灯りは消え、時刻は21時をとっくに過ぎているようだったが、今の私にはそんなことを気にしている余裕などなかった。


私のママ、アルバ・サルダーニャは誘拐された。

夫は無惨に刺し殺され、幼い娘も変わり果てた姿となって発見された。

彼女は以前からストーカー被害に遭っていたようで、恐らくそれは今回の誘拐事件に深く関わりがあるようだった。

そして、現在にかけての長い間、彼女の行方はまだ分かっていない。

生きているのか、死んでいるのかすらも。


世界中がこの凄惨な事件に心を痛めていたが、それもすっかり時に埋もれてしまっていた。

未解決事件として人々から忘れ去られている中、私だけがその真実に辿り着こうとしていた。


事件の概要、今までのこと、この部屋のこと、

全ての点と点が頭の中で結ばれて線となり、私の中に一つの物語が完成していく。

そして、その物語が現実だったらと想像して、震えと汗が止まらなくなっていた。


アルバは夫を殺され、娘と一緒に誘拐された。

誘拐犯は彼女の熱烈なファンであったが、家庭を持った彼女に憎しみを覚え、今回の事件を起こした。

誘拐された彼女は監禁され、悪夢のような日々を強いられた。

誘拐犯は他の男とできた子供にも憎しみを感じ、殺して当てつけのように自宅付近に捨てた。

そして、彼女と自分の間に子供を作った。

愛する彼女との子供が誰にも見つからないようにと、誘拐犯は子供も彼女と同じように監禁した。


会えないママ、窓のない部屋、開かない扉。


長年抱き続けてきたこの部屋の疑問が解き明かされたというのに、心はまるで晴れなかった。

手足は冷えて震え上がっているのに、全身から汗が沸き上がる。

息が吸えることが不思議なくらい呼吸は今にも止まりそうだった。


パパが...ストーカー...誘拐犯...殺人犯...?

嘘、嘘よ、こんなの嘘よ...。

でも、じゃあ、ママは...私は...。


パニック状態の私に追い討ちをかけるように、突然静かな部屋にノック音が響き渡る。


「...レイ」


落ち着いた低めの男性の声。

今まで安心を覚えていたはずの声がまるで悪魔の囁き声に聞こえた。

私は怖くて声が出ず、返事をすることができなかった。


「...起きているんだろう?返事をしなさい」

「....」

「...ママのこと...調べたんだろう?」

「...っ...」

「...違うんだよ、レイ。私とママは愛し合っていたんだ。彼女は大きな舞台でいつだって僕を見つけてくれた。僕を愛していたんだよ」

「...」

「返事をしろと言っているんだ!」


突然男が雷のような低い怒鳴り声をあげた。

私が思わずその声に驚いて机に当たってしまうと、写真立てが大きな音と共に床に落ちた。


「...あぁ、よかった。そこにいるんだね」

「......たの...」

「...何?」

「...ママをどうしたの?」

「...どういう意味だ?」

「ママも殺したんでしょ」

「...何を...」

「ママはもう死んでいるから“そんなわけない”って言ったんでしょう!」


話そうとする男の声を、今度は私が大きな声で遮る。


「会いに来られるはずないわよね!だって、あなたが殺したんだから!」

「...違う...」

「何も違わないわ!ママも...ベンもソフィアも!皆...あなたが殺した!」

「...違う...違う...」

「ママはあなたを愛してなんかいなかった!全部あなたの妄想!あなたは頭のイカれたストーカーよ!」

「違う!!」


私が問い詰めると男は声を荒らげ、向こう側から力強く扉を叩きつける音がした。


「...彼女は僕を愛していた...僕も彼女を愛していた。でも、あの男が無理やり彼女を孕ませて、彼女を逃げられないようにしたんだ。だから、僕が彼女を救ったんだ」

「救う?殺しておいて何を...」

「...彼女は殺してない」

「は?」

「...僕が部屋に行ったら死んでいた。窓ガラスを割って...その破片で首を切って...」


そう言って扉の向こうから、男の啜り泣く声が聞こえてきた。

私は男のその声に言葉を失ってしまった。

しかし、ふと男の泣き声の間からボソボソと何かが聞こえることに気が付いた。

そっと耳を澄ますと、途切れ途切れではあったが、確かに男が何かを呟いている。


「...どうして......ただ...喜んで欲しくて....肉を....」


肉?どういう...。


その瞬間、ふと頭の中に疑問が過ぎる。

ソフィアは白骨遺体として見つかった。

でも、人が白骨化するには相当の時間がかかると聞く。

それにも関わらず、遺体は行方不明となった数日後に骨になって発見された。

わざわざ体を溶かした?

見せしめにしようとしていたのに?

肉....?


私はハッとして思わず泣き声をあげる男に問い掛ける。


「あれって何の肉?」


その言葉にピタリと泣き声が止んだ。

静かな部屋がより一層不気味に静まり返り、しばらくの間、無音が続いた。

しかし、その無音は男の重い足音によって直ぐに掻き消され、彼は無言のまま扉の前から去って行った。


私は再び静寂に包まれた部屋で、一人恐怖に襲われていた。


白骨化したソフィアの遺体。

ママの日記に書かれた“化け物”という言葉。

酷い味の肉入りシチュー。

私はガクガクと身体を震わせた。


『お前を食べてしまうからだよ』


今までおかしく笑っていたパパの冗談。

こんなに恐ろしく感じる日が来るなんて思いもしなかった。


逃れられない恐怖にただ震えることしかできず、呼吸もままならないまま床へとしゃがみこむ。

ポロポロと涙が流れて来て、汗と共に私の体を冷やしていく。


そうしてもう何もかもダメだと諦めてしまいそうになった私の視界に、ふとある写真が映った。


幸せそうに笑う美しい女性の姿。

勢いよく落ちてしまったはずの写真立ては、不思議と割れることなく床に落ちていて、彼女の素晴らしい笑顔が変わらず光り輝いていた。


私はそれを目にした瞬間、ピタリと震えが止まった。


彼女は長い間、ストーカーからの恐怖に襲われていた。

しかし、そんな恐怖など微塵も感じさせることはなく、数々の舞台で輝いてきた。

この写真の笑顔だって、その裏には誰にも助けてもらえない絶望を秘めていたことだろう。


彼女はずっと戦っていたのだ。

ただ一人、大きな恐怖と。

最後には耐え切れず自殺を選んでしまったけれど、大勢の観客の前で彼女が敗北することはなかった。

戦い抜いたんだ...演じ抜いたんだ。

幸せな女性...アルバ・サルダーニャを。


私は涙を拭い、立ち上がった。


あんな男に...食われてたまるもんか...!

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