5話
夢を見た、母に捨てられた日の夢を。
冷徹な眼差しで俺のことを見下して突き飛ばす母。
そして、こちらを見て母はこう言うのだ。
『役立たずの能無しが。あんたなんか産まなきゃよかった』
その瞬間、雷の光が母を照らした。
まるで化け物のような恐ろしい顔をした母が、俺のことを憎らしそうに睨んでいた。
あの日から雷が苦手だ。
どれだけ遠くても雷の音が聞こえたら怖くて、寝ていても目を覚ましてしまうほどに...。
...ゴロゴロ...ゴロゴロ...!
獣の唸り声のようなその雷鳴に俺は勢いよく目を覚ました。
先程見ていた悪夢に冷や汗をかき、恐怖で息が止まってしまっていたのか、呼吸も酷く荒れていた。
しかし、全てが夢だったことに安堵して、いつも通り起き上がろうと身体を動かした時だった。
「...っ...い...痛い...何だ?...体中が痛い...」
体がまるで鉛のように重く、しばらく動いていなかったのか身体中の関節が固まっているような感覚がした。
どうしてこんなに体が痛いのか。
そんな疑問から俺は眠る前の記憶に思考を巡らせた。
そして、皆が倒れたあの時のことを思い出したのだ。
それと同時に部屋の襖が音もなく開いた。
現れたのはお盆に乗った食事を持った先生だった。
「...先生?」
「あぁ、小静。やっと起きたんだね。もう起きないんじゃないかと思ったよ」
「...え...っと...何が...」
「まだ身体は痛むかな?食事を持ってきたのけど食べるかい?」
「...あ、あの、先生...」
「ん?」
「...さっき...何があったの?」
俺がそう問い掛けると、先生は一瞬とぼけた顔をして、堪えきれないように忍び笑いをした。
「ふふっ、そっか、お寝坊さんはまだ分かってないのか」
「...分かってない?」
「まぁ、今日はあの日と同じ雨だからね。無理もない」
「...あ、あの日?」
「君はあの日から一週間寝ていたんだよ」
「...一週間!?」
「そうだよ、だから全身が痛いのさ」
「...み、皆は?あの時何が起こったの?」
重ねて質問をする俺に先生は仕方なさそうにため息をこぼしながら、お盆を置いて俺の近くに座った。
「落ち着くんだ、小静。病み上がりなんだから、興奮してはいけないよ。ほら、元気があるなら先に食事を...」
「はぐらかさないで教えてよ!」
俺はそう言って先生の言葉を遮った。
そして、痛む身体をなんとか起こして、先生の服を掴んで訴え掛ける。
「...皆はどうなったの?...無事だよね?ねぇ...無事だって...大丈夫だって言ってよ!先生!」
「死んだよ」
「...ぇ...?」
「君以外の子供達は、全員死んだ」
その言葉に俺は固まった。
一瞬、先生の言っていることが理解できなかった。
冗談を言っているのだと思った。
何故なら、先生はいつも通りの優しい笑顔で、困惑する俺を見つめていたから。
「...死んだって...どういう...」
「あの毒に身体が耐えられなかったんだろうね」
「...毒...?」
「そう、鍼先に塗っておいた毒だよ。もう数人は生き残るかと思っていたんだけどな」
「...何を言って...」
「小静、どうやら君には少し毒の耐性があったみたいだ。意識もあったようだし、本当に素晴らしいよ」
先生はそう言って誇らしげに俺のことを褒めた。
しかし、混乱する俺にはそんな嬉しさを感じる余裕など微塵もなかった。
「...何で...そんなことを....?」
戸惑いながらも出てきたのは、至極真っ当な質問だった。
誰かに頼まれて仕方なくやったことなのか、本当は俺達のことが嫌いだったのか。
何か理由を探そうとする俺に、先生はいつも通り答えた。
「うーん、『なんとなく』かな」
「...なんと...なく...?」
「そうだよ、『なんとなく』。毒を扱える弟子が欲しかった...みたいな?いや〜、一人でも残ってくれてよかったよ」
「...『なんとなく』で...皆は死んだの...?」
「小静は凄いね。この状況で他の誰かのことを心配する余裕があるんだ」
「...」
先生のその言葉に俺は思わず黙り込んだ。
しかし、先生は変わらず落ち着いた声色で、俺に向かって話し続けた。
「これからの話もしたいし、まずは食事にしよう。一週間も飲まず食わずだったんだからお腹が空いただろう?」
そう言われて、俺は自身の空腹感に気づいた。
確かに、胃は空っぽで喉もカラカラだ。
だから、先生に言われた通り、置かれた食事に手を伸ばした。
お盆の上は消化にいい食事ばかりが並んでいてで、俺は一番初めに目についたお粥をそっと口にした。
「...っ...う...ゴホッゴホッ...!」
飲み込んでしばらくすると、突如としてある異変が襲いかかり、俺は激しく咳き込んだ。
そして、咳を抑えた手の平を見てみると、そこには数滴の血がついていた。
「...え?」
「君は本当に凄いな。毒を盛られた相手から出された食事を迷いもなく食べられるなんて、度胸があるね」
「...毒...?」
「そんな顔をしなくても大丈夫だよ。微量の毒だから簡単に死ぬことはない」
「...」
「これからこうして少しずつ毒に慣れていこうか。君だけの特別な授業も増やすつもりだから楽しみにしていおいてね」
「...何でこんなことするの...?」
俺の問い掛けに先生は答えてはくれなかった。
黙って俺を見つめる先生は、出会った頃と同じ、優しげな笑顔を浮かべていて、微塵も恐怖など感じられなかった。
しかし、俺にはそれがとても恐ろしく感じた。
大好きな家族とも言える友達を殺した人が目の前にいるというのに、何故恐怖を感じないのか。
自分の食事に毒を混ぜてくるような人が目の前にいるというのに、何故叫び出さないのか。
外では激しく雷鳴が轟いていたが、俺はそれが苦手だということすら忘れてしまっていた。




