4話
あの日、先生に背負われて寺に戻ると、心配の表情を浮かべた皆が俺の周りを囲んだ。
理由を話さない訳にもいかず、先生は俺に許可を取ると、皆に俺の持病のことを話した。
想像通り、皆は疎むことも毛嫌いすることもなく、優しく俺の心配ばかりしてくれた。
俺はそれが申し訳なくて、同時にたまらなく嬉しくて、思わず泣いてしまい、更に皆が俺のことを心配した。
あれ以来、激しい運動は控えた。
皆も俺を気遣って部屋の中でばかり遊んでくれた。
本当に思いやりのある優しい子達ばかりで、その心遣いがとても心苦しかったのを覚えている。
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ある日、再び先生が突然言い出した。
「今日は授業をしよう、皆座って」
そう言われて子供達は直ぐに座敷に並べられた机に向かって座った。
それを見て先生は一つの机に一つずつ箱を置いていった。
「先生、これ何?」
「開けてごらん」
先生の言葉に一人が箱を開けてみると、そこには数本の細い鍼が入っていた。
「....はり?」
「そう、鍼灸用の鍼だよ」
「しんきゅう?」
「鍼やお急で治療をするんだよ」
「僕知ってる!腰痛とかのやつでしょ?」
「まぁ、そうだね、代表的なのはそれかな」
先生はそう言って、本を開いて話し出す。
「今日は鍼治療についての授業だよ」
「はい!先生!」
「ん?どうかしたかい?小洋」
「何で突然、鍼治療の授業なの?」
「僕のお友達がね、昔、鍼治療を教えてくれたんだよ」
「え?」
思わず聞き返す少年に先生はあやふやな答えを返す。
「えーと、それでなんかいいな...って思って...」
「つまり、『なんとなく』でしょ?」
「...はい、そうです」
手厳しく言い当てる一人の少女に、先生はしょんぼりしたような表情を浮かべて思わず敬語で返事をした。
「で、でも!鍼治療は覚えていて損はないよ?自分の身体の不調に直ぐに対処ができるし、他人に治療をしたら仕事にもなってお金が稼げる」
「危なくないの?」
「きちんと使い方を知っていれば、危なくないよ。上達すれば刺さったことにも気がつかない」
「へぇー!凄ーい!」
突然の授業内容に初めは戸惑っていた様子の子供達だったが、先生のその言葉に興味が湧いてきたようで、熱心に授業に耳を傾けていた。
そして、鍼を実際に刺してみると、初めは皆上手くいかず、痛かったり、刺さらなかったりしたが、修得の早い子はみるみるその腕を上げていった。
周りがコツを掴み始めている頃、俺はというと、先生が言ったことが理解できずに、中々上手く刺すことができなかった。
「ジン、大丈夫?」
「ん?え、な、何が?」
「分からないならコツ教えるよ?」
「あ、あぁ、いや、大丈夫だよ!ちょっとずつやってくからさ!」
「そう?」
「うん!ありがとう、ヤン」
俺はできないことがたまらなく恥ずかしくなった。
いつもは教えられたことは何でも直ぐにできていたのに、こればかりはどうやら不得意なようだった。
しかし、それを悟られたくなくて、思わず友達の教えを断ってしまった。
いや、そうでなくとも、この頃はいつもこんな調子だ。
運動はおろか、勉強もあまりついていけていない。
どうしてか理由は分かっていたが、その理由を解決することはとてもじゃないができなかった。
以前の俺は少し修得が遅くても、一人でコツコツと積み重ねて、勉強では誰よりも理解を深めることができていた。
しかし、あの日以来、申し訳なさから皆に気を遣うようになった。
ヘラヘラとした笑顔を浮かべて、
『大丈夫』『何でもない』『気にしないで』
そんなありきたりな言葉ばかり並べて。
結局、その日の授業で俺は一度も上手に鍼を刺すことはできなかった。
しかし、この日の授業が気に入ったのか、先生は再び何度か鍼治療の授業を開いた。
俺はその度に必死に練習していったが、中々上手にできなかった。
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シトシトと雨の降る日。
この日も鍼治療の授業が開かれた。
皆で机に向かって座ると、先生が箱を配っていく。
俺は配られた箱の中身を開いて、思わず小さくため息をついてしまっていた。
どうして上手くできないのだろう。
先生の授業も全然頭に入ってこないし、俺はやっぱり『能無し』なのかな...。
そんな風に一人で落ち込んでいた俺の腕に、突然ズンと響くような刺激が走った。
驚いて見てみると、友達の一人が悪戯な笑顔を浮かべながら、勝手に俺の左腕に鍼治療を施していた。
「ちょ、ちょっと、何してるの?」
「へへっ、練習だよ!上手だったろう?」
「じょ、上手だけど、いきなりやらないでよ〜!」
「あはは!ごめんごめん!」
そう言って彼は俺の腕から鍼を抜いて、自分の腕で練習を再開した。
沈んでいる俺を励まそうとしてくれていたのだろう。
彼の悪戯は自然と俺の表情を晴れさせて、仕返しをしてやろうと俺も鍼を取り出した。
...バタッ!
ふと大きな何かが倒れる音が部屋に響いた。
俺は鍼の入った箱から視線を外し、音のした方を見てみると、先程俺に悪戯をしてきた友達が何故か床に伏せていた。
「...ヤン?」
恐る恐る名前を呼びながら身体に触れてみると、彼はまるで人形のように脱力していて、俺が少し触れただけで転がってしまった。
そして、その顔を見てみると、目は白目を向き、口からは泡を吹き出していた。
「...え...?」
訳が分からず困惑していると、再び大きな音がして誰かが倒れた。
咄嗟に後ろを振り返えると、子供達が次々に倒れていく光景が目に映った。
叫ぶことも泣き喚くこともせず、静かに倒れ込んでいく子供達の中には、先程の子のように泡を吹いていたり、白目を向いていたり、吐血している子までもいた。
俺はその状況に止まりかける思考をなんとか回して、とにかく助けを求めようと、先生の方を向こうとしたその時だった。
突然、視界がグルリと回った。
それは俺の身体が床に向かって勢いよく倒れたせいだった。
「...あ...れ...?」
耳鳴りがして視界が暗くなっていく。
心臓が痛くなって倒れたわけじゃない。
全身の力が奇妙に抜けていき、瞼を開いていることさえ難しいほど力が入らなくなっていた。
鈍くなっていく感覚の中で僅かに感じ取れたのは、先程鍼を刺された左腕の痺れだった。
しかし、俺は他の子供達とは違って泡を吹くことも、白目を向くことも、血を吐くこともなく、ただ身体が動かなくなっていただけだった。
そのため辛うじて動く視界のすみで、先生の姿を見ることができた。
先生は倒れ込む俺達を見て、叫んだり騒いだりせず、ただ静かにいつものように笑顔を浮かべていた。




