3話
よく晴れたある日、先生が突然言い出した。
「よし、今日は外で授業をしよう。 皆で山に行くから手袋を準備してきてね」
先生はいつも気分で突拍子もないことを言い出す。
そんな先生に子供達も慣れた様子で、さっさと準備をして先生の後について行った。
山に登り始めて少しすると、先生は歩みを止めて子供達に向かって話し出した。
「今から皆にはあるものを探してもらいます。範囲はこの山の中ならどこでもいいよ。見つけたら先生に見せに来てね」
「何を探すの?」
「毒を持ったものだよ」
「毒?」
「そう。植物とか虫とか、毒を持ったものなら何でもいいよ」
「どうして突然?」
「なんとなくさ。毒を持ったものを知っておけばいつかきっと役立つ。 遭難した時とか、毒が欲しくなったときとか」
「そんな時ないよ〜!」
「あれ?まぁ、とにかくそれらしいものを持っておいで。手袋を忘れず着けてね」
「「はーい!」」
毒を持ったものを探してくる。
普通に考えたらおかしな授業だが、子供達は元気な返事をして、一斉に探し出した。
それは皆でする授業が楽しかったからというのもあるが、先生の『なんとなく』に慣れてしまっていたからでもあった。
本当に意味もなく遊びの一環として、先生はよく分からないことを教え出す。
まぁ、役に立たない訳でもないが、いつ使うか分からないような知識が多い。
そうして子供達は色々なものを手に取っては、先生の元へと持って行った。
「先生、これは?」
「綺麗なお花だけど毒性はないね」
「先生〜!これは〜?」
「おや、これは美味しいキノコだよ。持って帰って食べようか」
「先生!これはこれは?」
「それはカマキリだね」
様々なものを持っていってみるがどれも先生の言う毒を持ったものではなく、子供達は頭を抱えながらも互いに協力し合い、山の中を練り歩いていった。
しばらくすると周りには誰もいなくなり、山の中で先生は、一人倒れた樹木に腰掛けていた。
「...」
先生は基本的に静かな人だけど、決して無口な訳ではなかった。
そのため、こうして何も話さず呆けている先生はとても珍しく見えた。
「先生」
「...っ!」
俺が話しかけると先生は驚いて振り返り、一瞬袖口に手を入れた。
しかし、俺の姿を確認すると直ぐに手を戻した。
「...小静?君、一体いつ...」
「ねぇねぇ、俺の足音聞こえなかった?」
「...え?」
「練習したんだ、先生みたいに静かに歩くの。ねぇ、上手にできてた?」
「...」
無邪気にそう聞く俺の様子を見て、先生は少し黙り込んでいたが、直ぐにいつも通りの優しい笑顔を浮かべながら褒めてくれた。
「あぁ、上手だったよ。凄いじゃないか、小静。いつの間に練習したんだい?」
「えへへ、内緒だよ〜!」
「そう...内緒か...」
「あ、あとこれ」
「ん?」
俺はそう言って、手に持った黄色い花を先生に見せた。
先生はそれを素手で受け取ると、怪しげな笑顔を浮かべて俺の頭を撫でた。
「冶葛だね、毒性のある草木だ。よくできました」
「うん!本に書いてあったんだ!」
「本?」
「うん、本棚に置いてあった本!」
「...へぇ...あれを読んだんだ...勉強熱心だね」
「えへへ!」
この時、自慢げに笑う俺は気づかなかった。
先生がどんな表情で俺のことを見ていたのか。
「よし、じゃあ、そろそろ戻ってお昼にしようか」
「うん!俺、皆を呼んでくるね!」
そう言って俺は山の中を歩いて行った。
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皆は相当遠くへ探しに行ってしまったようで、登っても登っても人の姿など見当たらなかった。
俺達の住む寺屋敷は山の奥にある。
そのため俺や他の子供達は、山も家の一部のように迷うことなく自由に駆け回ることができた。
おかしいな...どこまで行ったんだろう?
もしかして山の下の方にまで行ってしまったのかな?
そんなことを考えながら歩き回っていると、突然ある違和感が俺の体を襲った。
あれ...?何だろう...苦しいな...。
心臓が激しく脈打ち、呼吸が上手くできない。
足も重くて前に進まず、段々と視界も眩み出す。
この感覚には覚えがあった、恐らく持病の悪化だ。
ここに来てから調子がよくて忘れてしまっていたが、俺は捨てられたあの日から一度も薬を飲んでいない。
今日の山登りが引き金になったのだろう。
そのあまりの胸の苦しさに俺はゆっくりとその場に倒れ込んだ。
「...っ...だれ...か...」
そうして声を上げようとしてみるが、呼吸もままならず上手く言葉が出てこなかった。
それどころか視界はどんどん暗くなっていく。
「...っ...」
遠のく意識の中聞こえてきたのは、風が吹き抜けるような自分の呼吸音だけで、森の中一人で死への恐怖ばかりが迫ってきた。
...いや....だ....死にたくない....。
すると、突然首辺りに鋭い痛みが走った。
それと同時に胸の苦しみが段々と治まってきて、呼吸も正常に戻っていった。
「もう、大丈夫だよ」
足音一つ立てることなく現れたのは、優しくて落ち着いた声をした、おかしな格好をした男だった。
「...せ...んせい...」
先生は俺の顔を見るといつも通りの笑顔を浮かべ、俺の身体を優しく持ち上げた。
「どうやら追いかけてきて正解だったようだね」
「...どう...し....て...」
「ほら、言った通りだろう?役に立つって。猛毒は時に良薬になる、君に投与した薬もだよ」
「...薬?」
「そう、薬草とか鉱石とかを砕いて作る薬で...今の小静には少し難しいかな。でも、君は賢いから直ぐに理解ができるはずだよ」
「...」
「おや、眠ってしまったみたいだね」
先生の言った通り、どうやら薬が効いてきたようで、俺は安堵から込み上げてきた眠気に一気に襲われ、ゆっくりと目を閉じていった。
微睡みの中、小さな歌声が聞こえてきた。
子守唄のようなその歌声は、どこまでも広い海のように優しくて暖かくて...。
そして、どこかとても悲しそうだった。




