2話
山奥にそびえ建つ不気味な寺屋敷。
そこは捨てられた子供達が集う場所で、知る人ぞ知るその寺は、子捨て寺と呼ばれているらしい。
子供を捨てたがっている親だけが、何故かこの場所を知ることができると妙な噂がたっている。
俺もその噂と同様に捨てられた。
しかし、あの家にいた頃よりも、ここでの暮らしはとても楽しかった。
皆が助け合って生活していることも、それぞれに役割があったことも変わらないが、俺がどんな失敗をしても皆笑って許してくれた。
それどころかコツを教えてくれたり、手伝ってくれたりと、とにかく優しくしてくれた。
先生もとても穏やかな人で、誰が何をしても、怒ったり騒いだりせず、ただ静かにその状況に笑顔を浮かべていた。
少し抜けていて、いつもどこか上の空な感じだけど、そんな先生だからこそ皆しっかりした子ばかりだった。
しかし、先生が唯一、しっかりしている時があった。
それは学校に通えなかった俺達に先生が勉学を教えるために開いた授業の時だ。
いつもはとぼけた先生だけど、授業をしている時だけはちゃんとした大人のように見えた。
そして、ここで俺は自分の才能に気がついた。
子供達の誰よりも勉強が得意だった。
教えられたこともコツコツと積み重ねて、直ぐに自分のものにしていくことができた。
そんな俺を先生も友達も沢山褒めてくれた。
初めて褒められた才能に、俺はこの上ない喜びを感じていた。
そうして俺は今日も一人、机に向かって教科書とにらめっこをしていた。
直ぐそばの縁側からは庭で遊ぶ友達の楽しそうな声がよく聞こえてくる。
ここでは基本、誰が何をしていようと自由だ。
授業も疎らで毎日ある訳ではなく、先生の気分によって内容もコロコロ変わる。
だけど俺は勉強が楽しくて、毎日本棚から様々な教科書を取り出してはにらめっこをしていた。
「ねぇ〜!ジンも一緒に遊ぼうよ〜!」
「あぁ、う、うん!これ終わったらね〜!」
座ってばかりの俺に友達が声を掛ける。
俺はそれに少し困ったような声で返事をした。
すると、突然足音一つも立てることなく、先生が目の前に現れて俺に話し掛けてきた。
「小静は運動が嫌いなの?」
「うわっ!び、びっくりした...」
「あぁ、ごめんね」
「運動が嫌いだとダメかな?」
「そんなことないよ、ただ気になっただけさ」
「...俺、生まれつき心臓が悪くて...だから、その、運動とかすると...苦しくて...」
「そう、なら無理をすることはないよ。そもそも嫌いなことなんてしなくていいのさ」
「そうなの?」
「僕は朝早く起きることが嫌いだから、いつも昼過ぎまで寝てる」
「う〜ん、それは流石に寝すぎだと思う...」
「あれ?」
先生はそう言って困り顔で頭を搔く。
俺はそんな先生を見て思わず忍び笑いをした。
「勉強で分からない所はないかい?」
「うん、大丈夫!」
「そう。何でも聞いてくれていいからね」
「じゃあ...先生はどうして足音がしないの?」
「...なんとなく、静かに歩く方が好きだからかな」
「髪に風車が刺さってるのも、なんとなく?」
「これは簪をなくした時に小洋からもらったんだよ」
「簪代わりに風車?」
「おかしいかい?」
「変だよ」
俺がそう言って笑うと、先生もそんな俺を見て笑顔を浮かべた。
「ジン〜!終わった〜?」
突然、元気な女の子の声が響く。
先程遊びに誘ってくれた子が、待ちきれずに再び俺に声を掛けてきたのだ。
俺は仕方なしに立ち上がろうとしたが、それを先生が止めた。
「小静は勉強したいそうだよ」
「そっか〜!でも、鬼ごっこで人数もっと欲しいよ〜!」
「なら僕が行こう」
そう言って先生は縁側から飛び出した。
子供達はそんな先生を見て、 嬉しそうな声を上げた。
「さぁ!僕が鬼だ、3つ数えたら行くよ!」
大きな声で先生はそう言って、数を数える。
子供達は一斉に走り逃げ出すが、3秒など直ぐに数え終わった先生が追いかけ出す。
先生は足がとても早い。
そして、走る時も歩く時と同様に足音一つ立てない。
そのため、迫り来る先生も後ろを見なくては気付くことができない。
俺は気になって先生の足を見ていた。
どうしてあんなに早いのに足音が立たないのだろうか。
足音だけではなく全体的に音が鳴らない。
一体、どうやって動いているのか。
ふと俺は立ち上がり、見ていて気がついたことを、いくつか試してみる。
少しだけ姿勢を低くしている?
それに靴が足と同化しているみたいだ。
小さいサイズを履いているのかな?
足場を選んで歩いているせいか、リズムも疎らで変だ。
でも、何より大事なのは足の着地の仕方だよな...。
足裏全体で丁寧に着地している。
俺はそろりそろりと不自然に縁側を歩く。
しかし、木製の床は軋む音がよく響き、どうしても音が鳴ってしまう。
やっぱり一朝一夕にできるものではないようだ。
でも、先生は『なんとなく』と言っていた。
今やってみて思うことだが、決して『なんとなく』でできることじゃない。
どんなに慎重に歩いていても少しは音が鳴る。
きっと先生は沢山練習をしたに違いない。
照れ隠しで『なんとなく』などと言ったのだろう。
俺はその事実に一人で勝手に納得して、悪戯に忍び笑いをした。
ふと、先生の方を見てみると、もう既に全員捕まえ終えてしまったようで、今度は逃げる方になった先生を、鬼となった生徒達が必死に追いかけ回している。
「先生早すぎ!捕まんないよ!」
「あははっ!ほらほら、頑張れ!数では君たちの方が有利なはずだよ!」
「行け行け!挟み撃ちだ!」
はしゃぐ皆の姿を俺は遠目で眺めていた。
その幸せな輪の中に多少なりとも憧れはあった。
しかし、そんな幸せを遠くからでも見ることができ、大好きな人達が幸せそうに笑っている景色を見られることが何よりも幸せだった。




