余談
本部に入って早々、俺はG209という機関に入れられた。
そこは不良のたまり場のような掃き溜めで、他の連中からは最悪機関と呼ばれていた。
まぁ、確かに血の気の多い奴ばかりで多少面倒くさいが、任務をこなせば簡単に金も手に入るし、畑仕事や薪割り、毎日のテストだってない...。
ここに来てから...というかあの日、男を殺してからどうやら俺の運の良さは消えたようだった。
雨には降られるし、任務では死にかけるし、味方の流れ弾に当たったことだってあった。
しかし、運の良さなど端から求めていない俺からしたら、どの不運も清々しいものだった。
ある日、俺はいつものように任務へ出た。
意味の分からない怪物共が、大量に暴れ狂う戦場へ駆り出されるという自殺のような任務だった。
野蛮な連中は勇み足で駆け抜けていき、敵に向かって飛びついていった。
首を刈り取った奴にはその分報酬が出るとのことで、皆必死になって敵を殺しに向かっていた。
俺はと言うと、任務参加によって与えられる最低限の金だけもらえたらいいと思っていたので、敵が多くいる場所を避けて一人煙草をふかしていた。
大きな岩の上に寝っ転がりながら、首にあるネックレスについた指輪を眺める。
あの不気味な悪魔が言っていた。
これは天使や悪魔に対抗することができる品物だと。
着けて殴れば天使はその身を汚されて苦しみ、悪魔はその身を浄化されて苦しむらしい。
本部の他の課には天使や悪魔がいるとは聞いていたが、そんなものに興味などなかった。
『天に使えし者達。彼らは主からの命によって、我々人間の歩む道を見守っているのよ。主のように崇めずとも感謝しましょう。彼らの優しい眼差しに』
ふと、そんな言葉を思い出す。
考えたくもない母の言葉やあの日の姿が鮮明に脳裏に過ぎる。
「...チッ...」
舌打ちを鳴らしてネックレスを胸元にしまう。
そして、全てを忘れるかのように煙を吸い込み吐き出した。
すると、突然空が暗くなった。
雨でも降るのかと目を開けて見上げると、そこには雨を降らせる雲などではなく、不気味な獣のような姿をした大きな怪物が、俺のことを覗き込むように見下ろしていた。
「あ...やべ...」
そう呟いたのも束の間、怪物は俺の足を掴むと思い切り遠くに向かって投げた。
俺の身体はまるでボールのように軽々と、弧を描くように宙を舞って、丁度近くにあった川へと落ちた。
その川は深くて、投げられた拍子に意識が飛んでしまった俺はゆっくりと沈んでいった。
...あぁ、クソ...こんなとこで死ぬのかよ...。
まぁ、長生きしたかった訳でもなかったが...。
水はもう懲り懲りだ...あ?懲り懲り?
遠のく意識の中、俺は以前にも同じことがあったような思いがして、遥か昔の遠い記憶に思考を巡らせた。
そうだ...あの時...苦しくて...。
今にも死にそうだって時に声が聞こえたんだ。
遠くの...陽の光から...。
『その身を清めし者よ。洗礼により、生まれ変わることを許します』
その声に俺は意識を取り戻すと、慌てて水面から顔を出した。
「...ゲホッゲホッ!...はぁ...はぁ...何だ...?」
切れる息を整えながら、自分の身体を見る。
すると、あれだけの衝撃だったにも関わらず、どこにも痛みなどなく、無傷であった。
...まさか...な。
聞こえた声に怪我のない身体...。
それらにどことなく既視感を覚えて首を傾げていると、少し離れた場所にいた指揮官が俺に向かって大声を上げた。
「ヨハネ!前を見ろ!」
そう言われて咄嗟に前を向く。
すると、先程俺を投げた大きな鬼のような怪物が、こちら目掛けてとんでもない勢いで走ってくる姿が目に入ってきた。
既に目の前まで迫っている状況で、避けることは到底不可能と確信した俺は、骨を折る覚悟で攻撃を受け止めようと身構える。
すると、俺に向かって突撃してくる怪物がもうぶつかるという直前に不自然によろけて進路を変えた。
そして、直ぐ近くにいた味方の集まりに向かって、突撃するように転けて行った。
「...は?」
怪物に轢かれた味方達は呻き声を上げていて、腕や足が明後日の方向へ曲がってしまっている。
すると、呆気に取られる俺に指揮官が近づいて来て声をかけてきた。
「戦場で余所見とは命取りだぞ」
「...え、あぁ、すみません...」
「死にたくなければ死ぬ気で戦え」
「...うっす...」
「...まぁ、今回は“運が良かった”な」
その言葉に俺は固まった。
指揮官はそんな俺を不思議そうに見ていたが、直ぐに怪我をした奴らの方へと走り去って行った。
「...ははっ...いや、いやいや!まさかな...」
ご覧戴き、ありがとうございました。
〜神のひとり子〜章
はこれにて完結です。
『Gehenna』はまだまだ続きます。




