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Gehenna-ゲヘナ-  作者: Filmrêve(フィルムレーヴ)
神のひとり子
38/104

8話

雨が降り続く森の中、俺は隠した缶の箱から煙草とマッチを取りだして、一人静かにその煙を吸っていた。


「...ふぅ...」


初めて吸う煙草は苦くて、全く美味しくはなかった。

しかし、思考が鈍るような幸福感があり、今の俺にはピッタリの品物だった。


無心で煙草を吹かしていると、突然森の奥から足音が聞こえてきた。


「おや、ここにいたのですか?」


そう言って俺の真横に立ったのは、長い髪を結び、手にアタッシュケースを持った、全身黒いスーツを着た一人の女だった。

だが、おかしなことにその声は不気味な男の声をしていて、まるでその女のものには思えなかった。


俺が無言でその女を見つめていると、女はその無表情な様子からは想像がつかないような、跳ねた声色で話し出した。


「おや、思ったよりも精神を病んでいるみたいですね。(やつがれ)の姿に驚かないなんて大したものです」

「...」

「おっと失礼、色々と順番を間違えました。僕はケースと申します。どこにでもいる普通の女の子...ん?この見た目はもう少し年上でしょうか?」


血だらけで煙草を吹かして黙り込む男と、頭のイカれた女が話すこの光景を見たら、きっと通報されていたことだろう。


「ん〜?お話は嫌いですか?それともお口が使えないのですか?」

「...うるせぇな...黙ってろ...」


やっと口を開いた俺を見て、女は無表情のまま喜ぶ仕草を見せた。


「良かった、会話はできるのですね。でも、お話は嫌いなようなので、手短に話します」

「...いや、黙ってろっつってんだよ」

「僕は悪魔商品を回収しに来ました。赤い宝石がついた小さな指輪のことです」


それを聞いて、俺は女に殴りかかった。

女は俺の拳を意図も容易く片手で受け止めて、無表情のまま声だけ笑っていた。


「物騒な方だ...ん?」


女は何か違和感を覚えたようだった。

そして、その違和感は聞くまでもなく理解できた。

俺の拳を受け止めた女の手の平には、焼けただれたような跡ができていて、皮膚の燃える音と共に黒い煙が上がっていたのだ。


「...は?」

「おや、指輪を持っていたのですか?これは油断しました」

「...お前何だ?アイツらの仲間じゃねぇのかよ」


俺の言葉に無表情な女は、手に持ったアタッシュケースをこちらに向けて、その鍵を開いた。

すると、アタッシュケースは何故か独りでに開き始め、ニッコリと口のように笑った。


「人間と間違えていただけるだなんて光栄です。しかしながらあなたを食べる気はないので明かしましょう」

「...っ!」

「僕は悪魔と呼ばれるものです。こちらの女性はアンコウの提灯だと思っていただければ、理解が早いかと思います」

「悪魔...」

「はい、僕はあなたを知っています。あなたはよくこの森を訪れる少年。僕の落し物を拾ってくださった心優しい方です」

「落し物?」

「その箱に入っているものです」


悪魔はそう言って、俺の隣に置かれた箱を指さした。

中には見たこともない動物の描かれたコインが入っていた。


「これ、てめぇのか?」

「はい、それはここを調査に来た時に僕が落とした、悪魔界で使われている硬貨です」

「...この指輪もてめぇのか?」


俺は睨みつけながら悪魔に問い掛けた。


このクソ悪趣味な指輪のせいで...母さんは...。


そんな俺の考えを見透かして、悪魔はアタッシュケースの姿で笑う。


「いいえ、言ったはずです。それは悪魔の商品、本来は人間界にあってはならないもの。僕はただそれを回収しに来ただけです」

「...訳分かんねぇことばっかり言ってんじゃねぇよ」


悪魔の商品?人間界?

こいつさっきから何を言ってんだ...。


「そうですね、話が逸れました。しかし、あなたの物語はとても面白かった!」

「...あ?」

「神にその身を認められていたというのに全てを否定して、あまつさえ警告を無視して人も殺した。命を奪いました」

「...っ」


どうしてそのことを知っているのか、などという疑問はこの非常識な存在に聞くのは、あまりに無意味に思えた。

ケースと名乗るその悪魔は、無表情な女性に考える素振りをさせて、何かを閃いたかのようにポンと手を叩いた。


「決めました、あなたを本部に連れ帰ります」

「は?」

「見るにあなたは戦闘でも役に立ちそうですし、素晴らしい名案だと思います」

「おい待て、誰をどこに連れて帰るって?」

「あなたもここにはいられないでしょう?」


その言葉に俺は少したじろいだ。

悪魔はそんな様子を見て、カバンの姿で笑った。


「あなたは身寄りのない殺人鬼、どこにも居場所なんてない。それなら、あなたも死んだことにしましょう。そして、本部に来ればいい」

「...本部?」

「本部、オルドとは世界の秩序を保つ機関。人間界で言うところの裏組織と呼ばれるものです。オルドに来たらあなたの罪は問われません。衣食住も手に入るし、お給料も出ます」

「...断ったら?」

「ここまで話を聞いてしまったら、残念ながら断ることはできません。だから...」


そう言いかけて悪魔はカバン...いや、口を大きく開けて、その中の真っ暗な空虚をこちらに向けた。


「僕の口に入っていただくことになりますね」

「...っ...ははっ...化物かよ...」

「いえ、僕は悪魔です」


引きつった笑いを浮かべる俺を見て、カバンを持っていた女がそれを閉じて顔を近づけた。


「僕はできればあなたを食べたくはありません。だから、一緒に来てください。これは新しい人生を歩く最後のチャンスです」

「...新しい人生ね...悪くねぇな」

「では、承諾していただけますか?」

「勘違いすんなよ、俺は誰も信じないし期待もしない。こんな所で捕まりたくないってだけだ」

「...えぇ、勿論です」


互いに承諾をすると、突然女は俺の手を指差した。

その拳の中には小さな指輪が入っていた。


「そうそう、それはあなたが持っていていいですよ。僕が回収するより余程面白そうだ」

「...これ何なんだよ?」


俺が問い掛けると、女は無表情のまま、悪魔の笑い声だけが聞こえてきた。


「それは本部でお話致します。さぁ、一緒に行きましょう」


そう言われて悪魔と共に俺は森の奥へと姿を消した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


そして、俺は本部に入った。


正直言えば本部もクソみたいな所だった。

仕事も面倒事も多いし、規則だらけで息が詰まる。

しかし、あの田舎町に比べればマシである。


己の力で物事を解決できる本部。

指図する奴は全員俺がねじ伏せる。

俺こそが洗礼者ヨハネだ。

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