6話
朝、いつも通り母に見送られて家を出る。
しかし、今日は畑の方には向かわず、一直線に森の方へと向かった。
あの指輪は間違いなくアイツらのものだ。
厳つい男達と紳士服の男...絶対なんかヤバいだろ。
そんなに価値があるものなのか?
いや、とにかく持っているのは危ない。
さっさとアイツらに返しちまおう。
そんなことを考えてながら周りを気にして、俺は森の中を縫うように歩いて行った。
向かった先は勿論、あの一本の木がある場所。
その下に辿り着くと俺は木に登って、隠してある缶の箱を見つけた。
内心、あの連中が先に見つけ出していたらと、少しヒヤヒヤしていたが、その心配も杞憂に、箱の中にはいつも通り、数枚のコインと煙草とマッチ、例の指輪が入っていた。
あった...これを探しに来ていたんだな。
そんなにいいもんなのか?
綺麗だけどなんか不気味っつうか...。
だが、高価なのは見てわかる...返すのは少し惜しい気もするな。
そんなことを考えながら、指輪を取り出し、空に向けて見上げるようにして眺めていると、その指輪の穴から灰色の雲が俺の視界に映り出した。
「あ?なんだ?いきなり暗く...」
そう言いかけたのも束の間、突然雨が降り出してきた。
俺は大急ぎで箱を戻して木から降りると、雨宿りができる場所はないかと辺りを見回した。
すると、まるで用意されていたかのように、大きな葉が重なってできた屋根があったので、慌ててその下へと入り込んだ。
「急変し過ぎだろ...」
幸い、早く避難できたからあまり濡れることはなかったが、雨は凄まじい勢いで降っていて、これではしばらく帰れそうにない。
俺はため息をこぼしながら、服についた滴を払っていた。
本当に雨宿りには持ってこいの場所だな。
葉はこんな風に重なって育つものだったか?
...また、運が良かったってやつか。
いや、雨に降られている時点で運なんてもんはねぇか。
こんなことは初めてだった。
俺が出かければ、必ずと言うほど空は晴れていて、もっと言えば俺が外に出た途端に雨が止むことだってあった。
しかし、今日はどうしたのだろうか。
雨は一向に止む気配などなく、まるで俺を足止めするかのように降り懸かっていた。
「....」
ふと、雨の中の静寂に違和感を感じた。
あるのは木ばかりのいつも通りの森、何もおかしなところはないはずだった。
しかし、何かが引っかかる。
何だ...この妙な感じ....。
俺は謎の胸騒ぎに襲われて、思わず滴を払う手を止めた。
何か良くないことが起きるような、そんな不安が俺の頭を覆い尽くす。
何だこの不安は...。指輪はちゃんと回収した。
雨が止んだら直ぐに家に戻って、母に道端で見つけたと言って渡せば済む話だ。
後は母がアイツらに返してくれるだろう。
そうだ、雨が止んだら...直ぐに...。
「...っ...あぁ...クソ!」
痺れを切らした俺は土砂降りの中、勢いよく走り出した。
足場の悪い森の中は、雨のせいで普段よりも走りにくい。
しかし、俺はぬかるむ地面を蹴り上げて、視界の悪い雨の中を、切るように走り抜けた。
右も左も分からなくなりそうな森の中、真っ直ぐ家の方へと向かう。
すると、そんな俺の行く手を阻むように、雨は勢いを増して滝のように降り懸かかった。
『戻ってはいけない』
騒がしい雨音の中、そんな声が聞こえたような気がしたが、俺は止まることなく走る。
『戻ってはいけない』
声は何度も忠告をしてきた。
だが、俺は全てを無視して走り続けた。
...クソっ...何なんだよ...何が起きてるんだよ!
訳も分からず走っていると、直ぐに家が見えてきた。
その時、既に空は嵐となっていて、バケツを引っくり返したように雨が降りかかり、近くに雷の音まで聞こえてくる。
俺は全身ずぶ濡れのまま、ようやく扉の前に立った。
「...はぁ...はぁ...はぁ...」
走り続けた疲労感が一気に襲ってくる。
切れた息を整えながら、扉を開けようとドアノブに手をかけた時、家の中で何かが割れる音がした。
そして、それに反応して聞き覚えの無い声が聞こえてきた。
「おい、気をつけろ」
「...すみません、でも、俺...」
「ゴタゴタ言ってんじゃねぇ、さっさと探せ!」
声を潜めて話す数人の男の声。
家の中の物を漁り、何かを探しているようだ。
一人は怯えているのか声が震えていて、リーダーのような男が何やら怒っている。
「クソ...どこにあんだよ」
「やっぱりこの家にはないんじゃ...」
「ここのすぐ裏が森なんだぞ?盗むならこの家の連中に決まってる」
「あのガキどこに行ったんですかね?」
「知るかよ!他のガキ共と遊びにでも行ってんだろ!...まぁ、どっちにしろ“運の良い”奴だな。もしいたのならこの女みたく死んでいたかもしれねぇしな」
...は?
「...すみません、殺すつもりじゃ...」
「分かってるからお前は黙ってろ!殺っちまったもんはしょうがねぇ...。とっととあれを探して戻るぞ。見つからなかったら今度は俺らが殺される」
「...はい」
「あ、あと、ガキが戻ってきたら面倒だ。扉の前、見張っとけ」
「こんなに酷い嵐なんですから帰ってなんて来ませんよ」
「念には念をだよ!これ以上、人を始末するなんて俺は御免だぞ!」
男達の会話に俺はしばらく固まっていたつもりだったが、気づくと俺の身体は扉を開けていて、部屋の真ん中に倒れる母の姿を目の当たりにしていた。
頭から血を流して目を見開いて倒れる母。
息をしてないのは確認するまでもなかった。
嵐のせいだろうか、男達が必死になって探し物をしていたせいか、扉を開けた俺の存在に誰も気がつくことはなかった。
そう、“運の良い”ことに...。




