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Gehenna-ゲヘナ-  作者: Filmrêve(フィルムレーヴ)
神のひとり子
35/104

5話


「あら、ヨハネのお友達かしら?」


母はそう言ってニッコリ笑いながら、俺の近くに立つ少年に向かってに話し掛けた。


「はい、レジェスと言います。ヨハネくんとは先程知り合ったばかりなのですが、とても純粋で良い子ですね」

「...は?」


レジェスの言葉に俺は思わず声が出た。

先程と打って変わったような態度で、母に笑いかける彼に怒りというか呆れが込み上げる。


「うふふっ、ありがとう」

「ヨハネってイエスキリストの弟子のことですよね?素敵なお名前を付けましたね」

「...あら、よくご存知ね」

「ええ、僕もキリスト教徒ですから。よければもっとお話しませんか?」


こいつ、母にまでつけ入りやがって、どこまで人をコケにしたら気が済むんだ...。


俺がレジェスに罵声を浴びせようと口を開こうとすると、それに勘づいた母が俺の前に手を差し出して止める。


「勉強熱心な子ね、とても素晴らしいわ」

「ありがとうございます」

「...レジェスくんだったかな?ヨハネは使徒ではなく洗礼者の方なの。この子の洗礼名でもあるから間違えると主がお怒りになるわ」

「...え?」

「あ、あと、主の名前を淫らに呼んではいけないわ。十戒の一つでもあるから、破ってはいけないわよ?」

「...あ...えっと...」

「それに、あなたは隣人に対し、偽りの証言をしてはならないわ。これも十戒の一つだから気をつけましょうね」

「...」

「聖書お貸しましょうか?」


その言葉にレジェスは顔を赤らめて、悔しそうな表情で母を睨んでいた。

俺はその様子を呆気に取られて見ていた。


母の厄介な所は、この言葉全てに悪気がないというところだ。

本当に心からの善意でそう言っていて、馬鹿にしているわけでもないので、言い返すことすらできない。

何だか少し彼が可哀想に思えてきた。


黙り込んだレジェスを心配して、母が手を差し伸べようとすると、彼はそれを払い除けて走り去ってしまった。


「あらら、どうしちゃったのかしら?」

「...ぶっ...くくくっ...だははは!」


とぼけた顔で不思議がる母は、笑い出した俺を見て少し不思議そうな顔をしていたが、直ぐに同じように笑い始めた。


ひとしきり笑い終えると、俺は母と共に家へと歩き出した。

少しの間、昨日と同じような沈黙が続いたが、俺の前を歩く母が突然話し出した。


「『義のために迫害される人々は、幸いである、 天の国はその人たちのものである。』」

「...マタイ福音書の五章」

「そうよ」

「何だよ突然」

「今のあなたに必要な言葉だと思ったの」

「あっそ」

「それからね...」


母はそう言って少し黙った。

俺は何も聞かずに下を向いて歩いていたが、しばらくして申し訳なさそうな声で母が呟いた。


「...叩いてごめんね」


その言葉にハッとして俺は母の背中を見た。


母は確かに頭がおかしいかもしれない。

重度のキリスト信者で、その思想を押しつける身勝手な人なのかもしれない。

それでも...この人を嫌いになれないのは、その心の中に誰よりも慈悲深い母がいるからだった。


口が悪くて可愛げの一つもないクソガキを我が子と慈しみ、叩いたことを悔やむ心優しい母。

俺は彼女がいる限り、このクソみたいな田舎から出て行くことはきっとないのだろう。


まぁ、息子の言葉を信用しないで思い切り引っ叩いといて、矛盾してるとは思うけど。


「...今度は左の頬でも差し出せばいいか?」


俺が冗談混じりにそう言うと、母はこちらを見てクスリと笑った。

その笑顔は聖母マリアにも劣らぬほど美しく、優しかった。


家に帰ると二人で少し遅めの夕食を食べた。

食事の時の沈黙は今朝のような気まづさはなくて、いつも通り、食に対する感謝を込めたものだった。


「...父よ、感謝のうちにこの食事を終わります。あなたの慈しみを忘れず、全ての人の幸せを祈りながら。父と子と聖霊の名によって、アーメン」


そう言って二人で食事を終え、俺が水を飲んでいると、突然母が尋ねてきた。


「ねぇ、あなた指輪を見なかった?」

「ぶっ!」


突然の話に俺は飲んでいた水を吹き出した。


「...う...ゲホッゲホッ!」

「ちょっと、大丈夫?」

「...な、な、何で突然、指輪なんて...」

「昨日来た方達がね、この町を通った時に指輪を落としたかもしれないって仰っててね。聞いて廻っているらしいのよ」

「へ、へぇー...」

「とても大切なものみたいで困っているようだったから力になりたいのだけど...。指輪なんて我が家には無縁のものだし...」

「そ、そ、そうだなー」


俺が少し焦りがこもった返事をしていると、何を勘違いしたのか母は困った顔を浮かべた。


「ヨハネがね私のこと思ってくれるのは嬉しいわ。いつも心配してくれているのも知ってるし、私がそそっかしくて頼りないのも知ってるわ。でもね、熱心に主の教えも聞いてくださる方達でね、決して悪い人達じゃないのよ?」

「...ん?お、おぉ」

「だから、協力してあげましょう?もし見かけたら私に教えて」

「...分かった」


指輪...いや、あれとは限らないよな...。

ていうか森に落ちてたんだし、もしアイツらのものだとしたらどこ歩いてんだって話だろ。


「ち、因みに聞くけどさ、どんな指輪なの?」


俺は落ち着くためにもう一度水を飲みながら母に尋ねる。


「確か...羽の形をしたリングに、赤い宝石がついてるものらしいわ」


それを聞いて俺は再び水を吹き出した。

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