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Gehenna-ゲヘナ-  作者: Filmrêve(フィルムレーヴ)
神のひとり子
34/104

4話

レジェスとの会話に俺は思わず時間を忘れてしまい、気づくと辺りは薄暗くなってしまっていた。


さすがに暗くなってきたな。

そろそろ帰らないと母が心配して迎えに来るかもしれない。

そうなったら少し面倒だ。


「悪い、俺そろそろ帰らないと...」

「しっ!」


突然、レジェスはそう言って、俺の口を塞いだ。

俺は驚いて彼の方を睨みつける。


「っ何だよ!」

「あれ、あそこ見て!」


ヒソヒソと二人で声をひそめて話す。

俺が言われた通りレジェスの指差す方を見てみると、一匹の蝶がヒラヒラと宙を舞っていた。

見たこともない世にも不思議な紫色をしたその蝶は、感嘆の息がこぼれるほど美しかった。


「あの蝶を探していたんだ、綺麗だろう?」

「...おぉ」

「中々見られるものじゃないよ?君は運がいいね」

「運ね...」


その言葉に俺は既視感を覚えたが、真剣な彼の眼差しの方が気になった。


「...あれ、捕りたいのか?」

「あぁ...でも、飛ぶのがとても速いんだ。僕らに気づいたら、きっとすぐに飛んで行ってしまう」


レジェスはそう言って少し悲し気な表情を浮かべる。

そんな彼を見て俺はニッコリ笑うと、近くにあった花を手に取った。


「ここで待ってろ」

「あ、ちょっと!」


俺は制止する彼の言葉を無視してゆっくりと蝶に近づく。

そして、持っていた花を蝶に向かって差し出した。


「そんなもので...」


レジェスはそう言って一瞬呆れ顔を浮かべたが、不思議なことに蝶は優雅にはためいて、俺の持つ花に引き寄せられるようにとまった。


「...そんなもので?」


俺は少し小馬鹿にするようにそう言って、蝶の羽根を掴んで捕えると、呆気に取られた彼の元まで近づけた。


「ほら、要らねぇのか?」

「...君、すごいね!」

「あ?あぁ、まあな」


以前にも言ったように、俺は何かと運がいい。

いつもなら望まないことであったが、どうやら今回に関しては役に立ったようだ。

まぁ、俺が選んだ花がたまたまこの蝶の気に入るものだった...というだけであると思うが。


「あ、ちょっとこれ持ってろ」


ふと、俺は思い出したことがあり、レジェスに蝶を預けた。

彼はそれを受け取ると、輝いた目で見つめていた。


確かこの辺にあったはずなんだが...あ、あった。


探しに行ったのは農具などがしまってある荷物箱だった。

俺はそこに入った植物の種を入れておくための瓶を見つけると、それを手に取って彼の元へ駆け寄る。


「おーい、これに入れて持って帰れよ...」


そう言ってレジェスがいる方に近づくと、蝶は羽根も掴んでもいないのに、彼の手の中で静かにとまっていた。


それもそのはずだった。

その胴体には小さな針が刺さっていて、蝶は既に息絶えていたしまっていたのだ。


「...え?」

「あぁ、ヨハネ、ありがとう。でもこのまま持ち帰れるから大丈夫だよ。君の物を借りるのも悪いしね」

「...お前何してんの?」

「何って...下準備だよ。持ち帰って標本にするのさ」


彼は死んだ蝶をウットリと眺め、薄気味悪い笑顔を浮かべた。


「...俺もう帰るわ」

「え、そうなの?」

「おぉ、もう暗くなるし田舎町に街灯はねぇから、お前もとっとと帰れよ」

「...あぁ」


俺が荷物を持ってそさくさと帰ろうとしたその時、背後から小さな囁き声が聞こえた。


「...これだから平民は...」

「あ?」

「おっと、耳がいいんだね」


レジェスはそう言って細く笑んだかと思うと、恐ろしい悪魔のような瞳でこちらを睨んだ。


「君のような人間には分からないさ、こんなへんぴな田舎しか知らない君には。永遠に美しさを閉じ込めることのできる、この行為の素晴らしさなんて」

「何言って...」

「あ、それともキリスト信者には受け入れられないのかな?」


その言葉に俺は驚きの表情を浮かべ、黙り込んでしまった。


「君、あの森の近くの家の子だろう?『頭のおかしいキリスト信者が住んでる』っていう噂の」

「...何で...」

「名前を聞いて直ぐに分かったよ。使徒の名前を付けるなんて...よっぽどだね」

「...」

「それで、君は僕に祈りでも捧げてくれるのかな?おぉ、神よ!哀れな少年に慈悲を!...なんてね。あははっ!」


彼はそう言って馬鹿にするように笑った。


「こんな田舎町、父に連れられてなかったら絶対に来なかったけど...欲しいものは手に入るし、面白いものは見れるし、案外悪くないね」

「...満足したかよ」


俺の言葉にレジェスは一瞬、わざとらしくとぼけた顔をしてから、嫌味に満ちた笑顔を浮かべた。


「あぁ!君はなんて可哀想なんだろうね!こんな僻地で迫害されて居場所もなくて、なんて哀れで可哀想なんだろうね!」


そう言う彼の言葉には哀れみなどというものは一切なく、ニタニタと意地の悪い笑顔ばかりが癪に触った。


自分勝手に可哀想なんて位置づけて悦に浸ってんじゃねぇよ!

てめぇなんかにそんなこと言われる筋合い、これっぽっちもねぇんだよ!


そう言い返せば良かったのに、何故か上手く言葉が出なかった。


初めてできた友達、楽しかった時間、それら全てを否定され、 裏切られた感覚になったのだと思う。

俺にしては随分可愛らしいものだ。


唇を噛み締めて、目の前で笑う彼を睨みつけ、今すぐにでも殴りかかってやろうと思ったその時だった。


「ヨハネ」


聞き慣れた声がした。

優しくて美しい川のせせらぎのような声。

振り返るとそこには、いつも通り微笑む母の姿があった。

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