余談
本部に所属して数日、俺は実戦と呼ばれる部隊で訓練と経験を積み、あっという間に上り詰めていった。
要領は軍にいた頃と同じで、上からの指令による任務を完遂するのみ。
俺にとっては造作もないことだった。
しかし、軍にいた頃よりも不快を覚えるような気分の悪い任務が多くあり、俺は段々と上り詰めることに躊躇いを感じ始めた。
世界の平和のために失ってもいい命があるのか、区別してもいい命があるのか、それは軍にいた頃も抱いていた疑念だったが、この本部という場所では、更にその疑念を強く感じた。
まだ何もしていない人間、家族や大切な人のいる人間、素性のよく知れない人間。
なぜ彼らを消す必要があるのか、どれだけ上り詰めてもその答えを知ることはできなかった。
それに加えて不可解なこともあった。
時折、電子機器に送られてくるおかしなメール。
それを開いた同僚が次々と姿を消していった。
一体この組織では何が行われているのか。
本部への不審感ばかりが着々と俺の中で育っていった。
今日もまた俺は任務へと向かい、不気味な森を一人でさまよっていた。
ここには悪事を企む人間が数名身を隠しており、それらを秘密裏に消すことが今回の任務だった。
だが、その人間がどんな悪事を働くのか。
そう言った詳細はやはり知らされておらず、俺は本当にこの任務を果たすべきか、悩みながら森を歩いていた。
すると、突然音が止んだ。
鳥の囀りや風の音まで、音という音が突如として完全に消えたのだ。
不自然なその状況に俺は直ぐに辺りを警戒した。
そして、不穏なその気配に一瞬にして全身が強ばった。
森の奥から何かが近づいてくる。
その何かは音一つたてることなく、恐ろしい速さでこちらに向かってくる。
俺は目を見開いてその方向を見つめる。
しばらくして森の中から姿を現したのは、獣の形をしたドス黒い色の何かだった。
それは異様な殺気と圧があって、見たこともないその姿に、一瞬、俺の足がたじろいだ。
「...これこそ正しく...“怪物”じゃないか」
俺がポツリとそう呟くと、その怪物は悲鳴のような鳴き声を上げて、こちらに向かって猛突進してきた。
その速さと距離から、退くことはできないと判断した俺は、正面からその攻撃を受け止めようと身構える。
まともな人間なら決してしない行動であった。
死を覚悟して全身の筋肉を強ばらせ、今にも怪物と衝突しようとしたその瞬間、突如として俺の背後からもう一つの気配が現れた。
そして、俺が振り返るよりも先に、気配のする方から怪物目掛けて不思議な力が放たれた。
すると怪物の体はまるで大砲でも食らったかのように木っ端微塵となり、散り散りとなってしまった。
「そんなものまともに受けたら死ぬよ」
どこからか声が聞こえた。
しかし、振り返った先には誰もおらず、ふと空を見上げてみると、宙に一人の男が立っていた。
俺が唖然として見ていると、男はゆっくりとこちらに向かって、まるで階段を下りるかのように近づいてきた。
「お前さ死にたいの?」
少し口の悪いその男は、高身長に美しい白髪、黒いスーツに片目に眼帯をつけていて、もう片方の目にはガラスのように澄んだ透明な瞳が浮かんでおり、その瞳は真っ直ぐと俺を捉えていた。
未来が見える不思議な少女、ユリの名前を持つ彼女が言った通りの男。
俺はそんな男を見て彼女のことを思い出し、思わず笑みがこぼた。
「うわ、怖!何いきなり笑ってんの?マジでキモイよお前」
男はそう言って手で吐く真似をして、馬鹿にするような、煽るような仕草を見せた。
...本当にこの男でいいのだろうか?
そんな多少の不安を抱きながら、俺はこのふざけた男、カラレスと共に歩み始めたのだ。
ご覧戴き、ありがとうございました。
〜最強の戦士〜章
はこれにて完結です。
『Gehenna』はまだまだ続きます。




