3話
写真の裏に小さく書かれた『アルバ』という文字。
恐らく誰かの名前だろう。
そして、その誰かはこの写真の女性に違いない。
ママの...名前...よね?
知らなかった...こんなところに書いてあったなんて。
「アルバ...私のママはアルバ...」
私は写真を優しく抱きしめ、その名前を確かめるようにつぶやく。
会ったことも話したことも無いママ。
昔は話したのかもしれないけど、私は彼女のことを何一つ知らなかった。
ただ皆に愛された女優だということしか、パパから聞いたことがなかったから。
今、彼女の名前が分かって、少しだけ彼女を近くに感じた気がした。
その喜びを噛み締めるように、胸の中で何度も彼女の名前を呼んだ。
そうだ、パパに聞いてみよう。
きっと驚くことだろう。
教えてもないママの名前を私が知っていたら、超能力者とでも思うだろうか。
私は浮き足立ってパパを呼ぼうと扉の前に立った。
そして、扉をノックしようとした時、向こう側からも同じようにノックをする音が聞こえた。
「...レイ、いるかい?」
驚いた、やはり親子って似るものなのね。
「いるわよ、パパ。ねぇ、聞きたいことが...」
「よかった、お前に聞きたいことがあってね。
さっきの話の続きというか、
その...誘拐の話ではなくて、いや、その話なんだが...」
パパは珍しく私の話を遮って話しを続ける。
しかし、慌ててるのか興奮しているのか、話が纏まってなくて何を言いたいのかさっぱり分からなかった。
「ちょ、ちょっと落ちついて、パパ。
何が話したいのかもう少し考えてみて」
「...モデルの男の子のこと、気になるかい?」
「気になるって...まぁ、可愛い子だと思ったわ」
「...誘拐されたことについてはどう思う?」
訳の分からないことを突然聞いてくるパパに、
私は困惑しながらも、真面目に答えていく。
「誘拐されちゃったとしたらおっかないって思ったわ。
あと、あんな可愛い子を独り占めしようとする人の気が知れないとも思ったわ」
「...そうか...そうだな」
パパはそう呟いて扉の前から去ろうとした。
しかし、私は慌ててパパを引き留めようと咄嗟に彼女の名前を出した。
「っアルバ!...って知ってる?」
私がそう言うと、足早に去ろうとしたパパの足音がピタリと止まった。
「...何?」
「アルバ、私のママの名前でしょ?」
「...どうしてそれを?」
「実はママが私に会いに来て教えてくれたのよ」
驚いているパパに悪戯心が湧いてきて、私は抑えきれない笑いを零しながら冗談のつもりでそう言った。
しかし、パパはそんな冗談などまるで聞きもせず、私に問い続けた。
「...どこでそれを知ったんだ?」
「だから、パパに内緒でママに...」
「そんな筈はない」
またしてもパパは私の話を遮った。
段々と声色の暗くなるパパが少し怖くなり、私は冗談をやめて真面目に返答をした。
「写真の裏に書いてあったの」
「...あぁ」
「どうしてそんなに怒ってるの?」
「...怒ってないよ」
「でも、怒られてるみたいだったわ」
「...すまない」
「...ママの名前ってアルバって言うの?」
「...そうだよ」
「ふ〜ん、素敵な名前ね」
「...あぁ、そうだね」
なんだか気まずい雰囲気が漂い、私は咄嗟に話題を変えた。
「そういえば、パパの名前はなんて言うの?」
「...ニコラウ」
「へ?」
「...ニコラウだ」
「へ〜!ベンジャミンだと思ってた!」
私が驚いてそう言うと、扉の向こうからパパの笑い声が聞こえた。
「...どうして」
「なんとなくのイメーシよ!ねぇ、私は?」
「...レイ」
「それって愛称じゃないの?」
「...夕食の準備をしなきゃいけないから後でな」
突然そう言ってパパは扉の前から去っていった。
今度は私も引き止めることはせず、むしろパパがいなくなって一安心した。
前から薄々思ってたことだけど、パパってたまに情緒不安定なのよね。
...なんか疲れたわ。
私は伸びをしながら椅子に座って、ほっと一息ついた。
「そうだ!」
そう言って私はパソコンを起動させて検索ウェブサイトを開いた。
そして、先程聞いたママの名前を検索した。
【アルバ 名前】
『ラテン語で「白」「純白」「夜明け」という意味。』
ママのイメージにピッタリの名前ね!
私は何故か誇らしげにその結果を見て、今度はパパの名前を検索した。
【ニコラウ 名前】
『ギリシャ語で「仲間との勝利」という意味。』
へー!勇ましい名前ね!
やっぱりパパって男らしい殿方なのね...。
私の好みとは違うけど、まぁ、有りね。
何故か自分本位に評価をして満足すると、パソコンの画面を頬杖をついて眺めた。
ふと、 思いついたことがあり、再びキーボードに手を置く。
【アルバ 舞台女優】
沢山の検索結果がズラリと出てきたが、どれもママとは関係の無いものばかりで、普通なら直ぐに諦めるところだが、生憎、私には時間というものが嫌程ある。
ゆっくりとスクロールしながらそれらしい記事を探して言った。
『舞台女優特集!〜ランキング〜』
『待望の公開 舞台劇場アルカナの薔薇』
『アルバート・アインシュタイン とは?』
『アルバー二 ロレイン 主役決定』
『女優 アルバ 結婚発表』
ふと、一つの記事に目が止まり、私は検索結果の下の方の記事をクリックした。
『舞台女優として有名なアルバ サルダーニャが一般男性との結婚を発表!
密かに妊娠していたことも明らかとなった。
今後の彼女の活動については...』
長々とした記事には写真がついており、そこには写真立てに飾られた女性と同じ顔をした女の人が幸せそうに笑っていた。




