8話
荒野を一人の少女が歩いていく。
白金の髪に不思議な瞳を持った少女。
彼女が向かう先は軍人の蔓延る基地...ではなく、さらに荒野を突き進んだ先にある森だった。
その奥の拓けたところで、近くが崖になった場所。
少女はそこで歩みを止めた。
しばらくすると森の中から一つの足音が近づいてきた。
少女はそれに気がつくと、音のする方に視線を向けた。
現れたのは軍服を着た男だった。
ガタイのいいその男は少女を見ると、不敵な笑みを浮かべた。
「仕留めたようだな、天使」
「...言われた通りにしたわ、グスタフ」
「銃で撃っても死なないと言われた奴でも、地雷を食らえば流石に息絶えるだろう。それにしてもよく爆弾を手に入れたな。どうやった?」
「...」
「ふんっ、まぁ、いいさ。計画通り奴を始末してくれたのだから」
「...そう」
「あぁ...やっと消えてくれたな...バートラム。これでお前に怯える日々は二度と来ないだろう」
「...彼に怯えていたの?」
少女の問い掛けに、男は顔を強ばらせ、怒りを沈めるかのように拳を握り締めた。
「貴様には分かるまい。軍隊というのはいつだって下克上。奴が成果をあげる度、俺の立場が危うくなる。後から入ってきた若造のくせに...俺よりも評価されるなんて、気に食わん!」
「...くだらない」
「何だと?」
「なんでもないわ」
「ふんっ!貴様も気に食わんが、言ったことは当たるようだな」
「...」
「馬鹿どもが貴様の言ったことを報告しなかった時は少々焦ったがな。全く...本当に奴は優秀だ...いや、優秀だったな!」
そう言って男は腹の底から笑った。
少女はそんな男の様子を虚ろな目で見つめていた。
「...あの子は無事なの?」
「貴様のお友達の天使のことか?安心しろ、約束通りまだ生きているさ」
「...まだ?」
「あぁ、まだな」
男の意味深な言葉の意味は、彼が取り出した銃によって、直ぐに理解することができた。
「貴様をあの世に送り返してから、お友達も同じ場所に送ってやろう」
「...そう」
「つまらん反応だな...まぁ、貴様には見えていたことか」
「...えぇ、知ってたわ」
「知っていて抵抗もしないとは愚かな天使だな。こちらとしては助かるが」
「...シナリオは決して変わることはない。マリア様の運命は絶対よ」
「貴様の訳の分からん話を聞くのもこれで最後だ!」
男は大声を上げて、銃の引き金を少女に向けて勢いよく引いた。
...ッバァン!
無慈悲な銃声が響き渡った。
しかし、それが少女に当たることはなく、男の持っていた銃を弾くように撃ち抜いていた。
驚いて男が銃声の方向に振り向くと、そこには、頭から血を流し、身体中に傷を受け、焦げ付いてボロボロになった軍服を着た一人の男が立っていた。
「...バ、バートラム...?」
グスタフ中佐は驚いたような怯えているかのような、そんな震える声で俺の名前を呼んだ。
俺は負傷した片足を引きずり、今にもちぎれそうな腕を抑え、中佐を睨みつけながら、ゆっくりと近づいた。
「...う、う、嘘...嘘だ...嘘だ嘘だ嘘だ...嘘だ!」
「グスタフ中佐」
「く、く、来るな!!」
中佐は怯え切っていて、叫びながら腰に隠したもう一つの銃を取り出すと、それを俺に向けて撃ち出した。
しかし、慌てた様子の中佐は、照準を上手く合わせることもできず、弾は一発も俺に当たることはなかった。
「中佐、あなたは素晴らしい方だ」
「来るな、来るな、来るな、来るなっ!」
「俺は一人で戦場を駆け抜けることしかできない。皆をまとめ、指揮を執り、隊での勝利を収める...俺が一度もできなかったことをあなたは幾度となくやってきた」
「止まれ、止まれ!命令だ!止まれ!」
「なのに、何故、我が軍を裏切る真似を?」
「っ黙れ!」
そう叫んだ中佐の弾がようやく俺の頬を掠り、俺は歩みを止めた。
「貴様に!俺の何が分かる!貴様が功績を挙げる度に向けられるあの視線!何故俺が中佐なのだと...何故貴様が少佐なのだと! その屈辱が貴様なんぞに分かるか!!」
「...あなたは地位のために戦っていたのですか?」
「それ以外に何がある!この偽善者が!」
「...」
「...いいだろう、貴様がまだ生きているというのなら、もう一度殺すまでだ!」
中佐はそう言って、今度はサンネの頭目掛けて銃口を向けた。
彼女はそんな状況にも顔色一つ変えず、ただ虚ろな目を向け続けていた。
「こいつを殺されたくなければ、今すぐ自害しろ!」
「...」
「すました顔をしても無駄だ!貴様がこいつに情を持っているのは分かってる!言う通りにしなければ、こいつを殺す!分かったら大人しく死ね!!」
声を荒らげて興奮する中佐。
俺はそんな彼をサンネと同じように、冷ややかな視線で見つめた。
「...中佐」
「貴様が俺を呼ぶな!!」
中佐はそう叫ぶと、再び勢いよく銃を撃ち抜いた。
しかし、銃から弾が発せられることはなく、引き金を引く音だけが無情に響き渡った。
それに気がついて慌てる中佐だったが、既に遅く、目にも止まらぬ早さで俺は中佐の背後に立っていた。
「残弾数も把握していなかったのですか?それで俺を殺せるとでもお思いでしたか?」
「...っ...!」
「大佐が仰っていた言葉です。『銃を持つのなら撃たれる覚悟も持っておけ』...中佐は持っておられませんでしたね」
「...っ...この...“怪物”が!!」
そう言って勢いよく振り向き、銃で殴りつけようとした中佐だったが、俺はそんな彼に一切の迷いなく、持っていた銃の引き金を引いた。
弾は少しもぶれることなく、中佐の額のど真ん中を撃ち抜いた。
目がぐるりと上に向いて、中佐の体はまるで人形のように脱力し、力なく地面へと倒れた。
荒々しい波の音だけが響く断崖。
そこに立つのは鬼神のような男と、羽根を持たない不思議な天使の少女だけとなった。




