6話
俺は時間があればサンネと共に過ごした。
そこに彼女が敵軍の諜報員かもしれないという疑念はもはやなく、どこか彼女の話す不思議な言葉に、少し惹かれていたのかもしれない。
いや、それ以前に彼女が部屋にいたがらず、外にばかり出てしまうので目が離せないのもあったが。
中佐の帰りを待ちながら、時折、彼女と取り留めもない話をしていた。
しかし、今日はそれもできないようだ。
どうやら朝方から、数名の兵員が他部隊から配属されて来るそうで、俺は彼らを見定める必要があった。
新人ではないとはいえ、他部隊では兵員の教育も大きく違うことだろう。
この部隊での厳しさについて来られるのか、芯のある者達かそうでないのかにより、今後の戦況にも大きな影響が出る。
その為、今日は彼らにつきっきりになる予定だ。
彼女といられる時間は恐らくないだろう。
一応信頼できる部下に任せるつもりではあるが、彼女は大人しく言うことを聞いてくれるだろうか。
そんなことを考えながら、俺は基地の中を歩き回っていた。
というのも、用意した部屋にも、いつものテントの場所にもどこにも彼女の姿がないのだ。
「どこに行ったんだ...」
そう呟いて辺りを見回しながら、歩き回る俺は、とうとう自分の部屋まで戻ってきてしまった。
もう一度見に行こうと思い反対方向を向いた時、ふと自分の部屋の扉が、少しだけ開いていることに気がついた。
俺は扉を絶対に音が鳴るまで閉めるはずなのに、その扉はすきま風が入る程に小さく開いている。
その様子を不審に思い、腰にある銃に手をかける。
そして、音を立てないようにゆっくりと扉を開け、部屋の中の椅子に人影があるのを確認すると、俺は直ぐに銃を構えてそちらに向けた。
「何者だ...」
そう問い掛けると、そこには見慣れた少女の姿があった。
「そんな物騒なもの向けないで」
「...何故ここにいる?」
「あなたを探しに来たの。兵隊さんに聞いたらここだって言われたけどいなかったから待っていたの。行き違いになってしまったみたいね」
「勝手に入るな」
「ごめんなさい、部屋の前で待っていたら他の兵隊さんに変な誤解でもされると思ったの」
「...確かにそれもそうだな」
俺は銃をしまいながらそう言った。
椅子に座ったサンネは机の花瓶を回し見ていた。
「それで、どうして俺を探しに来たんだ?部屋かテントで待っていれば会えるだろう」
「気分?」
「気分でうろつくな」
「ねぇ、お願いがあるのだけど」
「...何だ?」
相変わらず人の話を聞かない彼女に、諦めを覚えた俺は大人しくそのお願いとやらに耳を傾けた。
「外に出たいの」
「毎日出ているだろう」
「そうじゃなくてもっと広い場所に」
「...基地の外ということか?」
「そう」
「基地の外はほとんど荒野で何もないぞ?」
「それでもいいわ」
「...いや、どのみち今日は無理だ。これから配属された兵員達に会わなくては...」
「それなら昼過ぎになるから大丈夫よ」
「...何?」
俺が問い掛けると同時に、部屋の外からバタバタと急ぐ足音が近づいてきた。
扉を開けて確認すると、一人の軍曹がこちらに向かって小走りをしていた。
「バートラム少佐、お疲れ様です。たった今、連絡が入りまして、今日来るはずの兵員達の到着が予定より遅れるようで、早くても昼過ぎ頃になるとのことです」
「...分かった。では、その時間に迎え入れるよう、予定の組み直しを頼む」
「了解!」
そう話し終えると軍曹は足早に去っていった。
俺がため息混じりにサンネを見ると、彼女は花瓶から手を離し、椅子から立ち上がって、俺の横を通り過ぎて部屋から出た。
「時間はできたでしょう?行きましょう」
「...分かった」
彼女の言葉に俺は仕方なくついて行った。
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基地が少し離れて見える場所。
そこは人気もなく荒野ばかりで周りには何もない。
一体何故こんな所に来たがったのか。
俺にはさっぱり検討がつかなかった。
「言った通り、何もないだろう?」
「そうね、お花の一本でもあるかと思ったのだけど」
「花?」
「あなたの部屋に花瓶が置いてあったでしょう?あんなに素敵な柄の花瓶、お花を飾らないと勿体ないわ」
「...戦場に花なんて滅多に咲いていない」
「探してみなきゃ分からないわ」
「...好きにしろ」
辺りを見回して花を探すサンネ、俺はそんな彼女を見て小さくため息をこぼした。
「あの花瓶はあなたの?それともお母様の?」
「俺が近くの街で購入したものだ」
「どうして買ったの?戦場にお花なんてないって分かってるのに」
「...さぁ、何でだろうな」
濁す俺の言葉に疑問を感じたサンネは、何やら考える素振りを見せて俺に問い掛ける。
「あの花瓶は子供から購入したの?」
「...何故分かった?...俺が話す未来でも見えたのか?」
「いえ、何となく...あなたって子供に優しいから。その子のために花瓶を買ったのね」
「...意味のないことだ」
「どうして?」
「花瓶の値段なんて知れている。俺が一つ買った程度で満たされる生活などない...」
そう言って俺は顔を曇らせた。
そんな俺を見て彼女は不思議な色をした瞳をこちらに真っ直ぐ向けた。
「この世界に意味のないことなんてない。シナリオに描かれたものは全てに意味がある。あなたのしたことだって...良くも悪くも、その先の未来に意味をもたらすわ」
「良くも悪くも...か...」
「子供に優しいって言ったけど訂正するわ。あなたは誰にでも優しい人なのね。敬礼を間違えた兵隊さんにも、素性のしれない私にも」
「...そんなこと久しぶりに言われたな」
サンネのその言葉に俺は思わず口元を軽く綻ばせた。
「私、そろそろ戻るわ」
「なら、一緒に戻ろう」
「いいえ、あなたはここにいて。二人で話したい人がもうすぐ来るから」
「どういう意味だ?」
「いずれ分かる。でも、一つだけ...お花を踏まないで」
そうサンネは意味深な言葉を残して、基地の方角に歩いていった。
俺はしばらく彼女の後ろ姿を見送っていたが、やはり一人で戻るのは流石に危ないと思い、追いかけようとした...その時だった。
「...アッシェル?」
懐かしい名前を呼ぶ声が聞こえた。
その声に驚き、振り返るとそこには懐かしい顔があった。
「ラーセン...!」




