5話
軍人の朝は早い。
俺は早朝から動き出し、業務を遂行し、サンネのいる部屋へ向かった。
本来ならば、先日の敵軍の行方を追うのだが、中佐の意見を仰ぐ方が先決と思い、一旦捜索を中止して兵員の訓練に専念するべきだと判断した。
加えて、あの不思議な少女サンネは、捕虜とはいえ敵軍にいた身だ。
万が一を考慮しなくてはならないため、こうして急いで向かっているのだ。
しかし、そこにはガランとした部屋の風景しかなく、彼女の姿はどこにも見当たらなかった。
とある場所に心当たりのあった俺は直ぐに部屋から出た。
向かった先は先日と同じく、広場に張られたテントの下だった。
近づいて見てみると、やはり彼女はそこにいた。
無表情に虚ろな目をして広場を眺めていたのだ。
「...なるべく部屋から出ないようにと言ったはずだが」
「聞いていたわ」
「あまり不用意に徘徊しないでもらいたい。君の存在は公に認められている訳ではないんだ」
「部屋にいると息が詰まるの」
サンネは目も合わせずそう言った。
俺は仕方なしにため息をこぼしてテントの下に入り、彼女の隣に立った。
「ここには気性の荒い奴も多い。危ないから一人で来るな」
「あなたって戦闘狂なの?」
俺の言葉を聞きもせず、突然サンネはそう問い掛けた。
「誰から聞いた?」
「さっき色々な人と話したの。そのとき皆が口を揃えて言っていたわ」
「訓練時間に私語とは...あいつらもいい度胸だな」
「本当なの?」
「...周りが勝手に言っているだけだ。俺は別に自分を戦闘狂いだとは思っていない」
「そうよね、お花好きな戦闘狂なんて、私も聞いたことないわ」
「...」
俺はサンネを呆れた様子で見るが、彼女は相変わらずこちらを見ようとはしない。
「小さい頃からお花が好きなの?」
「そういう訳ではないが...母の影響で少し詳しいだけだ」
「家族は、お母様だけ?」
「...あまり詮索するな」
「あなただって沢山聞いてきたじゃない」
「君は敵軍にいたんだ。そういう行動は慎んだ方がいい」
俺の言葉にしばらく沈黙が続いたが、ふとサンネが口を開き始めた。
「私ね生まれてからずっと一人だった。他の天使は空を知っていて私だけが知らない。羽根がないってだけで迫害されたの」
「...」
「でもね、一人だけいたの。私のこと気味悪がらないおかしな天使が。いつも私の傍を離れなくて、お節介で、優しくて、意地っ張りで、ちょっと頭の悪い子。私の唯一のお友達」
「おい、悪口が混ざってるぞ」
「...本当に頭の悪い子なのよ。私が悪魔達に捕まったとき、あの子...臆病な癖に、助けに来て一人で立ち向かったの。そして、悪魔達に片羽根を奪われた」
「...片羽根を奪われた天使は生きられるのか?」
「生きられるわ。でも、二度と飛べない。魔法も上手く使えなくなる」
サンネの表情が少しだけ曇る。
そして、静かな声を更に小さくして呟いた。
「悪魔に羽根を奪われるって教えたのに... 来ないでって言ったのに...」
そう言ってうつむくサンネに、俺は黙ったまま近づいて、そっとハンカチを差し出した。
彼女はそれに気がつくと、ハンカチを受け取って目に当てた...と思いきや、額に当てて汗を拭い始めた。
「ありがとう、日陰でも暑いのね」
「...」
「本当に愚かな子だった。誰よりもお空が好きなのに、私とお揃いだとか言って強がっていたけど、それ以来、悪魔が怖くて仕方なくなって、もっと私から離れなくなった」
「いきなり何故そんな話を?」
「私のこと話したらあなたも話してくれるかなって...」
「...どうしてそんなに知りたがるんだ」
「知りたいから?」
俺は再びため息をこぼしてサンネを見る。
すると、彼女も拭い終わったハンカチを返すと、同じようにこちらを見つめた。
「...あ」
「何だ?」
「見えたの」
「何が?」
「未来が」
「既に見えているのだろう?」
「私にも見えてない未来の断片はあるのよ。でも、それらも日が近づけば見えてくる。それで、今あなたの未来が見えた」
「...どんな未来だ?」
「あなたに恋人ができる未来」
「...は?」
突拍子もない返答に思わず口悪く聞き返してしまう。
しかし、サンネはそんなこと気にもせず、首を傾げてこちらを見る。
「気にならない?」
「...どういう意味だ」
「どんな人か」
「そんなものまで分かるのか?」
「ええ、分かるわ。知りたい?」
彼女はからかう訳でも冷やかす訳でもなく、俺の意見を尊重するかのように聞いてきたので、俺も素直に答える。
「...どうせなら聞いておこう」
「綺麗な金髪の髪に紫色の瞳をしていて、黒いスーツに高いヒールが良く似合う、美人で艶やかな男の人」
「男か」
「あまり驚かないのね」
「恋に決まりはない。好きの対象も性別は関係ない」
「...きっとそんなあなただから好きになったのね」
「どういうことだ?」
サンネは俺の問い掛けに答えることなく、無表情だがどこか暖かい目をして話し出した。
「あなたの前に現れるのは、美しくて少し危険な...そんな人。あなたのことを正してくれる心強い人。女性にも負けないとても素敵な人よ。だから...どうか迷わないでね」
彼女は俺の目を真っ直ぐ見てそう言った。
迷うとはどういう意味なのか、この時の俺には聞けなかった。
彼女が向けた不思議な色をした瞳に、言葉を遮られてしまったからだ。




