4話
俺は基地に戻ると直ぐに中佐の元へと向かった。
しかし、中佐の部屋には誰も居らず、丁度近くにいた軍曹に尋ねてみると、
「つい先程までいらっしゃいましたが、少佐が帰られる直前に急用で出て行かれました」
「いつ頃戻られると?」
「早くて三日後と仰ってました」
それを聞いて俺はガクリとうなだれた。
許可なく敵軍の捕虜を連れ帰ってしまったことを直ぐにでも報告しようと思ったのだが、この状況では致し方ない。
しかし、軍人の基地に年端もいかない少女を長い間置いておく訳にもいかない。
確か今日ぐらいに物資を届けるトラックが町の方から来るはずだ。
それに乗せて町の方で保護してもらおう。
「物資配給のトラックはいつ頃来る予定だ?」
「それならもう来ましたよ」
「何?」
「今日は早くて、朝方に荷物を下ろして帰りました」
「...次のトラックはいつだ?」
「二週間後です」
その言葉に俺は再びうなだれた。
軍曹はそんな俺を見て不思議そうに首を傾げながら、軽く会釈をして去っていった。
仕方ない、まずは中佐の帰りを待とう。
連絡がないというなら、指揮官は中佐のままだ。
俺に決定権は何もない。
そう思って気持ちを切り替え、広場に待たせてある少女の元へ戻った。
向かってみると彼女は広場に張ってあるテントの元で涼んでいた。
そして、兵員達が訓練する様子を虚ろな目で眺めていた。
「...君はしばらくここにいることになりそうだ。とりあえず空き部屋を君に貸し出すから、なるべくその部屋から出ないように。必要なものは最低限だが用意させてもらう」
「分かってる」
意味深な返答をするサンネ。
俺は彼女が言っていたことが少し気になり、質問をしようと口を開いた時だった。
「証明してみせましょうか?」
まるで俺の言葉を予知したかのようにサンネがそう言った。
俺は少し驚いたが、変わらず彼女を見つめた。
「...私が話終えると一人の男が来て、あなたに武器庫の報告をする。そして、あなたは彼の言動に笑いが込み上げる」
「は?」
『何だその未来は?』などと聞くこともせず、俺は少し呆れ気味にため息をこぼした。
訓練中だと言うのに、上官の俺が笑うなんてことがあれば、本番さながらのこの緊張感が薄れてしまう。
つまりこの状況で笑うなど到底有り得ないということだ。
しかし、サンネが言った通り話し終えると、丁度遠くから一人の兵員がこちらに向かって走って来た。
「バートラム少佐、お疲れ様です!」
活気溢れる新人と思われる兵員。
彼は尊敬の眼差しでこちらを見ていて、軍人には似合わないほど純粋無垢な表情をしていた。
「武器庫の報告に来ました! 異常ありません!」
「...そうか」
声が大きいのはいいが、語尾が陽気に跳ねている。
それに、一番気になるのは...
「見ない顔だが、君は新人か?」
「はい!この前配属されたばかりです!」
「敬礼が身についていないようだな。上官に会ったらまず、下の者から敬礼をするのがルールだ」
そう言うと彼はハッとした仕草を見せ、咄嗟に左手で敬礼をした。
「...右手」
俺がため息混じりにそう言うと、彼は再びハッとして慌てた様子を見せたかと思うと、右手を添え出し、何故か両手で敬礼をした。
「...ふっ...」
そのおかしな格好に俺は思わず吹き出した。
新人の彼も近くで訓練中の兵員達もそんな俺の様子を驚いた表情で見つめていた。
「...っゴホン...直ちに業務に戻れ」
「りょ、了解!」
そう言って彼は悪いものでも見たかのように、少し足早になって去っていった。
同じように一瞬止まった兵員達も直ぐに視線を逸らして訓練へと戻った。
俺は少し気まずさを感じながら、ふとサンネの方を見てみると、相変わらずの無表情に虚ろな目をしていた。
「...確かに武器庫の報告が来たな」
「ええ、そうね」
「未来予知の判断材料としては薄いが...君は軍事利用のために捕まっていたということか?」
「どういう意味?」
「未来が見えるなら、戦況を変えられるだろう。我々の動きも君にはお見通しなのだから」
「いいえ、無理よ」
「何故?」
「シナリオは変わらない...一度決まった未来は絶対に変わることはない。分岐はあっても結果は同じ。私は未来が見えるだけ、変えることはできない」
「試したことがあるのか?」
「...試す人を沢山見た。けれど、シナリオは絶対。どんなに抗っても運命には逆らえない」
「...」
声色一つ変わらないサンネ。
悲しげなその内容すら彼女は淡々と話した。
「...やはり君のことがよく分からないな」
「いずれ分かるわ」
「未来が見えても過去は見えないのか?」
「あなたの過去を私が知ってるか気になるのね」
「...」
「...過去は見えない。あなたが未来で私に教えてくれていたら、知っていたかもね」
「そうか」
二人の間に沈黙が続く。
俺もサンネも変わらず、兵員達の訓練の様子を仏頂面で見つめていた。
「そろそろ、部屋の案内をしたいのだが、君はもう知っているのか?」
「知ってるけど、あなたに案内される未来は変わらない」
「そうか」
「でも、もう少しここにいてもいいかしら?長らく閉じ込められていたから外を見るのは久しぶりなの」
「...分かった」
そうして再び二人で黙り込んだ。
何故だろうか、彼女とは初めて会ったはずのに、他人とは思えないような不思議な感覚だ。
それは彼女がまるでこちらを知っているかのように話すせいなのか、俺と似て直ぐに沈黙を作り出すような無口なところに既視感を覚えたせいなのか。
それとも、歳の離れた彼女に、あの子を思い出してしまうせいなのか。
沈黙に気まずさを感じることなく、どこか心地よいその時間を俺はしばらく彼女と過ごした。




