4話
ノックの音がして誰かが部屋に入って来る。
そこに居たのは先程大きな声を上げていた黒いスーツを着た仏頂面の男だった。
彼はアタシのことを見ると溜息を一つこぼした。
「任せたってこういうことか...。Hey, what are you doing?」
「日本語分かるわよ」
「...すまないな、連絡が行き届いてないようだ」
「あなたも大変そうね」
男は怒りを抑えるように話していたが、アタシはそんなこと気にもせず、紙を捲りながら話をしていた。
「何を見ている?」
「ここに置いてあった資料よ」
「それは勝手に読んでいいものじゃない」
そう言って男はアタシからファイルを取り上げた。
アタシは一瞬彼を睨んだが、すぐにやめてしまった。
「あら、あなた結構いい体してるじゃない。顔もなかなかタイプよ?」
「それはどうも...待て、これが読めたのか?」
「ええ、読めたわよ?」
「...何ヶ国語読めるんだ?」
「日本、アメリカ、フランス、ロシア、ドイツ...まぁ、色々ね」
「翻訳師でもやっているのか?」
「いいえ、殺し屋よ」
「殺し屋?」
「一流の殺し屋は相手を騙すために最低でも3カ国以上は話せないと仕事にならないわ」
「...本部の規定についてはどこまで読んだ?」
「粗方読んだわ」
「ついて来い」
そう言って男は部屋を出ようとしたが、アタシはさっきカラレスとかいう男が言っていたことを思い出して立ち止まった。
「ちょっと待って。アタシ、後のことはクロコって奴に聞けって言われたのだけど...」
「俺がクロコだ」
少し怒った声で男はそう言った。
恐らく...というか絶対この怒りはアタシへのものじゃなく、あのカラレスとかいう男へのものだと思う。
クロコとかいう男に連れられて、アタシは別の部屋へと向かった。
そこにはホワイトボードに貼られた地図と数枚の写真。
そして、机の上に散らばる大量の資料があった。
「何これ...汚すぎじゃない?」
「全て今捜索中の悪魔の資料だ」
「もう少しまとめられなかったのかしら?」
「仕事はこれだけではないからな。そもそもこれは俺達の管轄外だ」
「言い訳ね」
「...何?」
「時間は自分で作るもんでしょう?錆びたナイフじゃ人は殺せない。汚い部屋じゃいい仕事はできないわ」
「...確かにそうだな」
「あら、あなた素直な人ね」
「非を認めただけだ」
クロコという男はそう言うと机の上の資料をまとめあげた。
アタシはそれを見てクスリと笑ってから、手伝うようにして床に落ちた資料を拾い上げた。
そして、そこに書かれた内容に思わず目が止まった。
「魂の未回収?」
「...先日、大きな船上パーティーが開かれた。参加も食事も全て無料のな」
「随分気前のいいパーティーね」
「初めは富裕層の慈善活動だと思われたが、その船が事故を起こして沈没した。幸い近くに本部の人間がいて死傷者は数人で済んだが、本部の予測外の事故で詳しく調べたところ、船底に不自然な穴が空いていた。加えてこのパーティーの主催者が不明ということも分かった」
「...計画的犯行ってわけね」
「そして、続くように天使科から人間の魂未回収の報告がされた」
「つまり?」
「人の魂を抜き取る技術と、そんなことを好き好んでやるのは悪魔ぐらいだ」
「へぇ、そうなの」
「そして、あの日のパーティーに参加した人間の中で悪魔と取引関係にあったのが、その資料にあるダリアという女だ」
その言葉に違和感を感じた。
まるで何も知らないかのような口ぶり...どうやら彼はあの男から何も聞いてないようだ。
「本当に連携が取れてないのね」
「どういうことだ?」
「ダリアがアタシの母親ってことは聞いたのかしら?」
「...カラレスっ!」
クロコという男が少しキレ気味にあの男の名前を呟いて、扉に向かおうとすると、それと同時に扉が開いて丁度その男が入ってきた。
「あ、いた。ねぇ!名前やっぱり違うじゃん!」
「あら、どうして分かったのかしら?」
「事務で調べてもらったんだよ。本名教えてくれなきゃ登録できねぇじゃん」
「登録って何の登録よ?」
アタシの言葉に何かを察したクロコはカラレスへの怒りを忘れて、懐疑的な表情をこちらに向けた。
「本部への加入の登録だけど?」
「アタシ加入するなんて言ってないわよ」
「まだ言ってんの?ここまで来といて」
「あら、あの黒髪の男が言ってたじゃない?『二つの選択肢しかない』って」
「...あ"?」
「あんたの思惑通りになるようなら死んだ方がマシね」
アタシがそう言うと、突然カラレスは手の平をこちらに向けた。
それを見たクロコは驚きの表情と共に何かを止めようと動き出した。
何を止めようとしたのか、それは数秒とせずに分かった。
突如としてカラレスの手の平から謎の力がアタシの顔面に向かって発された。
すんでのところで避けたが、それは酷い破壊音と共に後ろの壁に大きな穴を開けた。
「カラレス!」
「...へぇ、避けれるんだ」
「何をしているんだ!」
「望み通りにしてやろうと思ったんだよ」
凍てつく氷のような目で、カラレスはアタシのことを見下ろしていた。
クロコはそんな彼の間に入ってアタシを守るように立ちはだかった。
そんな膠着状態を解くかのように、先程の黒髪の男が部屋に入ってきた。
「これはどういう状況かな?」
「こいつが死にたいらしいから叶えてやろうと...」
「あ!そこの壁、修理どうする気?」
「...あ、やべ」
「あ~あ...言い訳はどうする?」
「クロコが殴って空けた」
「やりかねないな」
そう言って二人はゲラゲラと笑いだした。
「あ〜、笑った!よし、殺そう」
「ちょっと待ってカラレス。壁に穴ってことは彼は避けられたんだろう?見込みがあるじゃないか。早く終わらせるためにも今は生かしておかない?」
「...ま、いつでも殺せるしな」
「君も、こちらは前金を払ったんだ。悪魔殺しの依頼はこなしてもらうよ」
黒髪の男はアタシの方を見た。
その切れ長の細目とニヤケ面に不快感しか抱かなかったけど、場を収める能力には賞賛を送ろうと思った。
「言われなくても仕事はキッチリこなすつもりよ」
「なら、加入うんぬんは後ほどということで...。そろそろ誰かリドルを呼んでやろうじゃないか」
その言葉にクロコはハッとして、少し慌てて部屋を出て行った。




