余談
黒いスーツを身にまとい、ネクタイを首元までしっかりと締め、胸元にバッチをつける。
鏡の前で髪の毛一本一本に渡るまで念入りにセットをして、気合を入れた。
今日、僕はついにやり遂げたのだ。
A103での教育と実戦を終え、僕は希望の課へと異動となった。
ずっと会いたかったあの人の元へ行くことができる。
ようやく恩返しができるのだ。
衣服などの荷物をカバンに詰め、机の上に置かれたスケッチブックとペンを手に持つと、浮き足立って部屋から出た。
本部はどこもかしこもとても静かで、誰一人として目も合わせようともしない。
初めの頃はそれに戸惑ったり、怖がったりしていたが、今ではすっかり慣れたもので、それが本部のルールなのだと規律を守れるようになった。
しかし、とある課にあるチームだけは違う。
そこは他の課からの評判が一際悪く、毎日何かしらの問題を起こすのだが、それ以上の実績をたたき出すらしい。
自由奔放、猛獣達の集まるところ、化け物集団、紛い物、身勝手、無秩序、無法地帯...。
様々な言葉で表されるその場所こそが、僕の希望した課、人間課のチームであった。
初めそこを希望した時は、同期にも教官にも『あそこだけはやめておけ』と何度も引き止められた。
総実戦や人間課の他のチームを勧められもしたが、勿論全て断った。
僕にはやらなくてはならないこと、果たすべき約束があるのだ。
そう意気込んで人間課の方へと歩いていくと、本部にはあるまじき騒がしい声が聞こえてきた。
その声は廊下まで響いてくるほど大きな声で、何やらとても楽しそうな雰囲気が漂っていた。
そんな様子に僕は少しだけ駆け足となって部屋の方へと向かうと、人間課の事務室にたどり着き、ノックと共に勢いよくその扉を開いた。
...コンコンコン...ガチャッ!
扉の先には沢山の人達がいた。
その中で一番初めに目に映ったのは、事務と見られる人に叩かれる寸前のある男の人だった。
その人は背が高く、黒のスーツがよく似合っていて、白い髪と整った顔立ちには不釣り合いな眼帯。
そして、空よりも清らかな透明な瞳を持っていた。
再び会えた時には何を話そうかと色々と考えてはいたが、いざ目の前にすると胸がいっぱいになってしまい、何も話せなくなってしまった。
いや、正確に言えば、スケッチブックを取り出すことすら忘れてしまったのだ。
しかし、彼はそんな僕を見て、昔と同じようにニヤリと笑って言った。
「よぉ、ミノリ。やっと僕の元に来たな」
その言葉に思わず涙が溢れそうだったが、昔の僕とは違うというところを見せたくて、それをグッと堪えた。
そして、スケッチブックに文字を書くと、僕も彼と同じようにニヤリと笑ってそれを見せた。
『遅くなりました!よろしくおなしゃっす!』
僕の文字を見ると、彼は直ぐに大きな笑い声を上げた。
それとほぼ同時に彼の後頭部を事務の人が、どこからか取り出したハリセンで思い切り叩きつけた。
「痛っ!何すんの!?」
「うるせぇ!笑ってねぇで仕事しろ!」
「うわっ!酷っ!僕代表よ??」
「ふーん、なら代表らしく...仕事放っぽって遊んでんじゃねぇ!」
そう言われて再びハリセンで殴られる。
どうやら昔よりも柔らかな印象となったカラレスさんは、それにされるがまま、楽しそうに笑っていた。
僕はそんな様子を見てなんだかとても嬉しくなって、今度はキョロキョロと熟れた無花果色の髪をした彼女を探したが、どこにもその姿は見当たらなかった。
別の部屋にいるのか、任務に出ているのか、それとも異動となったのか。
聞けば簡単に分かることだったが、僕はあえて聞かないことにした。
本部では常に誰かが死んでいく。
もし彼女がそうだとしたら、尋ねるのは少し気が引けたからだった。
もし生きていたのなら、きっとまた会える。
何故なら彼女はカラレスさんのことをよく理解していたし、口ぶりからしてとても親しい関係のようだった。
そんな彼女がこの人の元から離れるわけがない。
そう希望を抱いていた。
「よし!じゃあ、早速!ミノリにはこの任務を任せようかな〜?」
「あ、おいコラ!それはお前がやる任務だよ!」
『よろこんで!』
「おい!お前まで来て早々に意気投合してんじゃねぇ!」
『(´>∀<`)ゝ』
「褒めてねぇよ!」
まるで漫才のような会話が繰り広げられる。
A103での日々もそれなりに楽しかったが、ここまでの悪ふざけが許される場所はやはり他にはない。
とはいえやはり、やりすぎては怒られるようで、ハリセンを持った事務の人がこちらへと向かって来そうだったので、僕は急いで部屋から出た。
追いかけられてはまずいと思って、廊下を走り去ろうとしたその時、向かいから来る女の子にぶつかりそうになってしまった。
僕は咄嗟に避けて壁に勢いよくぶつかったが、幸い女の子に当たることはなかったようで、痛みに悶えながらもホッと胸を撫で下ろした。
しかし、女の子の方はもの凄い鋭い眼光で僕のことを睨みつけていて、まるでこちらが酷いことでもしたのではないかと思ってしまうほど、怖い表情を浮かべていた。
その表情に僕は慌ててスケッチブックに文字を書いて見せた。
『びっくりさせてごめんなさい(>_<)』
女の子はその文字を見ると、小さく会釈だけを残して走り去ってしまった。
その後ろ姿に僕は何故か目を離すことができずにいた。
可愛らしいツインテールにはそぐわず、黒のスーツが良く似合うかっこいい印象の女の子。
いつか恋した桃色の着物がよく似合う子とは正反対の姿をした彼女が、過去を引きずる僕の心にそっと小さな火を灯したのだった。
ご覧戴き、ありがとうございました。
〜呪われた村〜章
はこれにて完結です。
『Gehenna』はまだまだ続きます。




