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Gehenna-ゲヘナ-  作者: Filmrêve(フィルムレーヴ)
呪われた村
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11話

あれからしばらくして、僕はなんとか這うようにして崖まで近づくと、身を乗り出して下の方をのぞいて見た。

すると、そこには目が眩むような高い景色が広がっていて、彼女の姿は勿論、生い茂る木々のせいで地面を見ることさえできなかった。


少しの間、崖の下を呆然と見つめて、このまま自分も飛び降りてしまおうかとも考えたが、それはやめることにした。

それから少しずつ足に力が入るようになったので、僕はゆっくりと立ち上がり歩き出した。


どうして歩き出したのか、どこへ向かおうとしているのか、自分でもよく分からなかった。

それでもとにかく立ち止まりたくなくて、考えることをやめたくて、彼女のことを思い出したくなくて、ひたすらに右も左も分からない山の中を歩き続けた。


一体僕は何をしているのだろう?

どうして僕はまだ生きているんだろう?

僕は...これからどうしたらいいのだろう?


答えの出ない疑問ばかりが頭に浮かんでは消えていく。

顔に滲む液体が汗なのか、血なのかもよく分からない。


覚束ない足取りでフラフラと歩き、体力も精神も限界を迎え始めた頃、僕は足元に転がった石に躓いて転んでしまった。

しかし、今度はもう立ち上がる気力すら湧かず、そのまま地面へと倒れ伏した。


気がつくと、辺りはすっかり明るくなっていて、強い日差しと夏の暑さと疲労感が僕の身体を絶え間なく襲った。


あぁ、僕はこのまま死ぬんだ。

でももうそんなことどうでもいい。

自分が死んでいるのか生きているのかなんて、今でももうよく分かっていないのだから。

呪われた僕がこんなところで死ぬだなんて、お山の神様が怒るだろうな。

きっと僕はこれから地獄に行くんだ。

嫌だな...死んだ後ぐらい...大好きな人に会いたかったな。


そんなことを思いながら、僕は涙に濡れた目をそっと閉じた。

暗闇の中、彼女がどんなに怖かっただろうかと思いを馳せながら、生きることも何もかも諦めた...。


その時だった。


「そんなとこで何してんの?」


突然、どこからか声が聞こえてきた。

暗闇ではそれが幻聴なのかも分からなかったので、僅かな力で目を開けてみると、驚くべき光景が広がっていた。


そこには一人男の人が立っていた。

見たこともないほど綺麗な白い髪をしたその人は、村にいたどの大人よりも背が高くて、体つきがよく分かるスラリとした奇妙な黒い服を着ていた。

目の片方は怪我でもしているのか、黒い面紗のようなものを紐でくくりつけていたが、もう片方の目は見たこともないほど綺麗な澄んだ透明をしていて、空を写して青色のようにも見えた。

それはとても美しく清らかで、なんとも慈悲深くて尊い存在のように思えた。


彼は何も答えることができない僕を見て首を傾げると、長い足を折りたたんでしゃがみ、僕の方へと顔を近づけた。


「ん?なんかお前変じゃね?ノヴァかと思ったけど違うよな?」

「...」


僕はわけの分からないことを言う彼を、ただ見つめることしかできなかった。

そして、どうやらそんな僕に痺れを切らした様子の彼は、少しムッとした表情で僕に話しかけ続けた。


「返事くらいしろよ」

「...」

「何?話せないの?」

「....」


その問い掛けに、僕はようやく頷くことができた。

彼は少し納得した様子で、地面にあった小枝を拾うと、そこに何やら絵のようなものを描きながら話し始めた。


「耳が聞こえないわけじゃないんだな。それなら、これで話せる。ほら、お前も書けよ」

「...」


そう言われて、僕は地面に向かってたどたどしい文字を書いていく。


『あなたはかみさまですか?』


彼はそれを少し読みづらそうにしていたが、読み終えると直ぐに爽快な笑い声を上げた。


「うーん、まぁそうだな。確かにそう見間違えるほどの力は持ってるけど。別に神でもねぇんだよな」

「...?」

「お前も俺の質問に答えろよ。ここで何してんの?」


そう言われて、僕は少しだけ返答に困ったが、ゆっくりと恐る恐る文字を書いていった。


『よくわからない』

「自分でもってこと?」

『はい』

「ふーん。じゃあ、質問変えるわ。何がしたくてここにいんの?」


『何がしたくて』

その言葉が僕の頭で繰り返し響いた。

どうしたらよいのかと散々悩んだが、何をしたいのかなど一度も考えはしなかった。


『それもよくわからない』

「自分が何したいかは自分にしか分かんねぇだろ。お前に何があったとかは別に後で聞きゃいいし、事務が勝手に調べんだろ。それよりも重要なのは、お前が。今。どうしたいかだ」


彼はそう言って真っ直ぐと僕の目を見た。

その目は三葉の吸い込まれるような目とはまた違い、まるで鏡のように僕を写していた。


どうして見ず知らずの僕にそんなことを聞くのだろうか。

どうしてこんな惨状となった山奥に来たのだろうか。

そんな疑問が沢山湧いてきてもおかしくなかった。

しかし、何故だかそんなことは考えられなくて、ただ力強い眼差しと言葉が、まるで黒く染まった僕の心に一筋の光を鋭く射し込むようだった。


僕は地面に向かって再び文字を書き出した。

ゆっくりと沢山の文字を書こうとする僕を、目の前の彼は、急かすことなく見続ける。


『みつはにあいたい』『あやまりたい』

『だれもきずつけたくない』『わらってほしい』

『そとのせかいがみたい』『ここにいたくない』

『おかあさんとおとうさんにあいたい』

『しにたくない』『いきていたい』


思いつく限りの願いを泣きながら書き連ねた。

叶うはずのない願いの儚さについては、僕が一番よく分かっていた。

それでも問い掛けられて溢れ出した思いが、留まることを知らなかった。


『ひとりになりたくない』


そうして最後の願いを書き終えると、彼はゆっくりとその文字を読んでいき、それらを見てニヤリと笑った。


「なんだ、やりたいこといっぱいあんじゃん。なら、決まりだな」


そう言って彼は立ち上がり、僕のすぐ側まで近づいてきて少し屈むと、こちらに向かって手を差し伸べた。


「孤独なら来いよ、オルドに。俺の元に」


たったそれだけを言って彼は再び僕のことを真っ直ぐと見つめた。

どこへ行くのか、オルドとは何か、そもそもこの人は誰なのか、何一つ分からなかったが、気づくと僕はその手を取っていた。

僕の中にある何かが彼と共に行くべきだと言っているような気がしたのだ。


彼は手を取った僕を見て、少し驚いたような表情を浮かべると、再びニヤリと笑った。


「ようこそ、地獄へ」


その言葉の意味をこの時の僕は理解していなかった。

それでも、彼の手を取ったことを、後悔したことは一度もない。

絶望の淵にいた僕を彼は救ってくれたのだ。


手を取った後、彼は歩けない僕をおんぶして、山道を降りて行った。


「俺はカラレス、本部...オルドの人間課っていうところの代表やってる。お前は?」

「...」

「背中に文字でもかけよ」

『ほむら』

「ふーん、焔ね。オルドが何なのかとか気にならねぇの?」

『あんまり』

「あっそ」


道中、そんなぎこちない会話をした。

人というか大人との関わりに不慣れな僕は上手く会話を続けることができなかった。

そして、自身をカラレスと名乗る彼もどうやら同じようで、少し気まづそうな雰囲気をしていたが、それを口に出すことはなかった。


しばらくして、いつまでも背負われているのも申し訳ないと思い、降りて歩けることを伝えると、彼は黙って僕を下ろした。

そして、普通に歩き出した彼を僕は一生懸命追いかけた。


山道は凸凹としていて歩きにくく、遠慮して降りたはいいが、やはりまだ足は万全ではなかったようで、ついて行こうと頑張るが、前を歩く男との距離はどんどん開いて行った。

彼は普通に歩いているようだったけど、動きからして体幹が鍛えられていて、加えてあの長い足で歩く一歩は僕の三歩分の大きさに相当した。


必死になっていると、僕は再び石に躓いて転んでしまった。

背後で音がしたことで男がようやく振り返ると、僕との開けた距離に驚いた表情を浮かべた。


「...チッ...あー、もう!」


そう言って彼は面倒くさそうに頭を搔くと、僕の方に向かって勢いよく近づいて来た。

僕は申し訳なさでいっぱいになり、同時に怒られてしまうのだと身構えたが、どうやらそうではなかった。


「...ん!」


彼は僕の少し先に背を向けて立つと、たった一言そう言って、僕の方に開いた手を向けた。

その手を見て僕は固まってしまったが、彼が少し急かすように目配せをしたので、急いで立ち上がってその手を取った。

彼は僕の手を握ると、そのまま今度はゆっくりと歩き出した。


再び二人の間に沈黙が続く。

僕は大人の男の人と初めて手を繋いだ。

不器用に握られた手は少し力が強かったが、ずっと離さずにいてくれる安心感があった。


日もすっかり傾いた夕焼けの山道で、彼に手を引かれて歩いた時のことを今でもよく覚えている。

不器用で、口が悪くて、恐らく子供への接し方もよく知らないであろう人が、懸命に寄り添おうとしてくれた優しさが、胸いっぱいに溢れて泣き出しそうだった。

しかし、彼はきっと僕が泣いたらどうしたらいいか分からなくて困ってしまうだろうからと、僕はそっとその涙を堪えたのだ。


これが僕とカラレスさんの最初の思い出。

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