10話
ーーーーキィィイイン。
頭の奥から酷い耳鳴りが聞こえてくる。
痛みも恐怖も感じなかったはずなのに、今は全身から打ちつけられたかのような痛みと重苦しさがして、いつまで経っても何が起きたのか理解できなかった。
回る視界をなんとか開けて見てみると、山の木々の多くがズタズタに引き裂かれて吹き飛ばされていて、地面はガタガタと抉られたり、隆起していたりと、まるで天災でも起こったかのような光景が拡がっていた。
身体は痛くて、何が起きたのかサッパリだったが、先程よりも頭は少し落ち着いていて、ようやく彼女のことを心配する余裕が出てきた。
...酷いことを言ってしまった。
一つも思ってないことのに、どうしてあんなこと言ってしまったのだろう?
あんなに酷い言葉を投げかけてしまったのは生まれて初めてだ。
早く見つけなきゃ...そして、謝らなきゃ...。
そう思い立つと、僕は重たい身体をなんとか起こして、三葉の姿を探した。
辺り一帯は木々が吹き飛び、残った大木も多くが折れたり、横を向いてしまったりしていた。
山一つが吹き飛ぶまでとはいかなかったが、それでも惨状と呼ぶには十分すぎるほど、周りは荒れ果てていた。
そんな中、僕は目を凝らした先に、フラフラと歩く女の子の姿を見つけた。
彼女はまだ目が回ってしまっているのか、手を前にして木々の間を見え隠れしながら、探り探りで歩き続けていた。
三葉が無事だったということに胸を撫で下ろして、声をかけようとしたその時だった。
僕は木々の間から見える彼女の背後から、誰かが近づいてきていることに気がついた。
先程の衝撃波に巻き込まれたのか、少しボロついていて、片足を引きずるように歩き、片手に光るナイフのようなものを持った、全身白い衣装を身にまとった大人の姿...。
一瞬にして背筋が凍りついた。
喉の奥を突風が吹き抜け、心臓が早鐘を打つ。
どうやら彼女は背後に迫る危機にまだ気がついていないようだった。
僕は後先も考えず、最後の力を振り絞って、彼女の背後に迫る白い影へと飛んで行った。
人並外れた脚力で、僕は一瞬にして祈祷師の元へと姿を現すと、勢いよく体当たりをして彼女の傍から遠ざける。
祈祷師の身体は全力の込められた僕の体当たりで、木々を突き抜けて吹き飛んでいった。
それと共に大きな音が辺り一帯に鳴り響く。
...バキバキバキッ!ドォォオン!!
僕は全ての力を使い切ってしまったようで、そのままその場に倒れ込んでしまった。
なんとか彼女の方へ向かおうと、震える腕を支えに上体を起こして座り込んだが、まだ足には力が入らず、立つことはできなかった。
三葉は突如背後から鳴り響いた大きな音に驚いて、こちらの方へと勢いよく振り返ったが、僕はその姿に思わず目が離せなくなった。
クリクリとした力強い黒色をした彼女の美しい瞳は、不気味なほど真っ赤な瞳へと姿を変え、白目も埋めつくしたその目は、同じ人間とは到底思えないようなものだった。
恐怖で身体が竦みそうになったが、怯えた様子の彼女にハッとして、声をかけようとしたが、それよりも前に彼女が口を開き始める。
「...焔...?ねぇ...どこにいるの...?何があったの...?何も分からないよ....怖いよ...。ここはどこなの...?」
こちらを見ながらそんなことを言う三葉に、僕は直ぐに悟った。
目が見えていない。
不気味で恐ろしい彼女の赤い目は、僕の身体を動けなくさせただけではなく、彼女から視力までも奪ってしまったようだった。
彼女は何が起きたのか理解することもできず、自身の周りに起こる全てに恐怖していた。
真っ暗な視界にも、触れる大木にも、聞こえてくる音にも。
僕は彼女を落ち着かせるため、声をかけようと口を開いた。
しかし、彼女の名前を口にしたはずの喉からは、北風のような息がこぼれただけだった。
(ーーーみ...つ...は...)
パクパクと口だけが動いて、声の一つも出ることはなかった。
どうやら僕も視力を失った彼女と同じように、声を失ってしまったようだった。
そして、それだけでなく、声を出そうとすればするほど、喉の奥が焼けるような、突き刺すような、今まで感じたことのない激痛が走ったのだ。
喉を押えて痛みに耐えながら、なんとか自分はここだと伝えようとしたが、三葉は僕が立てた小枝を折る音に驚いて、正反対の方向へと逃げてしまった。
「...ひっ!...焔...!どこ!?...暗いよ...ねぇ...お願い...出てきて...助けて...!」
三葉はそう言って、赤い目から涙をこぼしながら、覚束無い足取りで歩き進める。
僕はどうにか彼女の元へ行こうとするが、上手く力が入らない。
自分の足へ目を向けてみると、ガクガクと震えるばかりで、力がどうにも逃げてしまう。
とにかくあんな不安定な三葉を見失う訳には行かないと、再び彼女の方へと視線を向けると、彼女の歩く先が、拓けていて木々が立っていないことに気がついた。
その方向は僕らがいた場所ではない。
つまりは元から木が生えていない、というよりも木が生えることのできない場所なのだ。
何故ならそこには木が根を張るための地面が存在しないから。
...崖だ...!
僕はハッとして、地面を叩いて物音を立てて、なんとか三葉を引き留めようとするが、その音に彼女は更に怯えてしまい、崖に向かって歩みを進める。
足が動かないならばと地を這って近づこうとするが、それでは到底間に合わない。
(三葉!そっちに行っちゃダメ!)
痛みに身悶えて何とか声を出そうとするが、それでもやはり声など出ず、痛みばかりが襲ってくる。
咳き込む喉からは血まで出てきたが、そんなこと気にしている余裕はなかった。
(お願い!どうか止まって!気づいて!)
そんな願いを三葉の背中に向かって込めるが、彼女がそれに気がつくはずがなかった。
どれだけ手を伸ばそうとも彼女の歩みが止まることはない。
「...焔...どこ...怖いよ...痛いよ...苦しいよ...。お願いだから...気づいて...私はここだよ....」
泣きながらそう言った彼女は、背後にいる僕に気がつくことなく、そのまま崖に向かって歩き出し、静かに姿を消した。
ーーーー。
伸ばした手が力なく地面へと落とされる。
僕はそのまま地面の土を力いっぱい握り締めると、声にならない叫び声を上げた。
勿論声など一つも出なかったが、その代わりに沢山の赤い血が僕の喉から吐き出され、同時に目からは大量の涙が溢れた。
祈祷師に連れて行かれた時とは違って、一縷の希望も持てなかった。
落ちた後の静寂が彼女の死を悟らせたからだ。
出会い、失い、また出会い、失った。
僕の脳裏にはある言葉ばかりが鳴り響いて止まらなかった。
『...三葉なんて嫌い!!もう口も聞きたくない!!どっか行っちゃえ!!』
最後に僕が彼女に伝えた言葉。
どうしてあんなことを言ってしまったのか。
いくら考えたところで仕方がない。
僕は取り返しのつかないことを言ってしまったのだ。
僕があんなことを言ったせいで、彼女は本当にどこかへ行ってしまったのだ。
僕が彼女を大切にしなかったから、お山の神様が連れて行ってしまったんだ。
もう謝ることさえできない。
それは声が出ないからということもあるが、何よりももう二度と彼女に会うことができないからだった。
たった一言でいいから謝りたい。
そのような願いは呪われた僕では叶うはずもなかった。
自由に話せる声を持ってして、人を傷つける言葉を吐いてしまったのだ。
あれだけの力を持ってして、僕は大切な人を守ることができなかったのだ。
決して許されないことをした自分が憎くてたまらなかった。
僕はこの時、自分の声と、自分自身を呪った。




