9話
キラキラと輝く星空の下を、嬉しそうな笑い声をした少年と少女が駆け回る。
二人は追いかけっこでもしているのか、じゃれ合いながら互いを見て、いつまでも笑い続けていた。
そんな幸せに満ち溢れた光景とは打って変わって、二人が駆け回るすぐ側では、以前は屋敷が建っていたはずの場所に大きな穴の空いた惨状が広がっていた。
地面には壊れた破片などが落ちていて、彼らは草履も履いていなかったが、何故か足が傷つくことはなかった。
まるで切れる息も、凸凹とした地面も、頬を掠める風の心地も、大声をあげることも、全てが楽しくて仕方がないように。
「すごい!すごい!出られたよ!」
「あははっ!そうだね!出られたね!」
「見て焔!これが自由だよ!私たち何だってできるんだよ!」
「うん!そうだね!何だってできるね!」
二人して興奮が収まらず、それでも何故か身体が疲れることもなかったので、僕らはずっと辺りをグルグルと走り続けていた。
大好きな人と笑い合いながら、自由に駆け回ることのできる幸せを噛み締めながら。
しかし、ふと僕は視界のすみに何かが映ったことに気がついて足を止めた。
視線を向けた先には一人の小さな男の子と、それを守る怯えた様子の女の人が立っていた。
僕はその光景に首を傾げながら、ゆっくりと落ち着いて辺りを見回してみた。
すると、よく見れば僕らの周りには大勢の村の人達が松明を持ちながら集まって来ていた。
興奮してはしゃいでいたせいで気が付かなかったのか、その数からして、恐らく村人全員がいつの間にか僕らを囲んでいて、その中にはあの祈祷師の姿もあった。
「三葉!逃げよう!」
僕は咄嗟にそう叫んだ。
しかし、彼女は焦る僕とは正反対に、至って落ち着いており、それと同時にまだ興奮の冷め切らない様子で、笑いながら僕に言い放った。
「どうして?私達、何だってできるよ?」
「そういう問題じゃ...」
「そうだよ!何でもできる!檻も壊せるし、建物も吹き飛ばせるし、空だって飛べる!そうだ!あいつら全員皆殺しにすることだってできるんだよ!あははっ!」
「そんな...そんなこと言っちゃダメだよ!」
「こんな大きなことが起きたっていうのに、逃げも隠れもせずにわざわざ来るなんて!本当に馬鹿ばっかりで笑えるね!」
「...三葉...」
こちらの言葉を一切聞こうともしない三葉に、僕は話すことを諦めて、大勢に囲まれた人の中から切れ目を見つけると、彼女の手を取って目にも止まらぬ早さで駆け出した。
それはまるで突風が吹き抜けるような速さだった。
とにかく逃げなくてはという意識ばかりを頼りに、僕は人がいないであろう山の中へと入って行ってしまった。
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山に入り木々の間を走り抜け、人の気配が消えた頃にようやく僕は落ち着きを取り戻して、ゆっくりと走る速度を落とした。
そして、今度は恐る恐る歩いていこうとすると、突然、そんな僕の手を三葉が思い切り払い除けた。
「やめてよ!何するの!?」
「何って...囲まれてたから逃げなきゃって...」
「あんな奴らから逃げる必要なんてない!私たちの方が強いじゃない!」
「つ、強いからって何をしてもいいわけじゃないよ!」
三葉があまりにも人の話を聞こうとしないものだから、僕は思わず大きな声でそう言い返してしまった。
すると、不機嫌だった彼女は更に顔を険しくさせ、僕に向かって怒鳴り始めた。
「焔は誰の味方なの!?アイツら!?私!?」
「だ、誰の味方とか関係ないよ!僕は...」
「焔に酷いことした奴らばかりじゃない!?忌み子だ鬼の子だなんて法螺吹いて!散々焔のことを傷つけた!どうしてアイツらのことなんか気にするの!?別に殺したっていいじゃない!!」
確かに三葉の言っていることは正しかった。
結局、僕が呪われているなんてことは全て研究のための真っ赤な嘘だった。
村の大人達も子供達も事情はどうであれ、僕に向かって暴言や暴力を振るったのは間違いなく、それに傷ついたことは何度もあった。
それでも...。
「僕はこの村が好きなんだ。豊かな緑も、優しい人達も、幸せな日常も。僕にはなかったけど、それを見ているのがとても嬉しかったんだ。そして勿論、その中には君もいた。僕は...自分がどれだけ強くなったとしても、力を持ったとしても、大切なものを守れないのなら、誰かの命を奪うようなことがあるのなら、それは絶対に嫌だよ」
「...」
「それにね、誰かの命を奪ったりなんかしたらね、お山の神様もきっと悲しんじゃうよ。そんなの...三葉も嫌でしょう?」
「...」
僕はそうして三葉を宥めるようにして、再びゆっくりと彼女の手を取ると、優しく笑いかけた。
そして、楽しいことを考えようと言いかけたその時、僕が繋いだ手を彼女は再び勢いよく跳ね除けた。
「...に...れ...」
「...え?」
「...にそれ...なにそれ...何それ...何それ何それ何それ何それ!!全っ然意味分かんない!!」
「...みつ...」
「何が好きよ!あんなに酷いことされといて!!アイツらに殺されかけたんだよ!?どうして私達が我慢しなきゃならないの!?」
「...そ、それは...」
「全部嘘だったの!?私のこと好きなんじゃないの!?結局アイツらを選ぶの!?」
「違うよ!三葉!お願い、聞いて...」
「うるさい!馬鹿じゃないの!?いもしない神様のことなんか心配して!焔もアイツらと同じだよ!!」
「...い、いもしない...神様?」
「そうだよ!呪いも!災いも!神様も!全部全部!アイツらが作ったデタラメだよ!!」
三葉のその言葉に、僕は頭にきてしまった。
彼女と出会う前、寂しい牢屋の中で僕の心を救ってくれたのは、お山の神様の存在だった。
きっと見ていてくれると、まるで親代わりのように神様に向けて毎日お祈りをして、素直ないい子であろうと頑張ることができた。
そんな大切な存在を否定されてしまい、思わず怒りが湧き上がってきてしまったのだ。
「そんなことない!お山の神様はいるもん!!」
「いない!そんな非科学的な存在なんて!真っ赤な嘘だよ!!」
「いるよ!絶対にいるよ!!」
「じゃあ!姿を見たことあるの!?話したことあるの!?ないでしょ!?人に言われたことを鵜呑みにするなんて!あの馬鹿共と同じだよ!!だから騙されて傷つけられるんだよ!」
「お、同じじゃないもん!嘘をついてるのはそっちだ!三葉の嘘つき!!」
「...っ...!!」
一体僕らはどうしてしまったのだろう。
いつもならこんな風に怒ったりなんかしない。
小さなモヤモヤとした感情が、まるで爆発のような興奮へと変わり、怒りが溢れてくる。
そして、それは人を傷つける言葉として、口から吐き出されては止まらなかった。
三葉だって本当はそんなこと言いたくなかったはずだ。
いつもの彼女は確かに口調はキツいが、それは素直な言葉ということでもあり、そこにはいつも真っ直ぐで優しい気持ちが込められていた。
僕だって誰かを傷つける言葉なんて言いたくなかった。
ましてや、彼女が一番言われたくない言葉をかけてしまう時が来るなんて思ってもみなかった。
しかし、それでも僕らの怒りは止まることを知らなかった。
「間違ってるのは三葉の方だ!!」
「うるさい!うるさい!!私は何も間違ってない!!悪いのは全部焔の方だ!この馬鹿!!」
「ば、馬鹿はそっちだ!!」
一度吐いてしまった言葉は二度と元に戻すことはできない。
そんなこと遠の昔に分かっていたはずなのに、僕らは互いに言ってはいけないことを口走ってしまった。
「...っ〜!嫌い!焔なんか大っ嫌い!!もう顔も見たくない!!どっか消えてよ!!」
「ぼ、僕だって!分からず屋の三葉なんて嫌いだもん!!もう口も聞きたくない!!どっか行っちゃえ!!」
その瞬間、二人の身体から再び赤い光が放たれた。
それと同時に先程とは比べ物にならないほどの衝撃波が出て、僕らを中心に辺り一帯を全て吹き飛ばしてしまった。




