表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こんなに釣れません  作者: 咲多紅衣(さきたこうい)
10/12

20180528_南伊豆10

少し長くなったため、分割して投稿します。

 11時30分。干潮(かんちょう)から1時間。迎えの船が14時だから、残りは2時間30分。片付けの時間を考えると実質は2時間ありません。

 お昼御飯。

 クーラーの氷の中から耐熱バッグを掘り出しました。

 アルミホイルに包んだ小さな焼きお握り、甘い卵焼き、ケチャップ味のソーセージ、魚肉つみれで作った魚ハンバーグ、ほうれん草の胡麻汚し、きんぴらウド。

 火を入れて痛みを遅くした献立。小さく作ったから全部一口で食べられます。作ってから半日以上空いてしまうから、遠出に持っていく弁当はこれでしばらくお休みです。梅雨時から秋の半ばにかけては、クーラーに入れたくらいでは痛みから逃げられません。氷に直接放り込めば別ですけれど、凍った弁当を食べたくないでしょう?

 おニイさんは渡船屋(とせんや)の弁当みたいです。

 ちなみに、渡船屋で弁当を売っているかどうかは事前に確認してください。現地に来てから売っていないのかと文句を言う客は非常識です。

 飲み物は事前に掘り出しておいたペットボトルのお茶。まだ少し凍っています。凍らせたペットボトルをクーラーに入れておくのは釣り人の基本。買う氷の量が少し減ります。けれども、慣れない人は磯臭さが移る気がして飲めません。中身は無事でも鼻を刺すとのこと。高校の時のバイクのダチが、最初そうでした。その子は今や立派な釣り女だけれど。

 釣りの世界に引き込んだ張本人が言うことではない。

 高校の頃、バイクで通学していました。母校は原チャリを含めると半分近くがバイク通学という、おかしな高校でした。私立高校とはいえ、二百台規模のバイク用の駐輪場を作るあたり、あたまおかしい。まあ、その分、自賠責保険が切れているとか、ノーヘルとか、ナンバーを外しているような連中は簡単に停学になっていましたけれど。

 大学への進学は、学費、文房具費、交通費無料で集めた特待生の役目。あたしら馬鹿は、入学式で言われるのです。

 君たちを社会で生きていける人間に育てるのが本学の目標です。

 底辺高校とはいっても、あたしのような馬鹿を中心に、不登校の人間、特待生がほとんど。ほんの一部がよそでいう悪いやつらでした。何しろ、いじめがほとんどないという理由で入ってくる人が毎年一定数いるくらいでしたから。

 あたしは中学時代、傷害事件を起こしたと噂され、頭の出来がだいぶ悪く、出席率もひどく、近隣の県立高校に受け入り先がありませんでした。

 でも、あたし自身は高校進学することに必要を感じていないから呑気に構えていました。兄からは「僕と一緒に暮らそうか」と。姉からは、埼玉の叔母が「問題児が1人から2人に増えても問題ないわ」と言っていると。行き先もあったことですし。

 家を出ず、豊橋市の高校に進学を決めたのは、祖父の説得に従ったからです。高校へ行き、友達とまでは言わないけれど、仲間は作りなさいという内容が主でしたね。まあ、あたしに一番響いたのは、弟から「キミ姉ちゃんもいなくなっちゃうの?」と呟かれたことでした。

 え? ええ、あたしはブラコンです。

 県を越えることに抵抗はまったくなかったです。元々、静岡西端と愛知東端は相互に進学することが少なくありません。うちの集落にも豊橋市の高校に行っていた人が結構います。

 ただ、あたしの出席率は中学以下になりました。

 よく、夜明け前に家を出て、高校を素通りして、釣りに出ていました。三河湾の護岸での釣りがメインでした。カゴ釣りチヌやサヨリ、ギマ、マアジ、マサバ。漁港でちょい投げ釣りのカレイ、ハゼ。穴釣りでのアイナメやカサゴ。これらの魚は地元のほうが釣れるのだけれど、三河湾でも釣っていました。

 気分で豊橋市や田原市の太平洋側サーフ、遠州灘での陸っぱりヒラメ、マゴチ、スズキ、青物。投げ釣りカレイ、アイナメ。

 バイクなので竿は2本。多くて3本。釣果が出るのは7~8割程度。いいえ、雑魚ではない本命は2割、5回に1回でした。

 ゲームでいう、緊縛(きんばく)プレイでしたか? そういう、挑戦の釣りです。

 遅い中二病だったのかもしれません。釣りは釣れるほうが楽しい。

 最初は中学と同じように、釣りは少しの間だけ。ちゃんと高校の始業時間には間に合うようにしていました。小学校、中学校でも、夢中になり過ぎて結果的にサボることはありましたから、それが高校では悪化しただけです。まあ、釣り仲間に誘われて学校をブッチすることもありましたけれど。

 でも、釣りをせず、バイク仲間とワイワイ集まることもありました。仲間は先輩後輩含めても悪い人がいない上、族に比べるとゆるいグループでした。なぜか、族連中やギャング連中と並んで三大勢力とか言われていましたけれど。ヤンキーと言われればヤンキーではありましたね。

 そういうバイク仲間の1人に釣りの魅力を伝えたら、こちらの世界に来てしまったというだけ。

 放課後、暇だからと一緒にバイクで来ただけのダチ。

 護岸には海しかなくて、釣り人だけしかおらず、すぐに退屈してしまったみたいです。それにあたしもカゴ釣りで大きいのを狙っているから、さほど釣れません。

「なあ、ヒトミー、これってホントに面白いの?」

 おやおや、釣り人への禁句が出ましたよ。

 あたしがしたのは、ダチに竿を1本貸して、サビキ釣りをさせただけです。群れを構成する魚の大きさと針の大きさ、餌の種類、そしてタナ。()()()に全部セットしたものを渡したものだから、豆アジが小さなクーラー満杯に釣れてしまい、彼女は釣り沼にはまりました。

 今では一年中どこかで釣りをしている立派な釣り○カです。

 そう。思っていたよりも、思いがけず釣れると、とたんに面白くなります。プルプルと伝わる手応えを、獲物を手にした快感を、夢に見るほど忘れられなくなります。

 ふふ、あそこまではまるとは。


 お茶を半分ほど一気飲みして、喉が乾いていたことに気づきました。先程の事件から、無意識に水分を()けていたのかもしれません。

 なお、釣りゴミに関してだけれど、海に投げ捨てる、放置して帰る、駅やSA(エスエー)PA(ピーエー)のゴミ箱に捨てる、すべてルール違反です。マナー違反です。恥ずかしいことです。

 プラゴミやペットボトルは、風に吹かれるだけで動くから、海に落とさないようにしてください。ほんの少し気に掛けるだけで、その釣り場は10年後も使えるようになります。

 出したゴミは持ち帰る。当たり前とすら言えない当然。

 当然のことですよ。

 初心者だからって許されません。人は自分の損になることに敏感です。あいつらのせいで釣り禁止になったと恨まれます。攻撃されます。殴られます。あたしが蹴ります。釣り好きの極道なんて珍しくもありません。

 だから、あたしもおニイさんも、弁当のゴミはしっかり荷物に仕舞い込みました。

 お昼を食べたらラストスパート。

 2人とも大きな意味でのポイントは変えません。

 元々イシダイは簡単には釣れない魚。本命ゼロなんて珍しくもありません。外道も食べられないアオブダイや食べにくいウツボばかりで、帰りのクーラーボックスは空なこともままあります。今日は釣れているほうです。

 そう。食いがあり、当たりがあり、釣れているのです。初めての岩だから、一度徹底的に狙います。結果が悪すぎたら次回は別ポイントに変えるというやり方です。たぶん、この先、幾度も乗る岩だろうから、広く浅くではなく徹底的に。

 こちらで余っているヤドカリとおニイさんのガンガゼ(ウニの一種)を交換しました。お互い違う餌でやってみようと。

 ガンガゼの(とげ)を切り落とす。今日はトングを車に忘れてきたので、おニイさんから借りました。昨日氷を買った際、クーラー内の氷を(なら)すのに使って出したままでした。

 底物釣りでも、長い棘のハリセンボンだとか、歯が鋭いウツボとか、毒棘持ちのアイゴやミノカサゴなどが釣れた時に便利だから、トングを忘れてはいけないのです。色んな魚の毒棘に転げ回った経験が生かされていません。反省。

 今日、小さいとはいえイシダイを釣り上げたベテラン竿には、赤貝の残りを全投入。オオカミは偶然にしても(げん)が良い。

 デビュー戦にして良型のイシガキダイを仕留めた新人選手は、ガンガゼ餌に切り替え。サザエが尽きてしまい、丁度良いタイミングでした。今度はチビイシでは駄目ですからね。

 ガンガゼを遠目に投げるために、ウニのくちばしをハサミで切り落とし、ウニ通しを使って針をしっかりと食い込ませます。

 幾度か出てきたウニ通しという道具は、縫い針のお化けのような構造で、針がついているハリスを餌の中に貫き通す為の物です。

 満潮に向けての上がり潮。東から西への流れ。少し風もあり、裏はうねりが出ています。沖のシモリも潮が当たって良さそうです。

 ベテラン竿はオオカミ(しまあじ)がかかったポイントである120メートルくらい先から、前に狙っていた60メートルくらい先のポイントにかけて、少々底取りをやり直しました。

 下がり潮(干潮への流れ)から上がり潮(満潮への流れ)と潮の流れが真逆に変わったこと。その逆転が始まってすぐ、オオカミという魚食いが120メートル先に回遊していたこと。最初から狙いを外していて、もっと遠い場所にイシモノが居着いているかもしれないと判断したのです。

 90メートル先に大きめの段差、根肩を見つけました。偏光グラスをつけて水中を見やすくなっていても、早い流れの中で見つけられなかったポイントです。第1ポイントはここだったのかもしれません。いや、普通の人は底物釣りで100メートルも投げないから、第1.5ポイントです。

 今日は結局どちらも遠投になってしまいました。高根側は特に根掛かりが心配ですから、引き上げる時は強引でも手早く巻き上げたほうが良いでしょう。

 おニイさんも赤貝を近場に、ヤドカリを30メートル先へ投げています。

 さて、暇だから、おニイさんに釣り以外の趣味でも聞いてみようかな。暇だから。

 あたしは釣り以外だと料理とオートバイが趣味ですね。

「へえ。バイクは俺も高校から乗っているよ」

 おニイさんも乗るの?

「はい。すごい古い原付のオフローダーから乗り始めて、中型に乗り換えて」

 バイクで釣りに行く同類かも。どうかな? 聞いてみよう。

「うん。行くよ。最初の原付から自作の竿受けを付けて、竿突っ込んで。磯バッグを右、クーラーを荷台に。休みの日とか、朝練がある時でも夜明け前から釣ったり」

 思い出し笑いか、威嚇する猛獣みたいな表情になっています。格好良い。

 まるっきり高校時代のあたしです。

「同じ釣りバカだ」

 笑い合う。

 バイクの竿受けに入れるのは振出竿? 継ぎ竿?

「両方だな。石鯛竿や投げ竿は継ぎ竿。チヌ竿は振出。ルアーはどちらも。ピトンに玉の柄もあるから、クッション性の高い布で巻いて。全部入るロッドケースを探すのに苦労した」

 あたしと同じ苦労をしてきたのね。釣り場は近いのかしら?

「熱海の駅近くの生まれだよ。ガキの頃は自転車に乗ってたから、万能の短い振出竿を背負ってた。それでも、仕舞の長い投げ竿を背負って、引っ掛かってこけたりもしたな。荷物の固定が甘くて、走っている最中に総崩れした時は、涙目で拾い集めたし」

 やった。あたしもやった。ガイドが割れて泣きべそをかいて帰ったり。



 こんなに趣味の合う人がいるの? それに熱海。近いとは言わないけれど、同じ静岡県。

 ・・・今もオフローダーに乗っているのかしら?

「今は、カテゴリーだとアドベンチャー。トライ○ンフのタイ○ー800」

 連合王国のT社。兄が乗っています。大型の「虎」モデルとは、様になりすぎですね。

 似ています。あたしは、スーパー○ネレに。

 そうか、バイクが似ているならツーリング誘っても。

「スーパーテ○レ? あなたが勤めるヤ○ハの? ・・・あの1200の? アドベンチャーの?」

 お互いに大型アドベンチャーバイク。

 もう頷くしかないわ。

 どうしよう。お兄ちゃん、お姉ちゃん、どうしよう。

 釣りの神様、どうしましょう。

 釣りの神様?

 無駄な想像力がバイク2台を並走させています。アドベンチャーバイクなら、入りにくいあの地磯でも。

 これはもう、東京勤務にしてくれた人事に菓子折り持って御礼に行かないと。じゃない。ああもう、そうじゃなくて。

 話題話題、わだい、マダイ。ではなくヒラメ。本ワサだわさ。えーと・・・。


 もう1台、上京してから乗っているのがWR25○Rです。

 話題のタナが変わり彼が戸惑うけれど、こちらが落ち着く時間を。

 これも釣りに使います。

「東京湾をあちこち釣りに?」

 近くの護岸、海釣り公園、河口。少し足を伸ばして、内房や三浦、湘南にも行きます。

「湘南か。最近はあっちに釣りに行ってないな。大学の時は簡単に行けたんだけど。東京湾だと狙いは?」

 カゴ釣りで、アジ、サバ、青物、マダイ。

 想像の中の「カゴ1号」を構えて、カゴやらがついた仕掛けを投げ込む真似をします。

 漁港や浜、護岸、堤防からの投げ釣りでカレイ。

 冬の三浦の海岸を思い浮かべます。針に青イソメを房掛けし、もう一度潮や風を確認。糸に指をかけ、スピニングリールのベールを外す。360度の周囲を確認。振りかぶり、カレイが潜んでいるはずのポイントへ仕掛けを飛ばす。

 投げ釣りだと他に、アイナメ、ハゼ、メゴチ。マダイやアナゴはマニアックか。

 内房や三浦でもヒラメ、マゴチが狙える場所があるというのは。いや、陸っぱりのヒラメは、ほとんど茨城や外房へ行くって言ったほうが良いかしら?

「・・・遠投カゴ釣りに(カレイ)か」

 あれ? 興味が薄そう。

 えっとえっと、・・・ルアーでセイゴやマダカ。噂だと、ランカークラスのスズキ。

 ぶっ込みや穴釣りだとカサゴ、メバル、ソイ。

 ああ、よく見るのはフカセ釣りのチヌ。年なしも。

 表情が変わった。何が良かったのかしら?

 何が好きなのでしょう? 東京での釣りというと。

 陸っぱりは、サビキでアジ、サッパ、イワシ、サバ。

 沖釣り、ほとんどヒラメです。

 深海、あれは相模湾か。南房は東京湾じゃないし。

 あとは何でしょう?

 東京湾だと、・・・ビシのアジ、タイ。テンヤがマダイにタチウオ、スミイカ、イイダコ、マダコ。

 カワハギ釣りは外道が多かったな。リベンジで意気込んだ2回目なんて、ほぼフグ釣りだったし。

 んー、ハゼにキス、メゴチ。初心者の面倒を見たことと天ぷら揚げていたことしか覚えていないわね。

 やっぱり、・・・ハゼ。そこらの護岸でも釣れるから。

「良いね。行ってみようか」

 ハゼ釣り好きなのかしら。良かった。底物だけだと頻繁に誘えませんから。

 ・・・その時は、いっsy、おっと当たりが。

 揺れ動き、伸び始めた穂先に、あたしは新入社員から釣り師へと変わる。

 結構良い引きです。ガンガゼと正面沖のポイントは合っていましたか。

 うーん。引きは良かったのだけれど。

 頑張って上げた獲物は、60㎝くらいはあるアオブダイでした。逃がす前に突き出たおでこをグリグリしたくなります。

 話をしながらもボツボツくる当たりは無視をせず、数回の釣果があり、取られた餌は交換ということを繰り返しました。

 釣れたのはアオブダイ、木っ端のイシガキダイ。散発的にかかります。南伊豆はウマヅラハギやカワハギが来ないな。全部海に帰しました。


 あ、おニイさんもウツボ。んー、50㎝ないな。

 ああ、汚物じゃないのだから、そんなに身体から遠ざけようとしなくても。

 ・・・もしかすると、足のない長い生き物が苦手なのかな? 

 うちの弟は、足が多いと苦手です。子供の頃、カレイの投げ釣りに連れて行ったら、フナムシに(おび)え、釣れたドウマンガニ(ノコギリガザミ)に絶叫して、絶対投げ釣りには着いてこなくなりました。

 ドウマンガニが釣れるのは珍しくて誉めたのですけれど、歩き出したカニに怯えてあたしの後ろに隠れてしまいました。あの子は東京生まれだから、生きたカニをあまり見たことがなかったようです。

 ゴカイや青イソメは大丈夫だったから、反応に驚きました。平気でこういう虫餌を針付けしていて、ヌルヌルだと少し喜んでいたくらいだったから。その前に連れて行った時に釣れた海毛虫も問題なかったのです。毒があると教えたら慌てて手を引っ込めていましたけれども。

 フナムシは駄目で、多毛類が大丈夫なのはよくわかりません。弁天蛇虫(ベンテンジャムシ)も平気でした。祖父とあたしと三人でチヌ釣りに行った時は、サナギ餌にもまったく動じませんでした。

 大きくなった今でも、ごくたまに釣りに付き合いますけれど、いまだに活き海老や蟹餌、オキアミは苦手なので、そういう餌は避けています。

 ああ、フナムシどころかアパートに出たゴキブリに悲鳴を上げて、高円寺から早稲田までお姉ちゃんを呼び寄せて退治させた話は、笑うよりも情けなくてため息が出ました。

 姉が到着するまで、部屋の外でタンクトップとブリーフ姿で震えていたらしいです。

「だって、兄ちゃんは仕事だし、キミ姉ちゃんも大学だって言ってたし」

 ・・・自分で退治する発想がないのです。大学生にもなって。さすがに噴霧式や据え置き式の殺虫剤を教え込みました。

 まあ、そう思うと、弟には田舎暮らしが合っていなかったのかもしれません。ムカデはその辺にいますし、縁の下にはヤスデやゲジゲジがいます。足が多いというなら、カブトムシもクワガタもコオロギもバッタもカマキリも。チョウやガやハチやアブは、そこらに飛んでいます。

 思い出した。家に来たばかりの頃、てんとう虫の裏側を見て、兄にしがみついていたっけ。

 ちなみに、弟が釣ったドウマンガニは、十分大きかったけれど1匹だけだったので、味噌汁にしました。美味しい美味しいと喜んで、珍しくお代わりを求めてきたから、注ぐ際にハサミや足が入らないようにしましたね。今でも甲殻類を料理する際は足に注意です。

 あの頃のあの子は小さかったな。クラスでも小さくて、朝礼では前のほうにいました。

 今では191㎝。187㎝の兄と並ぶと、それこそカマキリが並んでいるみたいです。

 苦手なものは誰にでもあります。あたしは・・・、饅頭(まんじゅう)が怖いかな。

 ・・・すみません。発想が昭和ですみません。


 おニイさんに近寄って、ウツボから仕掛けと針を外してあげました。

「元気だから海に戻しましゅ」

 若干語尾が震えている?

 あごを押さえているのはフィッシュグリップです。

 おニイさん、そのまま持っていると巻き付いてきたりしま・・・。

 センター、バックホーム。

 ・・・ああ、ウツボが飛んでいきました。

 海へ帰すのに、そんなに勢いよく投げなくても。魚を投げて大体70メートル。体力測定のボール投げだと何メートル飛ぶだろう。

 あんなに愛らしい魚を怖がるなんて、可愛いなあ。

 とと、正面に向いたあたしの竿が一気に揺れた。後ずさってハーフターン。竿を取り上げ、さあ、ファイト。

 巻きを入れると、糸が横に逃げた。この横っ飛び、今度こそエイだ。アカエイ(赤鱏)? 重いからマダラエイかも。

 エイはサメと同じく悪食で、魚からオキアミからゴカイから貝からウニまで、何でも食べます。まあ、種類によって多少は好みが違うでしょうけれど。

 石鯛竿が半月を描きます。

 手応えがクソ(おめ)え。

 力も強くて、横に飛ばれる時に気を付けないと、簡単にラインを切られそうです。いつものアカエイより強い抵抗があるけれど、それでも竿を折るほどではない。

 大きいエイと言えばマンタ(オニイトマキエイ)がいます。ダイビングの動画でよく出てくるあれです。船から水面下をマンタが飛んで、いえ泳いでいる姿を見たことがあるのですが、その辺のセダン車より大きくて驚きました。そんなのが掛かったら大変ですね。

 でも、マンタはまだ食べたことがありません。あれだけ大きい魚をさばいてみたい。どんな料理が合うでしょうか。普通のエイと同じようにソテーして、味見してからになりますか。ナンヨウマンタでも良いのだけれど。

 数度いなしつつリールを巻き上げていく。釣り慣れていますし石鯛竿は丈夫ですから、いなしも簡単。ヒラメ釣りやカレイ釣りが好きだと、どうしてもエイも多く釣れるのです。時にはマダラエイのような大きいエイも掛かってしまい、船でのカレイ釣りで意地になって抵抗して竿を折られたこともあります。

 扱いが石鯛竿と違いますか? 折れるかどうかを気にするしないが激しい?

 船の竿は、ヒラメの愛竿を除くと、自分で買った安竿中心です。最近は使っていませんけれど、一番古い竿だと、祖父が知人からもらった昭和の竿もあります。100%グラスファイバー製なのは現代でも多いからともかく、当たりの取りにくさ、合わせにくさは、まさに時代が違う性能です。

 海の中を飛ぶように泳ぐエイは、(あらが)い方が独特です。様々な釣りで掛かってきたので、引きで大体わかるようになりました。本当にどこでも掛かります。浜からカレイ狙いの投げ釣りで、防波堤からマダイ狙いの遠投カゴ釣りで、船からヒラメを狙った沖釣りで、もちろんこういう沖磯での底物釣りでも。

 ルアー釣りを教えてもらったばかりの高校生の頃、冬の遠州灘で40㎝、51㎝、65㎝と調子よくヒラメを釣り上げ、ルアー初心者が調子に乗りました。とんでもない手応えを得て、座布団来たと叫んだら、幅で113㎝、尻尾を含めて306㎝のまさに座布団なアカエイが波打ち際に出てきて、仲間から爆笑された恥ずかしい思い出があります。

 カレイ釣りで竿を折ったエイも同じような大きさでした。毒棘ごと尾を切り落とし、その場で締めて、フライにしました。竿は、近所の釣具屋の倉庫の奥から出てきた在庫処分品で、確か680円だったから衝動買いした品でした。

 獲物が海面に浮いてきた。平べったいから分かりにくいけれど、見慣れてしまっているので大きさがわかります。幅は1メートルないでしょう。長さも尻尾を入れないと50㎝くらいかしら? 向きにさえ気を付ければ、あたしのタモでも入る大きさです。一人で玉の柄を伸ばし、網に収めました。

 突き出た頭、トビエイ(鳶鱏)です。翼のようなヒレをしています。マンタを小さくしたようなエイと言えば想像してもらえるでしょうか。アカエイ同様、こいつの尾にも毒棘(どくとげ)があります。扱いは慎重に。

 エイの毒棘は、刺されると声が出てしまうほど痛みます。

 小学校3年生の時、珍しくスカートで釣りをしていて、出ている足をアカエイの棘でグサリとやられ、痛みに転げ回ったほどです。転げている内に棘は肉ごと抜けましたが、毒のショックで呼吸困難とチアノーゼを起こし、付き添いの兄が慌てて病院へかつぎ込んでくれました。

 浜名湖で釣りをされる際はお気をつけ下さい。奥の猪鼻湖でも結構います。

 ところでお兄ちゃん、あの時、地面をバタバタしているアカエイにナイフを投げつけて串刺しにしたよね。あの(なた)みたいなナイフ、ラチェットだっけ? 中学1年生が持ち歩いちゃいけないんじゃない? 釣り道具の所に戻った時、ちゃんとまだ刺さったままだった? 警察呼ばれていなかった?

 40㎝もあるナイフで地面にはりつけになっているエイを目撃したらどうしますか? しかも、刺された被害者の出血で、周囲も結構血まみれ。通報しません?

 竿を竿掛けに戻し、タモ網の中でビッタビッタ暴れているエイに近寄ります。タオルを折り畳んで厚くし、タモ網の中の尾の部分を押さえつける。押さえる際に棘がタオルの布地を貫かないよう気を付けて。

 ヒレをつかんでひっくり返す。今まで茶褐色だった奴が、白く変身。突き出た頭の根本に切れ目みたいな口が開いています。

 空いた右手でプライヤーをハリス沿いに滑らせ、針をグリンと抜き取った。

 プライヤーをライフジャケットに仕舞い、フォールディングナイフに手をかけたところで視線に気付きます。

 ああ、おニイさん、エイも駄目ですか。心配そうな目です。助けたいけど、すくんだ足が踏み出せない。そんなところでしょうか? 優しい人。

 まあ、怖いエイをザクっと仕留めてしまうのも・・・、ひかれ、る、か、しら?

 右手でエイの頭をつかんで持ち上げ、海へと帰しました。

 おー、腹、ではなく背を打ってしまったか。数秒そのままプッカリ浮いて、その後自ら引っくり返って海底へと帰って行きました。


分割後半は19時投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ