集合・対決②
「それで、後に合流するための待ち合わ……っ!?」
「……ぁ」
まるで目の前の脅威から目を逸らすかのように、どこか和やかな空気を感じながら全てが終わった後のことを話していた……そのタイミングでドラコが俺たちを現実に引き戻る様に反応を示した。
「れ、レイド様っ!?」
「わかってるっ!! 足場を頼むっ!!」
即座に気を引き締めながら、ル・リダが作ってくれた穴からいつも通り外の様子を確認する。
(誰も居ないな……後はやり過ごせれば問題ない……しかし、本当に厄介な奴だ……)
こうして近づくたびに警戒しなければいけない事実に、改めて多混竜の脅威を思い知らされてしまう。
(俺じゃあ全く歯が立たないもんなぁ……精々時間を稼ぐのが精いっぱいで……それなのにこれから向かう先には三体分の多混竜が混ざった化け物が居るんだもんなぁ……)
直接見た人の話ではリダ達の魔法ですら傷一つ付かないほど頑丈で凶悪な強さだったという。
恐らくは先ほどル・リダから聞いた特徴の重ね合わせとやらで、驚くほどに強くなっているのだろう。
そんな奴を相手にしては、ただの多混竜にすら苦戦している俺が何かの役に立てるとは思えなかった。
(それはアリシアも分かってるはずだよな……だから多分この剣を渡したら、後はアイダを連れて避難するように言ってくるだろうけど……)
アリシアに任せるのが一番だと頭では理解しているが、どうしても彼女一人にそんな危険な真似をさせたくなかった。
だからどうにかして力になる方法が無いか考えるが、俺の実力ではどうしようもないという結論しか出ないのだ。
久しぶりにアリシアに遠く及ばない己の無力さが恨めしくなる。
(駄目だ駄目だ……落ち込んでる場合じゃない……戦闘面で力を貸せないなら違う方法でアリシアを助ければいい……んだけど、そうなるとやっぱり非戦闘員の避難を……アイダを連れて逃げるぐらいしか……はぁ……)
「ど、どうですかレイド様?」
「あ、ああ……大丈夫、誰も居ないからこのままここに隠れてやり過ごそう」
物思いにふけっていた俺だが、ル・リダの心配そうな声で現実に立ち返ると慌てて洞窟内へと身を潜めた。
(言ってる傍から油断と言うか、気を抜いてどうするんだか……冷静に成れ……例えどんな力の差がある相手でも自分の長所を生かして冷静に立ち回ればきっと出来ることはあるはずだ……なのに下手に考え過ぎて目の前のことすら疎かにしていたらどうしようもないぞ……)
そう自分に言い聞かせながら、とにかく今は出来ることを完璧にこなそうといつも通り穴の中から多混竜が通り過ぎていくところを観察しようとした。
「ドゥルルルルルルっ!!」
「んっ!?」
そして思っていた通りに多混竜が姿を現したが、何やらその様子に違和感を覚える。
(は、速いっ!? 何だこの速度はっ!?)
凄まじい速度で上空を駆け抜けていく多混竜は、一瞬のうちに俺の視界から消えて行った
今まで……というよりも、ル・リダ達と合流してからすれ違う多混竜はまるで何かを探しているかのように速度を落として移動していた。
それに対して今回の速度は、それこそ戦闘中に見せていたような勢いだったのだ。
「ど、どうしま……あれ? もう咆哮が聞こえなくなってますね?」
「ええ……物凄い速さで飛び去って行きましたから……それこそ全速力で移動してるみたいでしたが……」
「ふぇっ!? そ、そうなんですかっ!? で、でも何で急に?」
「……ぁ」
「「っ!!?」」
訝しんでいた俺たちの傍で、間髪入れずドラコが反応を示した。
てっきりさっきの奴が戻ってきたのかと緊張する俺たちだったが、しかしドラコは先ほど去っていった奴とは別の方向を向いていたではないか。
「れ、レイド様っ!?」
「ちょ、ちょっと待ってっ!? 念のためもう一度……っ!!」
その反応に驚きながらも、とにかくもう一度近くに人がいないかを確認して洞窟内に身を潜めながら外を見つめ続ける俺たち。
「ドゥルルルルルっ!!」
「っ!!?」
果たして予想通りと言うべきか、前に俺と戦った個体が姿を見せたかと思うとやはりすさまじい速度で……それでも少しだけ身体をふら付かせながら先ほどの多混竜と同じ方向に飛び去って行った。
(俺の攻撃魔法で翼はボロボロだったはずなのに、もう空を飛べる程度に傷が癒えているのか……それでもふら付いている辺り完全に回復したわけじゃないだろうけど……)
余りにも早すぎる治癒速度に、ひょっとして多混竜にも魔獣達が付加されている自動回復機能が付いているのではと不安になる。
もしそうならば頭と心臓を潰さない限り回復が止まらず、処理がより厄介になるからだ。
しかしそれにしては俺との戦闘中も、そして今も多混竜の身体を癒しの光が包んでいるようには見えなかった。
「あ……あの、レイ……」
「ル・リダさん……多混竜には自動回復機能はついているのかな?」
「ふぇっ!? あ……わ、私は多混竜に関してはほぼノータッチでしたので詳しくはありませんが、多分ついていないはずです……あれは色々と面倒な処理がありまして……何より暴走するかもしれない魔物には基本付けていません……あくまでも知性のある魔獣にだけ施すようにしていましたので……」
「そうか……ならあの回復能力は多混竜の……ドラゴンが素で持っていた能力ってことか……っ!?」
少しだけ安堵しそうになって、しかし俺は自分の言葉であることに気付いて愕然とする。
(あ、あれがドラゴンとしての特徴の一つだとすると……複数多混竜が合成された化け物はその能力も強化されている可能性が……くそっ!! 下手したら魔獣の自動回復機能よりずっと厄介になっているかもっ!!?)
新しい情報を知れば知るほど、これから向かう先に居る化け物がいかに恐ろしいかを悟らされるようで……そしてそれと戦っているであろうアリシア達の安否も気にかかってくる。
それでも何度も取り乱すわけにはいかないと、必死に冷静になる様に自戒する。
(大丈夫だアリシアなら……アイダも傍から離れないだろうし……きっと無事でいるはずだ……仲間を信じろっ!!)
「れ、レイド様……」
もう何度も心中で呟いた言葉を繰り返し、何とか心を落ち着かせようとする俺にル・リダは何か言いたげな視線を向けてきていた。
そこで先ほど俺に何かを話しかけていたことを思い出し、改めて深く息を吸ってから彼女に向かって口を開く。
「はぁ……言葉を遮って悪かった……それで何だい?」
「は、はい……あの先ほど飛んでいった多混竜ですが……どちらも同じ場所を目指しているように見えませんでしたか?」
「ああ……確かに同じような方向に飛んでいったような……あっ!?」
彼女の言葉に頷きながら、改めて多混竜達が飛び去った方向を確認して俺は再度衝撃を受ける羽目になった。
何せそれはドラコが見ている方向と……今俺たちが掘り進んでいる方向とも一致していたのだ。
(あ、あいつらまさかゼメツの街へっ!? な、何で急にっ!? いや理由なんかどうでもいいっ!! そんな事よりもしも、あいつらまでアリシア達に襲い掛かったりしたらっ!? くそっ!!)
その事実にまたしても俺は正気を失いかけて、今すぐ彼女たちの元へ駆けつけようと洞窟から飛び出そうとする。
「だ、駄目ですよレイド様っ!!」
「……っ!?」
それでも俺にまたしても縋りついて止めるル・リダの姿を見て、今度はすぐに感情を抑えることができた。
(だから不用意に動こうとするな俺っ!! 本当に成長しないなっ!! だけどアリシア……アイダっ!!)
「はぁ……済まないル・リダさん」
「き、気持ちはわかりますから……も、もっと頑張って掘りますから我慢してくださいね……」
そう言って懸命に洞窟を掘り進めてくれるル・リダだが、この調子ではまだまだ時間がかかりそうだ。
それに対して先ほどの多混竜達の速度からすると、もう既にゼメツの街へ辿り着いていても不思議ではない。
(まだそこに向かったって決まったわけじゃないだろっ!! 落ち着けっ!! 冷静にならなきゃ何にもならないっ!! どうしても急ぎたいならせめて安全に早く進む方法を考えろっ!!)
気持ちばかりが焦る中、必死にそう自分に言い聞かせながら何かもっと効率の良い方法が無いか頭を働かせる。
尤もあの多混竜の脅威を前に安全性を確保する方法など、それこそこうして見つからないよう地下を掘り進むぐらいしか思いつかなかった。
(本当に俺は肝心な時に役立たずだなっ!! あれだけ偉そうにアリシアを守るって人前で誓ったくせにっ!! せっかく編み出した攻撃魔法も結局は何の役にも……あっ!?)
そこまで考えたところで、ある方法を思いついた俺は慌ててル・リダへと話しかけた。
「る、ル・リダさんっ!? お、俺が穴を掘るから固めるほうに専念してくれないかっ!? そのほうがきっとずっと速く進めると思うっ!!」
「えっ!? そ、それは構いませんけれど……意外と土を掘るのって大変ですよっ!?」
「ああ、わかってる……だから掘るんじゃない……蒸発させるっ!!」
「っ!?」
こちらの発言に驚く彼女の前に立つと、俺は深く息を吸って魔力を込めた両手を突き出して無詠唱で攻撃魔法を放った。
「はぁああっ!!」
「あっ!? す、凄いっ!?」
「……?」
俺の放った魔法は土の壁を一瞬で蒸発させて、大きな穴をあけていく。
そして人が通れるサイズにまで広げたところで、魔法を途切れさせることなく更に奥へと進みどんどん穴を繋げていく。
その後ろをル・リダがドラコを連れて付いてきて、壁を崩れないように固定させてくれる。
(よしっ!! これなら全然進行速度が違うっ!! だけど魔力の消費が……いや、今はそんなこと気にしてる場合かっ!?)
多混竜に対して放った時とは違い、詠唱を省略している分だけ威力と魔力の消費は控えめだがそれでも凄まじい速度で魔力が枯渇していくのがわかる。
だから定期的にマジックポーションを飲み干していくが、このペースではゼメツの街に付く頃にはどれだけ減るか想像もつかない。
しかし今は一刻を争うのだ……そう自分に言い聞かせて、俺はとにかく必死になって魔法を放ち洞窟を掘り続けた。
「こ、この調子なら今日中にはゼメツの街に辿り着けそうですよっ!!」
「いやまだだ!! もっと早くっ!! 一刻も早くあの二人に会いたいんだっ!!」
「えぇっ!? で、ですがこれ以上はっ!?」
驚きの声を上げるル・リダだが、確かにこれ以上速度を上げるのは難しいだろうう。
それでも少しでも早く彼女たちの元へ辿り着きたかった俺は、必死になってもっと何かできないか考え続けた。
(手のひらサイズの熱線じゃあ人が通れる大きさに穴を広げる作業が一番時間がかかる……だけど下手に魔力を込めて威力を上げても効果範囲はそこまで比例して広がらない……何かないのかっ!? それこそ範囲魔法みたいに……っ!!?)
そこまで考えたところでマジックポーションを飲み干すために持ち上げていた手を見て、思いつく。
(もしもこっちの手からも攻撃魔法を放てたら……いや、でも両手で魔法を放つだなんて前例は……いやでも待てよ……範囲魔法とか補助魔法みたいな一度発動すれば魔力の続く限り継続するタイプの魔法は同時に発動できるじゃないか……そしてこの俺が編み出した攻撃魔法は……試す価値はあるっ!!)
とんでもない思い付きだが、これが上手く行けばより効率的に穴を掘れるようになる。
だからこそ俺はル・リダに向かって叫びながら、新たに魔力を練り上げ始めた。
「ル・リダさんっ!! これから両手で別の魔法を使えないか試してみますっ!! もしも上手く言ったら俺がマジックポーションを飲めるように手を貸してくださいっ!!」
「えっ!? は、はいっ!! 手は余ってますからできますけど……そんなことできるんですかっ!?」
「わかりませんっ!! だけどやってみせますっ!!」
困惑するル・リダにそう答えながらも新たに魔法を放とうとして、しかし万が一にも失敗して暴発させるわけにはいかないと慎重になる。
何せこの威力が身体に跳ね返ってきたら、俺など即死しかねないからだ……だからあえて詠唱しながらもう片方の手を前に突き出した。
「我が魔力よ、この手に集いて全てを焼き尽くす閃光と化し我が敵を焼失させよえ……ファイアーレーザーっ!!」
「あっ!? えぇっ!? ほ、本当に成功したぁっ!?」
「よ、よしこれな……えぇっ!?」
俺の目論見通り問題なくもう片方の手からも発動した攻撃魔法だが、手首の角度のせいか先に発動していた同じ魔法と重なり……数倍以上に膨れ上がり凄まじい火力でもって一瞬で壁を溶かしていった。
(な、なんだこれっ!? 同じ魔法を重ね合わせるとこんな風になるのかっ!? い、いやでもそんな話は聞いた覚えが……俺が編み出した魔法だからかっ!? それとも一人の術者が同じ魔法を重ねるとこうなるのかっ!?)
未知の減少に困惑する俺だが、それはル・リダも同じようで彼女はマジックポーションの配給を忘れて目の前の光景をぽかんと眺めていた。
俺もまたそんな彼女を急かすことも出来ず、魔法が止まるまで自分の放った魔法を唖然と見つめてしまうのだった。
「……あっ!? うぐっ!? ま、魔力が……っ!?」
「えっ!? あっ!? す、済みません今ポーションを……えっ!?」
「ありが……えぇっ!?」
そこで正気に戻ったル・リダからマジックポーションを差し出そうとして、俺もまた正気に戻り受け取ろうとしたところで……魔法が止まって晴れた視界の中でその驚愕の光景を目の当たりにして再度固まってしまうのだった。
「す、凄い……こ、こんな大きな穴を一瞬で……しかもこれ凄く奥まで続いてますよ……」
「な、何でこんな威力に……これどこまで続いて……い、いいやまあいいや……これなら一気に進めそうですね……一応崩れてこなさそうですけど固めるのお願いします……」
「わ、わかりました……だけどこれ……ひょっとしてゼメツの街まで続いてるんじゃ……ううん、そうじゃなくてもこれならもう何時間もかからずに到着しますよっ!!」
「は、はは……な、何というか……いや好都合だし良しとしよう……待っててくれアリシアっ!! アイダっ!!」