最悪最凶の失敗作⑪
「……と、まあこっちの事情はこんなところだ」
「それでレイド様は失敗作を知らないお仲間の為にこちらへ……っ」
「ああ、まさかここまでだとは思わなかったけど……?」
「……?」
ル・リダ達に自らの正体を明かしつつ、軽くこちらの事情も説明したところで向こうは少し緊張した面持ちで俺を見つめていることに気が付いた。
尤もドラコだけはいつも通りだが……しかし無理もない話だろう。
何せ俺は『魔獣殺し』などと呼ばれるほど、ル・リダと同じ存在である魔獣を倒してきたと思われているのだから。
(実際にはアリシアの方がずっとたくさん倒してるんだけどな……だけど魔獣側からしたら倒された奴の話は聞けないわけだし、下手したらライフの町を襲撃しようとした奴らも俺が倒したことになってるんだろうなぁ……)
それこそ魔獣側からしたら、俺は連続殺人犯のようなものに見えるのかもしれない。
「……ところで、お互いの事情が分かったところでもう一度聞くが……本当に協力してくれるのか、俺と?」
「……」
敢えて尋ね返した俺の言葉にル・リダは即答することなく俯くと、少しだけ考えこむかのように黙り込んだ。
その間も洞窟を掘る手は止まることはなかったが、しばらくして顔を上げた彼女はまっすぐ俺を見つめながら逆に尋ね返してきた。
「すみません、その前に一つだけお伺いしたいのですが……レイド様は魔獣なら無差別に殺しまわっているわけではないのですよね?」
「ああ……俺は魔獣だから戦ってるわけじゃない……あくまでもこちらに敵意があって、実際に害をなしてきているから対処しているだけだ……」
過去の戦いを思い返しながらはっきりと言い返す。
実際に今までの魔獣との戦いは、全て俺にとって大切な人や物に手を出そうとしてくる奴だから倒してきただけなのだ。
(魔獣事件の解決には力を注いでいたけれど、それはあくまでも社会全体の……強いては俺にとって大切な仲間達が傷付くような計画を立てているから止めようとしただけだ……だからもしもこの企てをしたのが魔獣じゃなくて人間であったとしても俺は立ち向かっただろうからな……)
「そうでしたか……」
「ああ……確かに魔獣には色々と酷いことをされて思うところもある……だけど別に魔獣と言う種族……と行って良いかは分からないがそれ全体を憎んでいるわけじゃない……特に誰かのために頑張っていて、しかもこうして助けられた身としては貴方とは戦う気にはなりませんね」
「……ふぅ……それは私も同じですよ」
俺の言葉を聞き終えたル・リダはまるで安堵したかのように胸を撫でおろしつつ、同意するように首を縦に振って見せた。
「元は同士であった魔獣達を沢山倒されたことに思うところはありますが、彼らの成してきた所業を考えれば仕方のない話です……まして貴方様は私に敵意を向けているわけでもなくこうして信頼して自らの素性を明かしてくださいました……ならば私もそんなレイド様とは協力できると信じたいと思います……」
「そうか……助かるよ……」
ル・リダの返事を聞いて、俺もどこか安堵したような気持ちになるのを感じていた。
(俺も緊張してたんだな……まあ当たり前か、彼女の返事次第じゃこの安全な場所から出て行かなきゃいけなかったかもだし……何より仮にも命の恩人だから剣を向けたくはない……)
「……?」
そんな俺たちをドラコが一瞬だけ不思議そうに見つめたように見えたのは気のせいだろうか。
「ふふ、相変わらずドラコちゃんは可愛いですねぇ……はぁはぁ……チュッチュしたい……ギュっとして寝かしつけて寝顔をペロペロして全身を……」
「手が止まってますよル・リダさん……後顔も怖いです……」
「はっ!? す、済みません……」
そこでドラコを見つめたル・リダは鼻の下を伸ばしたかと思うと洞窟を掘る手を休めてこちらに迫ろうとしてきたが、少し呆れつつ苦言を呈すとすぐに正気に戻り改めて洞窟を掘り進め始めた。
(うぅん……緊張感はほぐれるけど、こんな調子じゃ果たして親ドラゴンの元に到達するまでどれだけ時間がかかるやら……その後はアリシア達を探すのに協力してくれるって話だけど……それまで無事でいてくれよ二人とも……)
尤もドラコを探しているのか、多混竜はこの付近をウロウロしているだけだとル・リダは語っていた。
それが本当ならば別の場所にいるであろう彼女たちが襲われる心配は少ないはずで、ならばあまり心配する必要はないのかもしれない。
何よりもアリシアなら単独で行動している多混竜に見つかっても、恐らく逃げ切ることぐらいはできるはずなのだから。
(多混竜がまとまって行動しているなら恐ろしいけど、そうじゃないみたいだから……だけど本当にどこに居るんだろう?)
この後、もしも無事にドラコを親元へ返すことができたとして果たしてどこを探しに行くべきなのか殆ど見当が付いていない。
それこそまずゼメツの街へ向かい、駄目そうなら次いで公爵家の実家がある俺の生まれ故郷へ行ってみるつもりだがそれで見つからなければもう心当たりなど欠片も無い。
(或いは首都に向かうかもしれないけど、あそこはもう俺が魔獣を殲滅してるから……何より多混竜の脅威を無視して魔獣を優先するとも思えないし……はぁ……情報が欲しい……どこかで生存者と会えればなぁ……)
「……ぁ」
「あっ!? れ、レイド様っ!?」
「わかってるっ!!」
そこでドラコが多混竜の接近を探知したようで、途端に俺たちの間に緊張が走る。
すぐにル・リダが洞窟に小さい出入り口を開けて、俺は外の様子を観察して多混竜に襲撃されそうな人がいないかの確認を始めた。
(っ!?)
すると俺たちの向かっている先の方向から、人の集団と思われる塊がこちらに向かって走ってきているのを見つけてしまう。
ある意味で俺の望んでいた生存者たちだったが、すぐに声をかけずに洞窟の中のル・リダへと先に問いかける。
「生存者がいるっ!! ここに引き入れていいんだなっ!?」
「あっ!? は、はいっ!! お願いしますっ!!」
何度も頷き返しながら、ル・リダは余計な混乱を抑えるためか背中の手を隠し始める。
こうなるともう傍目からは人間にしか見えない……そして姿を変えられないらしいドラコを抱きしめて、その人離れした特徴を出来る限り身体で覆い隠そうとする。
もちろん完全に隠し切るのは不可能だが、それでもぱっと見ぐらいでは気づかれないだろう。
(俺の時もこうして魔獣の姿を見て人がパニックにならないよう気を使ってくれてたんだな……って、今はそんなことを考えている場合じゃないっ!!)
多混竜の移動速度を考えれば彼らを避難させるのに一刻の猶予も無い。
だから慌てて顔だけでなく身体も乗り出してこちらへと誘導しようとして……そこにいるのが見覚えのある顔ばかりだと遅れて気が付いた。
(こいつら俺の生まれ故郷に住んでた……先頭に立ってるのはヤナッツか?)
俺が落ちた軍学校の試験に合格した奴の誘導に従うようにして、見知った奴らが必死に走っている。
しかもよく見ればその中にはアリシアの御両親も混じっていて……だけど俺の両親の姿はなかった。
その事実に何やら少しだけ胸がモヤモヤするような気がしたが、そんな場合ではないと割り切ると改めて声をかけた。
「皆さんっ!! 多混竜が迫っていますっ!! そこに居ては危険ですっ!! こちらへ避難してくださいっ!!」
「えっ!? な、何……っ!? お、お前はレイドかっ!?」
「れ、レイドっ!? 何でお前がこんなところにっ!?」
「ば、馬鹿なっ!? 本当に戻って来ていたのかっ!?」
「っ!?」
俺の呼びかけでこちらに気付いた奴らは、何故かすぐに俺の正体を見抜いて口々に名前で呼びかけてきた。
(な、何で覆面してるのにバレ……あっ!? は、外したままだったぁっ!?)
先ほどル・リダ達へ自己紹介する際に覆面を外していたことをすっかり忘れてしまっていた。
当然そうなると生まれ故郷で共に暮らしていた彼らが、悪い意味でも有名だった俺のことを思い出さないはずがなかった。
どいつもこいつも最初は驚いた顔をしていたがすぐに嫌そうに……或いは見下すような視線を向けてくる。
(変わらねぇなこいつらは……だけど見殺しにするのは流石に心苦しい……何よりアリシアの両親も混じってることだしな……)
尤もそのアリシアの両親もまた別れ際に見せたように、露骨な嫌悪感を露わにしていたがそれでも彼女の家族を放っておくわけにはいかない。
「皆さんっ!! 時間がありませんっ!! 多混竜が迫ってますっ!! どうかこちらへっ!!」
「はっ!! うるせぇ黙ってろレイドっ!! 誰がお前の言うことなんか信じるかよっ!!」
「何でそんなところに引きこもってるあなたに多混竜が近づくのがわかるのよっ!? おかしいじゃないっ!?」
「はっ!? さてはお前、やっぱり魔獣共とグルなんじゃないのかっ!? それで多混竜の居場所もわかるんじゃないのかっ!?」
しかし彼らは口々に俺への不信を叫ぶと、逆に距離を置くように離れて行こうとする。
(くそっ!! 魔獣共が広めた俺の悪評のせいもあるだろうけど、全く信用されてねぇっ!! こんな言い争いしている場合じゃ……っ!?)
「それよりも貴様っ!! アリシアに何をし……っ!?」
「私の娘に貴方は何を……っ!?」
「ドゥルルルルルっ!!」
更にアリシアの両親が俺に向かい憎々し気に何かを叫ぼうとしたところで、多混竜の咆哮が轟いた。
途端に彼らも俺も固まり一瞬で空気が重くなったところへ、ドシンと凄まじい重量の何かが着陸する音が響いてきた。
「う、うわぁあああっ!?」
「う、嘘でしょっ!? まさか本当にっ!?」
「れ、レイドお前やっぱりっ!?」
「ちっ!! くそっ!!」
ついに登場した多混竜はヤナッツ達の真後ろに降り立つのを確認した俺は舌打ちしながら、洞窟から飛び出した。
「れ、レイド様っ!?」
「出てくるなっ!! 隠れてろっ!!」
そんな俺に心配そうな声をかけるル・リダに振り返る余裕もなく叫ぶと、剣を引き抜きながら全速力で多混竜へと向かっていく。
「ドゥルルルルルっ!!」
「ひぃ……ぎゃぁあああっ!!」
「い、嫌ぁっ!? だ、誰かたす……きゃぁあああっ!?」
「お前らっ!! 早くそこに避難しろっ!!」
憎しみを込めた眼差しでその場にいるすべての生き物を見下しながら多混竜が暴れ出す。
まるでゴミか何かのように身体を砕かれ、血と肉片をまき散らしながら飛んでいく人々。
彼らに避難するよう訴えながら迫るが、誘導すべき立場にある公爵家の二人も彼らの護衛をしていであろうヤナッツも腰を抜かして動けない様子だった。
「ヤナッツっ!! お前正規兵なんだろっ!! そんな醜態晒してる暇があったら、さっさと他の奴らを穴に避難させろっ!!」
「ひっ!? えっ!? で、でも多混竜に背中を見せ……」
「あいつは俺が引き付けるっ!! だから急げっ!!」
「ドゥルルルルっ!!」
再度、あの穴に避難させるよう指示を出しながら同時に無詠唱で攻撃魔法を多混竜へ放ち、少しでも意識をこちらへと向けさせようとする。
しかしその表面に当たり爆ぜた俺の魔法は、一切傷をつけることも敵わなかった。
(くそっ!! やっぱりファイアーボールじゃ駄目かっ!? だけどファイアーレーザーは傍に居る奴らを巻き込みかねないっ!! 邪魔過ぎるっ!!)
ただでさえ一対一ですら勝ち目のない相手だというのに、こんな足手まといを抱えた状態で戦いになるわけがない。
反射的に犠牲者が出ると思ったら飛び出してしまったが、我ながら何と無謀な真似をしてしまったのだろうか。
(ええいっ!! もうやるって決めた以上は覚悟を決めろっ!! 倒す必要はないんだっ!! 他の奴らが逃げ切るだけの時間を稼げばいいっ!!)
「はぁああああっ!!」
「ドゥルルルルルっ!?」
自らに気合を入れるべく叫びながら剣を構えて接近する俺に、そこでようやく多混竜は気が付いたようだ。
ちょうど公爵家の二人に攻撃しようとした手を止めてこちらに振り返った多混竜は、何故か多混竜は俺を見て少しだけ驚いたような咆哮を上げた。
そして今まで以上に憎しみを込めた眼差しで俺を睨めつけながら、周りにいる人々を放置してまっすぐこちらへと迫ってくる。
(くそっ!! 相変わらず速いっ!! だけど読めてるんだよっ!!)
しかし睨みつけられた時点で向こうの動きを想定していた俺は、多混竜が動き出す前に剣を盾のように構えながら横に全力で飛んでいた。
おかげでギリギリのところで向こうの突進を躱せて、まずは一息つこうとしたところで視界の中で何かがぶれるのを確認した。
「なっ!? ぐっ!?」
「ドゥルルルルっ!!」
それが多混竜の下半身から伸びる風切鼬のごとき尻尾の一撃だと気づいたのは、盾代わりにしていた剣とぶつかり激しい金属音を奏でてからだった。
相変わらず伝説の剣は多混竜の一撃をも壊れることなく受け止めるが、その衝撃自体は俺の身体を球か何かのように吹き飛ばした。
「ちぃっ!! くそっ!!」
「ドゥルルルルっ!!」
たったの一撃で十メートル以上吹き飛ばされながらも、何とか空中で身を翻し大地へと着地した俺。
そこへ追撃をかけるかのように多混竜がまたしても猛烈な勢いで迫ってくる。
もう一度その攻撃を躱そうと大地を蹴るが、着地したばかりということもあって先ほどより跳躍距離が伸びなかった。
このままでは多混竜の攻撃を避けきれない……しかし既に予想できていた俺はギリギリのところで新たな一手を放っていた。
「ファイアーボールっ!! ぐぅっ!?」
「ドゥルルルルっ!?」
攻撃魔法を地面に打ち込み、それにより煙幕を張りつつ自らの移動距離も水増しして二度目の攻撃もかわし切ることに成功する。
代わりに魔法の余波で自らもダメージを受けてしまったが、そこは即座に範囲回復魔法を発動して癒しにかかる。
「あっ!? こ、これはっ!?」
「き、傷が……どうなって……っ!?」
その効果は先ほど多混竜に襲われていた人たちの元へも届いていて、まだ生きていた犠牲者が困惑の声を上げ始めた。
(くそっ!! まだ避難してないのかよっ!? 何してんだヤナッツ達はっ!!)
そちらへチラリと視線を投げかけると、未だに腰を抜かしているヤナッツと呆然とこちらを眺める人々の姿があった。
せっかく死ぬ気で時間を稼いでいるのに腹立たしい限りだが、もう俺にはそちらへ叫ぶ余裕すらなかった。
(だけど一つだけ幸運だっ!! 多混竜が俺を飛ばした上でこっちに迫ってきたからあいつらとは距離が取れたっ!! これなら巻き添えを気にせず全力で戦えるっ!!)
尤もだからどうなのだという話でもある……俺が全力で戦ったところで勝てる相手ではないのだから。
精々こいつにもほんの少しだけ効果のある攻撃魔法を放てるようになっただけだ。
(いやっ!! 時間を稼ぐという意味じゃあれで十分だっ!! あの時と同じ威力でぶつけてやれば、その間は動けなくなるはずだっ!!)
実際にあの魔法で正面から突っ込んでくる多混竜を迎撃した際、その動きを完全に止めることは出来ていた。
だからもう一度試そうと口を動かそうとして、砂煙を翼で仰いで吹き飛ばした多混竜が再び俺を見つけて睨みつけてくる。
(駄目だ隙が無いっ!? 何よりあの目、俺に何もさせようとしてないかのように観察してるような……あっ!?)
そこで気が付いた……この多混竜の外見は最初に戦った奴と同じであることに。
今まで何度か近くを飛び交う多混竜を見ていたが、そいつらは混ざっている魔物が違うのか微妙に姿形が違ったのだ。
(尤も今考えてみたら俺が見た多混竜の特徴は殆ど一緒だったから、多分こいつともう一匹ぐらいとしかまだ会っては……確か全部で六体居るはずなのに残りの四体は……何て今は考えてる場合じゃないっ!?)
「ドゥルルルルっ!!」
「くぅ……っ!?」
『ふぁ、ファイアーボールぅううっ!!』
余計な思考が混ざりそうになるのを押さえつつ、とにかくどうやってこの場を切り抜けるかを考えている間にも多混竜は俺に向かってサイド攻撃を仕掛けようとしてきて……そこへどこかくぐもるような声が聞こえてきた。
そして多混竜の背後から物凄い大きさの攻撃魔法が迫り、直撃して大きく爆ぜ上がる。
(こ、この威力はマ・リダが使ったようなっ!? ま、まさかっ!?)
驚く俺は爆炎の隙間から多混竜の背後に魔獣の背中から生えている手が伸びているのを確認した。
恐らくル・リダが洞窟を広げて、あそこから攻撃して援護してくれたのだろう。
(ありがた過ぎるっ!! この隙を活かすしかないっ!!)
「体内に巡る我が魔力よ、今こそ我が意志に従い……」
未だに爆炎に包まれている多混竜に気付かれないよう俺は静かに呪文の詠唱を始める。
そして同時に剣を脇に抱え込みながら荷物を地面におろし、そのに手を突っ込み持てる限りのマジックポーションを取り出した。
「ドゥルルルルっ!?」
「この手に集いて全てを焼き尽くす閃光と化せ、そして我が敵を焼失させる力となれっ!! ファイアーレーザーっ!!」
そこで身を捩り翼をはためかせて爆炎を振り払った多混竜は、自らを攻撃した相手を探そうと一瞬背後へと首を曲げて見せた。
その隙に俺は前の時と同じように長々と詠唱した攻撃魔法に渾身の魔力を込めて解き放った。
「ドゥルル……っ!?」
ようやく俺が魔法を放ったことに気が付いた多混竜だが、避ける間もなく一瞬でその全身は俺の魔法に飲み込まれていった。
「な、何だあの魔法……?」
「れ、レイド……?」
「何してんだっ!? さっさと避難しろぉおおおおっ!!」
「っ!!?」
俺たちの戦いを未だに呆然と眺めていた奴らを怒鳴りつけると、びくりと身体を震わせながらも今度こそ移動を開始する。
恐らくは多混竜の姿が見えなくなって少しだけ余裕が戻ったのだろう……或いは規格外の戦い過ぎて現実感がなくなっただけかもしれない。
(よしっ!! 後はこのまま時間を稼ぐだけだっ!!)
彼らの様子を伺いながらも、俺はマジックポーションを片っ端から飲み干していき無理やり魔法を持続させ続けた。
一瞬で枯渇する魔力を強引に補充してまた使い切らせる……この繰り返しで物凄く精神と体力が削られていくのを感じる。
しかしその代わりに多混竜の動きは完全に封じ込められていた。
尤もそれも手に持っていたマジックポーションが尽きるまでの話だ。
(新しく取り出して飲む……のはやっぱり間に合わないかっ!? だけどもう十分だっ!!)
相変わらず魔力の消費量が激しく、荷物から新しくマジックポーションを取り出す前に魔力が枯渇して攻撃魔法は止まってしまう。
「れ、レイド様っ!! こちらへっ!!」
「助かるっ!!」
しかしその前に先ほどの穴から様子を窺っていたのか、気を利かせたル・リダが俺の傍にも出入り口を作ってくれていた。
だから俺は魔力が尽きて魔法が止まるのと同時に、その穴へと逃げ込むことへと成功するのだった。
「ど、どうですかレイド様っ!? 多混竜はっ!?」
「や、やったのかっ!? 倒したのかレイドっ!?」
「あ、あんな凄い魔法どうやって覚えたんだっ!? そうだ、回復魔法もっ!!」
「いつの間にこんなに……どこで修行して……」
即座に穴を目の大きさぐらいまで塞ぎつつ、ル・リダが訊ねてくるがソレに被せるように避難していた他の奴らもこちらへと近づいて口々に話しかけてくる。
「落ち着けっ!! まだ何も終わってないっ!! 多混竜はあれぐらいで倒せる奴じゃな……っ!?」
「ドゥ……ドゥルルルル……っ」
「っ!!?」
そこで思った通り多混竜の咆哮が聞こえて来て、一瞬で周りの皆は恐怖の表情で固まってしまう。
しかし俺だけはその咆哮が弱々しく感じて、外の様子を窺おうと穴から必死に多混竜の状況を確認しようとする。
(あれだけ叩き込み続けたから前よりは効いたみたいだが……果たしてどのぐらい……おおっ!?)
「ドゥルルル……」
思った通りそこには身体中のあちこちを燻らせ焦げ目がついた状態で、ふら付きながら翼を広げる多混竜の姿があった。
やはり倒し切るまではいかなかったようだが、それでも前のように無傷ではなく目に見えて弱っている。
しかも空を飛ぼうとしても翼がボロボロのためか、結局浮かび上がることは出来ずドシドシと足音を立てながら大地の上を走り去っていくのだった。
(あの調子ならそれこそこの荷物の中のマジックポーションを使い切るぐらいの勢いで攻撃魔法を放ち続ければまだ倒し切る可能性はあったんじゃ……っ!?)
「……ぁ」
「ドゥルルルルルっ!!」
「ひぃいいっ!?」
そんな甘い考えを抱いたところへ、再びドラコが反応を示したかと思うと別の多混竜が力強い咆哮を上げながら飛び去って行った。
もしもあの場で攻撃し続けていたらそれこそ二匹目にやられているところだ。
(うん、やっぱり俺一人で多混竜共に立ち向かうのは止めておいた方がいいな……だけど逆に言えばアリシアと協力できればまだチャンスはあるっ!!)
それでも僅かな希望を抱いた俺は、多混竜が完全に立ち去るのを確認すると安堵の溜息をつきながら他の人達と向き直るのだった。
「はぁ……何とか全滅は免れましたね……そして久しぶりですね皆さん」
「あ、ああ……久しぶりだなレイド……そ、そっちに居る人たちは……?」
「ま、マリア殿でございますよね? 何故このようなところに? それにその背中から生えている手は一体?」
「ひぃっ!? な、なにこの子っ!? この翼に鱗……ま、まるで多混竜じゃないのっ!?」
「……?」
騒がしくなった洞窟内の様子に困ったような顔をしながらドラコを抱きしめるル・リダと顔を見合わせながら、俺はどうこの場を収めるか頭を悩ませるのだった。
(ル・リダさんは俺を助けるためとはいえ背中の手を出しちゃったもんだから厄介なことになった……はぁ……だけどとにかく落ち着かせないと……)
「ま、まさかそいつら魔獣なんじゃっ!? やっぱりレイドお前魔獣の仲間なんだろっ!? それで多混竜も……全部お前の仕組みなんだなっ!?」
「はぁ……ヤナッツお前なぁ……」
「そ、そうかっ!! そう言うことなのかっ!? だからアリシアもっ!? 貴様が誑かしたがためにあれほど変貌して……おのれレイドっ!! 貴様どこまで我々を掻き回せば気が済むのだっ!?」
「元婚約者と言う立場を利用したのですねっ!! ああ、可哀そうなアリシアっ!! あんな髪の毛が真っ白になって声が出せなくなるまでこき使われて……恥を知りなさいっ!!」
「いえ、それは偽も……えっ!?」