最悪最凶の失敗作⑩
ル・リダが背中から伸ばした手の一つを使い、大地を砂のように柔らかくして道を切り開きながらもう一つの手で壁の土を固めることで崩れ落ちないほう洞窟を広げていく。
(地面を掻き分けていくのは砂蜥蜴の能力か……壁を固めているのは石化蛇当たりの力ってところか……なるほど、こいつらはこうして洞窟を広げながら地下を移動してるってわけか……)
「ふぅ……どうですか、ドラコちゃんの様子は?」
「……今のところは変わりないな」
「……?」
ル・リダの代わりにドラコの手を引きながらその様子を確認するが、相変わらず中空を虚ろな瞳で見つめるばかりだった。
「そうですか……何か変化が起きたら教えてくださいね……そうしたら、地上に穴をあけて軽く確認しますから……」
「なるほど、そうやって多混竜に襲われそうな奴を助けようってわけか……」
「犠牲者は少ない方がいいですから……尤も今のところ貴方様しか見つけておりませんけれど……」
そう言って地下に道を作りながらこちらを振り返り寂しそうに微笑むル・リダは背中の手こそ伸ばしているが、未だに外見はマリアの格好のままだった。
恐らくは魔獣の姿をさらしたままでは生存者として人間を保護した際に怯えられるかもしれないと判断して、あえて人望の厚いマリアの姿を借りているのだろう。
(腐っても幹部級だけあって、背中の手だけなら出したり隠したりを一瞬で出来るみたいだな……尤も戦い慣れはしてないみたいだし、隙だらけでもあるんだが……)
俺に無防備な背中を向けているというのを差し引いても、全体的に隙だらけでありはっきり言って俺なら正面から戦っても負けることはないだろう。
それこそ今まで観察した限りの印象だが、これまで戦ってきたリダ達の中じゃ最弱かもしれない。
「……そろそろ続きを聞いてもいいか?」
「はい……ええと、どこまで話しましたっけ?」
俺の問いかけにル・リダは作業の手を止めないまま、返事をしてくる。
洞窟を掘り進む速度は当たり前だが、地上を歩くより遥かに遅い。
だからこと彼女は話し合いの途中で手を止める時間も惜しんだようで、俺に許可を取って一時話を止めて作業を再開したのだ。
(安全性を考えたら俺ももう地上は移動できないし、何よりこいつらの進行方向はゼメツの街方面みたいだし……こればっかりはこいつに従うしかないし、邪魔するわけにもいかないからな……)
その為にル・リダが自由に動けるようわざわざドラコの面倒を買って出てたぐらいだ……尤もドラコと離れる際にル・リダは物凄く切なそうな顔をしていたがすぐに頷いてくれた辺り、かなり合理的な判断が下せるらしい。
「まだお前らの名前を聞いたぐらいだが……その前に確認しておきたいんだが、どこへ向かってるんだ?」
「……ドラコちゃんが見ている方向です……多分そっちに親のドラゴンさんがいると思うんです」
「……?」
言われてみて気が付いたが、確かに中空を呆然と眺めているドラコだが基本的に同じ方角を見つめているようであった。
そしてそれに合わせるようにル・リダは大地を掘り進んでいるようだ。
「何でそうだと分かる? それにこの子は多混竜の接近も探知してるみたいだが、そう言う能力でもあるのか?」
「ええ……何でもドラコンにそう言う同種を見分ける能力が備わってるみたいで……特に血縁が近い身内なら遠く離れていても居場所が伝わるぐらいで……実際に親のドラゴンさんは何度もこの子がいる場所を襲撃してきていましたから……それで多混竜はその……貴方様がどこまでご存じかは知りませんが、この子の身体の一部を魔物を混ぜ合わせたもので……だから探知できるみたいなんです……」
「なるほど……そう言うことか……」
魔獣達がその習性を利用してドラゴンの親を呼び寄せたと聞いていた俺は、その説明をすんなりと受け入れることができた。
(自分の身体の一部を利用してるんだから、そりゃあ双子みたいなもんで探知できるんだろうな……しかし何でこの子の見ている先に親のドラゴンが居るって分かるんだ?)
そんな俺の疑問を見抜いているかのように彼女は説明を続けた。
「はい……ただ混ざっている量の問題なのか、多混竜は近くに居ないと探知できないようです……だからその多混竜よりずっと遠くに居ながらも……それこそ本部に居ながらでも探知できている存在こそ私は親のドラゴンだと判断してそこへ向かっているのです」
「そう言うことか……だが逆に言えば向こうだってこの子を探知できるはずだ……多混竜はともかくとして、何で親のドラゴンはこっちに向かってこないんだ?」
「親のドラゴンは先日、この子を取り戻そうと私たちの本部へとやってきて激しい戦闘を繰り広げました……その際に戦い慣れしている魔獣達をものともせずなぎ倒していきましたが幹部たちが捨て身で特攻を始め、体内と体外から同時に攻撃を受けたことで流石に堪えきれず撤退したのです……恐らくその傷を癒しているのだと思われます」
「そう言うことか……しかしどうしてこの場所で……?」
ル・リダの言葉を聞いて逆に新たな疑問が浮かんだ俺だが、彼女は少しだけ心苦しそうにしながらドラコへ視線を投げかけつつ答え始めた。
「それは多分……多混竜が居たからだと思います……細かい場所はわからなくても仲間がいると判断してそれでそこで体を休めようと考えたのではないでしょうか?」
「ああ、そういうことか……」
ようやく納得がいった俺は、逆に悩みの種が増えたと知って頭を抱えてしまいたくなる。
(多混竜だけじゃなくて親のドラゴンまでいるのかよ……もしもそいつが暴れ出したらさらに厄介なことに……せめて多混竜と同士討ちでもしてくれればありがたいんだが……)
「ちなみに……多分、多混竜も私や親のドラゴンの位置を探知していると思います……それで合流しようとしているのか、或いは合成された魔物側の縄張り意識から攻撃しようとしているのかはわかりませんがだからこの辺りを飛び回っているんだと思います……さっきから何度も私たちの上空を飛び交ってますから」
「っ!?」
「……ぁ」
そう言われて驚く俺の前で、まるでその言葉を証明するかのようにドラコが小さい声を上げた。
「あっ!? そ、外の様子を見てきてもらっていいですかっ!?」
「了解だ……」
彼女が地上に向かってあけた穴とそこから顔を出すために作った足場に近づき、手早く外の様子を確認する。
「……誰も居ないな……まあ危険な魔物や魔獣が蔓延ってるって話が広まってる時点で、こんな未開拓地帯を歩く奴はそうそういるはずがないんだが……ちなみに魔獣を見かけても声をかけたほうがいいのか?」
「……」
俺の問いかけにル・リダは無言で首を横に振りながら、ドラコを申し訳なさそうに見つめる。
「ドゥルルルルルっ!!」
「……?」
俺たちの前でドラコは頭上を多混竜が飛び去って行く気配を感じているのか、少しだけ首を動かしたかと思うと多混竜が去るなり再び元通り親のドラゴンが居ると思われる方向を眺め始めた。
「この場所にいる魔獣は皆、この子の実験に関わっている者達のはずです……その者達にドラコちゃんが見つかったら……何より私は無断でこの子を連れて本部を飛び出した裏切り者ですから……他の魔獣に見つかるのは危険なんです」
「……仮にも同族の仲間なんじゃないのか?」
「……あんな非人道的な真似を直接恨みのあるドーガ帝国の人達にならともかく、何の関係も無い他の国の人やこの子にするような者達を仲間だとは思えません……それじゃあ私たちを弄んだ人達と同じになってしまいますから……」
そう言って彼女はドラコに手を伸ばし……しかしまるで触れる資格がないと言わんばかりに引っ込めると再び洞窟を掘る作業を再開し始めた。
(魔獣なのにこんな考え方をする奴も居るんだな……それこそ俺が思ってたのと同じような……)
「そうですか……それで貴方は彼らの目に余る行いに耐え切れず、この子を逃がそうと本部を抜け出してきたわけですか……」
「はい……せめて親御さんの元へ返してあげたくて……何よりこんな可愛くてキュートでプリティで魅力的で今すぐ抱っこしてギュってしてチュッチュして……」
「だから自分の言葉で興奮しないでくださいよ……」
「はっ!? す、済みませんっ!! あはは……もともと子供好きだったんですけど、このマリアって方の記憶を引き継いでから余計に強くなりまして……」
またしても盛り上がりかけた彼女に、少しだけ親近感がわきかけていた俺は口調を改めようとしたがそこでル・リダがマリアと合成されている事実を知らされた。
「そ、それはどういう……っ!?」
「あ……そうですよね……知らなくても不思議じゃないですよね……ごめんなさい、聖女のマリア様は既に魔獣の手によって亡くなっているんです……その際に絶大な魔力と知識を欲した幹部たちは全員、彼女の遺体を使っての合成を図りまして……私も当時は幹部の一人でしたので……しかし魔力こそ引き継げましたが彼女の記憶は殆どが子供への愛情で埋め尽くされていましたので……」
「……そんな行為に貴方は反対しなかったんですか?」
エメラの恩人をそんな悲惨な目に合っていると知らされて、再度俺はル・リダを睨みつけてしまう。
「ごめんなさい……何を言っても言い訳になりますね……ええ、私には止められませんでした……魔獣達の……虐げられ続けてきた弱い私たちが居場所を作るためには必要なんだと言われたら……だけどそれも……同じリダだから……あ……実は私たち元々はリダって名前の一人の人間だったんですよ……色々と酷いことをされてこんな増えて……だけど元が同じ人間だから考えは一緒だって思って……何より一緒に励まし支え合ってあの劣悪な環境を生き抜いた仲間だから酷いことはしないって信じて……ああ、ごめんなさい結局これもいいわけですね……」
「……っ」
ル・リダはただ力なく謝るばかりだった。
その姿からは魔獣達だけでなく、自分自身の行動すら後悔しているようで俺にはそれ以上何も言うことはできなかった。
(仮にも反省している奴を相手に、ドーガ帝国の状況は愚かマリア様のことすらろくに知らない俺にはこれ以上何も言えないな……その資格があるのは同じドーガ帝国出身のあの二人か、もしくはマリアを慕っていた……)
だからあえてその場ではそれ以上追求しようとはせず、むしろ話を反らすように別の話題を振ることにした。
「……話を戻すが、それで仮にドラコを親のドラゴンの元まで連れて行ったとしてその後どうするんだ? いやそもそも無事に引き渡せると思っているのか?」
「難しいでしょうね……この通り、見た目も変わってしまいましたし心だって……何より気が立ってるでしょうから、下手したら私の身も危ないかもしれません……」
「そこまでわかっていて……死ぬかもしれないのによくそんな覚悟を決められてたな?」
「だって……かつての自分達と……自分たちの知らぬところに居るドーガ帝国のお偉いさんたちに弄ばれていた頃の自分と重なって見えてしまいましたから……あの時の私たちは誰かが助けに来てくれることをずっと願ってました……だからこそ代わりに、と言うわけでもありませんが同じような境遇のこの子を助けてあげたかったんですよ……同じくこの国で魔獣達の陰謀に巻き込まれている人たちも……」
そこまで語ったところで、ル・リダはため息をつくように軽く息を吐き出すのだった。
「そうか……」
「ええ……私の事情はこんなところです……今度は貴方様のことを聞いても良いでしょうか?」
「いや、もう少し聞きたいことがある……お前たちがここへ来たのはいつ頃なんだ?」
こちらを見つめて尋ねるル・リダに、俺は自分の目的を思い返しながら新たな疑問をぶつける。
「そうですね……三日ほど前でしょうか……丁度、親のドラゴンから素材を入手した上で何とか追い返したとかで騒ぎになっているドサクサに紛れてこの子を連れ出して逃げ出して……途中でドラコが同じ方向を見つめているのに気づいたので、他の魔獣にバレないようこの国へ飛んできたうえで地下を進もうと思って……そしたら昨日からあの多混竜が空を行きかうようになって……地下に隠れて居なかったらどうなっていたことか……」
「それまでの間に他の人間とかは見かけなかったか? 女二人組で旅をしている奴とか?」
俺の質問に少しだけ首を傾げたかと思うと、ル・リダはゆっくりと首を横に振って見せた。
「いいえ、見てはおりませんが……ひょっとして貴方様はその方たちを探していたのでしょうか?」
「……ああ……そういうことだ」
隠す必要もないと思い、頷いた俺を見てル・リダは悲痛そうな表情で呟いた。
「それは……大変でございますね……いえ本当に申し訳ございません、魔獣と言う存在が迷惑をおかけして……この状況では心配でございましょうね……」
「ああ……だけど多混竜がドラコを探知してこの辺りを飛び回ってるってことなら……それであんたが見かけてないって言うなら多分まだ遭遇してないだろうし……大丈夫に決まってるさ」
「そうですか……あの、それでしたらもしよろしければなのですが……ドラコちゃんを送り終えた後でよろしければ探索をお手伝いいたしましょうか?」
「ああ、それは助かるが……あの二人のことだから多分、多混竜の居る場所を目指すと思う……だからこのままあんたらに付いていくよ……そのほうが会える可能性は高いと思うから……」
俺は協力を申し出るル・リダの言葉をまるで受け入れるような返事をする。
(他の魔獣はともかくル・リダの語る言葉が全て事実なら……彼女とならば協力し合ってもいいかもしれない……)
まだ完全に気を許したわけではないが、それでもこの状況で安全な場所を作れる彼女と協力できるのはありがたい限りだ。
だからこそ俺もまた、ある程度は誠意を見せなければと思い顔を押さえている覆面に手をかけるのだった。
「じゃあ今度は俺が自己紹介しよう……知ってるかもしれないが、俺は……レイドだ」
「え……あ、貴方様があの『魔獣殺し』の……っ!?」